表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

488/1237

第百四十四話 翳と陽 その1



 俺の叙任の話は、後回しにするとして。

 ともかく、敵の総大将の接待役を仰せつかったのは、男爵(仮)になった後のことであった。



 「あちらさんですがね、やはり文化が違うらしくて。どうお呼びすれば良いか分からぬので、『殿下』でお願いします。」


 それが、フーシェからのレクチャー。

 「できれば聞き出しておいてもらいたいこととして……。」


 「ああもう、面倒だなあ。酒を飲んで話をするなら、私に任せてはくれんかね。事前に何を聞かされても、どうせその場になれば忘れてしまうんだし。」


 それが、一緒に「任務に就く」ことになった、立花伯爵からのお返事。


 困ったような笑顔を浮かべて、フーシェが俺に向き直る。

 欠伸をしていた目の端でそれを捕らえた立花伯爵、間の抜けた声で呼びかける。


 「フーシェ君だったか?欲張りだねえ。男爵閣下は、まだお若いんだ。見透かされてしまっては、元も子もないだろう?」

 

 「承知いたしました。すべて両閣下にお任せいたします。それでは、私はこれで……。」 


 

 極東道の政庁、その一角にある、これは迎賓館……であろうか。

 その建物が見える前に、フーシェは去って行った。

 陪臣とて遠慮しているのか……いや、それは無いな。俺にしても立花伯爵にしても、一番身分の高い郎党を連れて歩いているのだし。

 顔を出したくない、見られたくない。そういうことだろう、おそらくは。


 

 「酒がまずくなるような話を。捕虜とは言え、国賓扱いだろう?さて何が飲めるのか。」

 

 神経が太い……という人では、無かったな。

 ジロウに手を舐められて飛び上がるぐらいだし。

 仕事する気がないだけか。


 「ヒロ君、君も固くならず。ああそうそう、プライベートでは『オサムさん』で構わんよ。むしろそうしてくれ。」


 そう言われましてもねえ。

 オサムさんの前では固くなることなどあり得ません、というか固くなりようもありませんが。

 相手が相手だし。

 

 「君は人の話を聞くのが好きみたいだから。そっちを楽しめば良いんだよ。」

 

 まあ、そりゃそうでしょうね。

 視界の下方に元凶であるミケの尻尾が揺れているのを感じながら、舌打ちしたい気分になった。


 なおこの世界、神様やそのゴーレムは、どこに連れ歩いても不敬とはされない(悪質な神様でない限り)。

 人間には足止めのしようがない存在だから。

 足元のコイツが典型例だが、その気になれば、どう防いだって入り込んでしまう。


 豪奢な建物が、大きく目に映るようになってきた。

 俺には場違いだ……などとは、言ってはいけない立場になってしまったわけで。

 隣がオサムさんで、本当に良かった。

 これがアレックス様やデクスター子爵みたいな、「ザ・貴族」だったら、気後れを感じずにはいられない。

 ……こういうのも、一種の人徳なのかな。


 「何か失礼なことを考えているようだが、どうも君の場合、怒る気になれない。一種の人徳かねえ。」

 

 やっぱりレイナの親父さんだ。

 勘の鋭いこと。

 噛み付くか流すかが、個性か年齢か、二人の違いなんだろう。


 レイナと言えば。

 これが一種の社交であるならば、レイナなりフィリアなり、あるいは貴婦人の皆様方も、適任じゃないの?男女ペアになってやるもんだって聞いてるけど。

 

 ……その疑問を口にする前に、建物に着いた。


 王国側から付けられている衛兵や召使達に案内されて、奥の部屋に向かう。

 重厚な扉が、押し開けられる。

 

 緊張せずには、いられない。


 さて、どう挨拶を……と思う間もなく、立花伯爵がつかつかと相手に歩み寄っていた。


 「ようこそ、王国へ。どうぞゆったり、楽しんで行ってください。私はオサム・ド・立花。伯爵です。こちらがヒロ・ド・カレワラ男爵。何かありましたら、私達にお言付けください。」


