第百四十三話 領主(仮)
千早が王都に「行かねばならぬ仕儀に相成った」理由であるが。
話は少し遡る。
列挙が中心となるが、お付き合い願いたい。
お産を終え、少しずつ職務に復帰したソフィア様であったが。
復帰して最初のお仕事が、論功行賞であった。
当主が、総領が、必ず握って手放してはならぬのが「賞罰の柄」というわけ。
俺の話は、後に回すこととして。
知り合いを中心に、簡単に決まったところから順に述べるならば。
マグナムは、功績第一等を得た。
戦争の初期から後期まで、難しい仕事を担当しながら手柄を重ね続けたことが評価された。
千早は?いや、それ以上に「決戦の絵を画いた」ダミアンは?
……とも思ったのだが。
千早は、千人隊長であるし。
それ以上に、司令部付きの校尉殿である。
「功績を評価する」側なのだ。
「功績~等」が贈られるのは、百人隊長・十騎長レベルまで。
その意味では、ダミアンにもギリギリ資格はあるのだが……。
やはり、司令部付きであることを理由に、見送られた。戦死していることも、考慮された。
「功績~等」は、庶民の関心事。明るい話題にしたいのだ。
ともかく、マグナム。
千人隊長に昇格。「百騎長昇格が相当だが、家名が無いゆえ」とのこと。
家名を得れば、即昇格である。
ノブレスも、千人隊長に昇格。
戦争前半の大活躍、驚異的なキルスコアを評価されたが、「長期離脱があったので、差し引いて少し昇格」というわけ。
「婚約者のクリスティーネ・ゴードンが領主になるんだし、十分だろ?」ということもある。
ノービス家の伝統を、忠実に継承したノブレス。子孫に何を伝えるのであろうか。
ヒュームは、霞の里を指揮しての撹乱、情報伝達という地味な仕事を評価されて、百騎長に昇格。
ニンジャの里ゆえ、「下」の者達は匿名の存在だ。活躍しても賞はもらえない。
若様であるヒュームが、看板・代表として賞を受ける。
併せて、霞の里には正式に自治が認められた。
スヌークには、目に見える形の褒賞は与えられなかったが。
立花伯爵閣下の主催、お歴々参列で葬儀が執り行われ。
アレクサンドル閣下が弔辞を読み。
大将軍殿下から、お悔やみの手紙が送られてきた。
スヌークは、ハニガン分家は、渇望し続けてきたものを得た。
名誉は、この世界では、命より重い。
ほか、第三章で名前が出てきた人々は、大抵ひとつ職階を上げてもらっている。
金一封と共に。
……このあたりは、メル家にとって「懐が痛まない」案件である。
懐が痛まないと言えば。
他家への褒賞も、メル家の懐は痛まない。
そちらは征北大将軍府、すなわち王国から支出されるから。
まずは、北方三領。
領邦の防衛は、領主の義務。どれだけ活躍したとしても、ウッドメル総督ケイネスと、将来のウッドメル伯爵セイミには、褒美は出ない(職階昇任は別として)。
むしろ、お礼を出さねばならぬ立場である。
とは言え。
ギュンメル伯は、彼らの養父。
ミーディエは、彼らに大きな借りがある。
というわけで、北方三領については、動きが無い。メル家には何の負担も無い。
ウマイヤ将軍であるが。
中東地域の直轄州から、領地を与えられた。
「飛び地の管理は難しいのだがな。」などと口にする頬が、緩んでいる。
決戦の際、アレックス様が右翼にウマイヤ軍団を回した理由のひとつも、ここにある。
左翼に回し、言葉は悪いが千早の「落穂拾い」をさせれば、部下が大量に手柄首を得る。
そうなってしまえば、大領を持たぬウマイヤ家は破産である。
いまのウマイヤ家は、「まずは、本家が太る」必要があるのだ。
だから、「軍団としては戦術的な手柄になるが、個人的な手柄は挙げにくい」右翼に配置された。
目論見通りの結果を得たというわけ。
メル家の懐が痛む案件、その典型例がセルジュへの褒美なのであるが。
ここで、ソフィア様が本領発揮。
「モンテスキュー家の郎党は、各々見事な功績を挙げました。これまでの貢献も大きい。独立させ、メル家の郎党へと格上げのうえ、ダグダに小さな領地を与えます。モンテスキュー家には、ウッドメル家から北ウッドメルの一部が支給されます。」
本家が振るわなかった、モンテスキュー家。一族郎党が苦節30年、必死になって盛り立てた。
結果、力をつけすぎた。
ならば、翼をもぎ離す。
その一方で、モンテスキュー本家にも領地を与え、相変わらずセルジュを重用する。
新都の、目の届くところに置いておく。
冷え冷えである。
敵の総大将を生け捕った千早は、身代金を受ける権利をメル家に譲渡した。
「贈与」ではなくて、いわゆる「債権譲渡」の意味合いだ。
身代金を得るためには、交渉をする必要もあれば、捕虜の世話をする必要もある。
敵の総大将ともなれば(、その制度が向こうにあるかは別として)、まあいわゆる大貴族。
係累のいない千早に、世話などできるはずもない。
だからその手間も込みで、身代金の権利を譲ったというわけ。
総大将ともなれば、日本円感覚で数千億円が得られるはず。
その対価としてメル家が千早に譲渡したのが、カンヌ州にある一つの街であった。
佐久間家の故地にある、小さな街。集落や村よりは大きいが、街としては小さな地域。
単に今回の手柄に留まらず、「これまで30年以上にわたる、佐久間家の貢献にも答える」という意味だそうな。
ここで事をややこしくするのが、「カンヌ州は近い将来メル家の所有になるが、現状は王家の直轄州である」という縦割りなのだが。
幸いにして、知極東道(極東道の知事)を兼任している王太子殿下には、小さな街を領邦として与えるぐらいの権限は任せられている。
つまり。「現状の実質的所有者であるメル家の了承のもと、形式的には直轄地を褒美として受ける」千早は、立場としては、「直臣の封建領主」になると言うわけ。
与えられる街の規模から見て、爵位まではもらえないけれど。
正式な報告とお礼を申し上げるべく、千早は王都に上らなければならない。
それまでは、領主(仮)である。
なお。領主になる以上、「家名無し」というわけには行かない。
地名にちなみ、以後千早は「千早・ミューラー」を名乗ることとなった。
ファンゾ百人衆にも、これまでの功績に応じ、褒美が出た。
功績の大なる家には、故地(百人衆は、はるか昔、北賊によって極東から追い出された人々である)の集落が与えられ、小なる家にも、一定の広さの土地が与えられた。
各家、そこに先祖を祀る廟を建て、周辺には数軒、堂守りの家を配置したと聞いている。
百人衆が、そしてそれ以上に庶民が、歓喜を爆発させた。
マグナムが功績第一等、千早がご領主様。
大戦の間、苦しいこともあったけれど。
我らの仲間・「家名無し」の大躍進が、2つ続いた。
極東には夢がある。敵も追い出した。明るい未来が見えてきた。
「……戦争への不満・不安も消えました。半年はやはり長かった。もうしばらく続けば、強権発動や不満分子の暗殺も考えねばならぬところでした。」
呼ばれた会議室。
総領夫妻に報告を入れているのは、メル家のスパイマスター、フーシェであった。
「ヒロk……いえ。カレワラ男爵閣下。北賊の社会に詳しいと伺っております。敵の総大将の接待、お手伝いいただけませんか?諜報は地味な仕事ですが、後ろ暗いばかりではありません。暗殺や潜入など、最後の手段なのですよ。」
敵の総大将と社交をし、情報を引き出す。
それが、男爵(仮)になった俺の、初仕事だった。