 「いえ、過分の待遇痛み入ります。私は……名乗るとキリがありませんので。ピョートルとお呼びください、両閣下。」 


 「それではピョートル殿下、我らもどうぞ名前で。閣下などと、堅苦しい称号は不要です。今後お近づきを求める貴族たちにも、伝えておきます。」


 仕事する気がないだろうなんて思って、ごめんなさい。

 手早いお仕事ぶりであらせられます。



 ピョートル殿下の目が、こちらに向いた。

 ピョートルって名前を聞くと、気のきつい人なんじゃないかと思ってしまうのは、たぶん、昔習った世界史のせいだろうな。「ピョートル大帝」なんて人がいたから。


 しかし目の前のピョートル殿下、優しそう……というか、気さくそうな人だった。

 それこそデクスター子爵ではなく、立花伯爵寄り、かな?

 


 「ヒロ・ド・カレワラです。お会いできて、光栄に存じます。」


 「ヒロさん、どうかかしこまらず。気楽にお願いします。」


 「そうそう、ヒロ君。君が固くなっては殿下も気が休まらない。……退屈でしょう、こんな箱に閉じ込められて。何かご趣味があれば、言っていただければ。こちらで段取りいたしますので。ともかく、まずは一杯。」


 箱に閉じ込められる退屈さは、よくご存知の立花伯爵。

 しかしトラ箱とは違い、この豪奢な箱の中では、飲み放題という良さがある。


 あれ?

 でも、この箱……じゃなかった。迎賓館の中にあっては、主人役はピョートル殿下じゃないの?

 「まずは一杯、酒でもいかが?」と話を振るのは、殿下のお仕事では?


 俺が頭を巡らす前のこと。

 伯爵が言い終わるか言い終わらぬか。

 

 そのタイミングで、スパークリングワインを載せたワゴンが入って来る。

 迎賓館は、スタッフからして、さすがに違いますなあ。

 

 こういうのを目にすると、小道具(?)にまで敬意を払わねばならぬ気になる。

 スパークリングワインが入っているアレも、バケットもしくはクーラーと呼んで差し上げねばなるまい。

 「氷バケツ」じゃあ、作った職人さんにも悪い気がする。


 ともかく。

 くるくる~のポン、で、シュワ~。

 

 「音頭は、伯爵閣下、いえ、オサムさんにお任せいたします。それが良さそうだ。」


 「ご指名とあらば、答えねばなりますまい。では……、『我ら、ここに出会う。その幸運に、乾杯』。」

 

 「「乾杯。」」


 ピョートル殿下にとっては、不運な話ではあろうが。

 微塵も感じさせず、気楽に気楽に流していく。

 役者が違う!

 


 「うん、よく冷えている。うまい。これはなかなか口にできない……おっと、ピョートル殿下のお口には合いますかな?」

 

 「いえ、これほどのお酒、初めて口にしました。」


 「私は酒飲みでしてね?北のほうではどのようなお酒を?」 


 「う~ん。オサムさん、伯爵閣下のお口に合うような高級酒となりますと……。」


 「いやいや、何でも飲むから酒飲みなのですよ。地域ごとに、地酒やら庶民の味方やら……。もちろん、今日のような機会をとらえては、高級酒をせしめてもいるのですがね?」


 「あはは。それでは……。エールは、王国にもあると聞いています。それに、蒸留酒。麦で作ります。7年も寝かせれば、なかなかうまい。ぶどう酒は、当たり外れが大きいです。」


 「殿下もイケル口でしたか。では、次は蒸留酒を。おーい!」


 なんだろう。回っているのは高級酒なのに、この居酒屋感。

 ピョートル殿下、案外と庶民派だなあ。

 7年物のウィスキーなんて、日本にいた頃の俺には高級酒だけど、貴族にとっては安酒だろうに。

 

 「ヒロ君、飲んでいるかね?……すみません、殿下。彼はまだ、酒の良さが分からないのですよ。」


 「お幾つですか?15歳?それでは仕方ないでしょう。やはり20歳を過ぎなければ。」

 

 お酒は二十歳を過ぎてから。

 異世界では、それはルールではなく、「男の嗜み」の意味合いを持つようだ。

 

 殿下は、25歳。

 アレックス様ご夫妻やウォルターさんと同世代。

 気さくな人だし、きっと話ができるんじゃないかな。

 

 「しかし、15歳ですか。良いですねえ。いま何を?」


 25歳にしては、おっさん臭いことを言っている。

 でもまあ、大人になるのが早い社会だから。そうもなるか。


 「最近まで、学園に通っておりました。」


 戦争のことは、触れぬほうが良かろう。


 「学園か……。羨ましいなあ。私も勉強をしたかった。」


 「連邦にも、学園があるのですか?」


 「ええ。そちらの学園とは、いろいろ違うかも知れませんが。15歳ぐらいまでが通う学園は、こちらにもあります。私は中途半端に帝室にあるものだから、通えませんでした。」


 「そうそう、帝室と言えば。世話をする者達が、戸惑っておりました。殿下をどうお呼びすれば良いかと。先ほども名前にはキリがないと……。」


 「ああ、私の名前、父の名前、その父の名前……と続くのですよ。帝室には、家名が無い。オサムさんもそうでしたが、こちらでは、貴族にだけ家名があるのでしょう?それで戸惑われたようですね。」


 「王国でも、王族には家名が無いのですよ。そちらの帝室と同じ。そうか、世話係は王室のことなど、知る由も無い。それでご無礼を……。」


 正確には、「継承権に近いところにある王族」だけど。

 そんなめんどうなことを、酒の席で話しても仕方無い。


 「いや、ご無礼などと。皇子には違いないが、都から遠く離れた南端に追いやられた、愛されぬ庶子。」


 「何を言われますか。どうあっても、親は子がかわいいものですよ。向こうからも使者が来ているそうです。お世話をする人も来るし、身代金も払ってくれるとのことで。財務担当が胸を撫で下ろしておりました。」


 「お子さんをお持ちの方は、みな同じ事を言われますね。」


 「殿下は、まだお子さんは?」


 「それどころか、妻も娶れぬ身。貧乏皇子はつらいものです。身代金にしても、国のメンツがあるから支払うのでしょう。」


 「あいたたた。その言葉は、身につまされます。私も貧乏貴族ですので。」


 「私も、実は……。この間まで学生で、最近もぴいぴい言っていたところです。」


 その後、ピョートル殿下とはやけに話が進んだ。

 殿下の生活水準は、「少しだけ余裕がある大学生」「いわゆるサラリーマン」レベルだった。

 日本にいた時の俺よりはマシ、「親元から通っていた友人」と変わらない。


 領土の端っこで暮らす、構われぬ皇子。

 特に仕事を与えられるでもなく、格式に見合う歳費を受けて、行事にだけ出席する。

 歳費は少なくないけれど、格式の分だけ出費も多い。

 で、残ったお小遣いで、飲み歩き。


 もちろん、謙遜もあったけれど。

 名目とは言え、総大将に担がれた人物なのだから。




 「……趣味は、散歩だそうです。読書をしたいともおっしゃっていました。」


 手間も、お金もかからない趣味だ。

 いや、読書は金がかかるか。こちらの社会では。



 ともかく。

 ピョートル殿下との会見の様子を口にしてみて、「やっちまったかな」と思った。

 フーシェにそんな話をしても、仕方あるまい。


 と、当のフーシェ、案外と真剣な顔をして頷いている。

 「なるほど。良い話を。それでは、これですね。」

 

 くいくいっ、ひょい、ちゃっちゃっちゃっ。



 3つのジェスチャー。

 俺の上機嫌は、一気に吹き飛んだ。



 「ちゃっちゃっちゃっ」だが。

 小学校の運動会の「応援合戦」で見られる、あれだ。「三三七拍子ー!」

 右腕を下から上へ持ち上げながら、「ちゃっちゃっちゃっ」、左腕で「ちゃっちゃっちゃっ」。

 フーシェが見せたのは、両腕で三拍。「ちゃっちゃっちゃっ」。


 「くいくいっ」は、新橋のお父さんのアレ。

 「飲みに行くか?」の、お猪口のジェスチャー。

 

 「ひょい」は小指立て。



 くいくいっ、ひょい、ちゃっちゃっちゃっ。


 酒、女、ヨイショ。


 「それで口を軽くできますね。贅沢に慣れていない人のようですから。」


 

 どうにか、顔を作り直した。

 非難してはいけない。

 それが、フーシェの仕事なのだから。

 


 「……ありがとうございます、カレワラ閣下。」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