第百三十八話 第三章のエピローグ
コミックス版『異世界王朝物語』(文藝春秋社)、ピッコマにて連載中です。
ご覧いただきたく、なにとぞお願い申し上げます。
千早は、栄光に包まれていた。
王太子殿下の策が当たり、南東で王国軍が勝利を収め。
敗勢には敏感な「無能」司令官が西の山から逃亡し、それを立花軍団が追う。
そうした状況にあって、敵の本営に一番近いポジション・王国軍の最北端に位置を占めていたのが、本軍最後衛の千早であった。
「敵本営が退却を始めた」旨、斥候から連絡を受けた千早。
異能者を中心とした精鋭部隊を率い、追い縋る。
一般兵では、千早(達)を止めることは、まず不可能と言って良い。
得物を一振りすれば、数十人が吹き飛ぶ。
俗に言う「無双ゲー」そのものの光景が展開されるばかり。
すがすがしい性格と共に要領の良さをも持ち合わせているセルジュ・P・モンテスキューが、「俺からの借り」を盾に取って……と言うことも無かろうが、戦況を把握し、突出した千早部隊の後詰となる。
軍容に厚みを加えた千早は、さらに前へと進撃する。
千早に切り裂かれた部隊を散々に打ち破り、セルジュは手柄を確保する。
なにせ敵本営周辺の部隊だ。手柄首には事欠かない。
この要領の良さが、ダミアンにもあれば。
要領の良さと言えば、千早とてファンゾ生まれ。
戦の呼吸は、DNAに染み付いている。
グリフォンに騎乗し、先回りして身を潜め、上空から襲撃。
体重数百kg以上、時速数十km以上のグリフォンのぶちかましに不意を打たれては、護衛の武人もたまらない。そこに千早の棒が飛んでくるのだから。
かくて一瞬にして総大将を生け捕りにするや、素早く離脱。
後方に戻り、上空を旋回。
「王国護軍校尉の千早、敵総大将を生け捕ったり!」
これで、決まり。
千早の手柄、「指揮官としてはどうなのよ」というところはあるかもしれないが。
こちらの社会では、敵の総大将を生け捕りにすることの戦術的意味は大きい。
そう考えれば、部隊長としても悪くない働きと言える。
ダグダで、石頭のジョーが俺に教えてくれた。
「多くの兵に守られているはずの将がなぜ戦死するか!よほどの乱戦でもない限り、1000人からを率いる百騎長以上が、そう簡単に死ぬわけが無い!」
敵も味方も、同じ事。
司令官だの将軍だの、そういう存在が捕まったり戦死したりすることなど、滅多に無いのだ。
そう。
「無能」司令官は、逃げ延びた。
悪い人間ではないのかもしれないが、無能には違いない。
ジョーに言わせれば、「司令官でありながら無能であること、それは大罪だよ」ということになるだろうし。
ともかく、あいつは、生き延びた。
ジャックとスヌーク、アントニオ・サッケーリは死んだのに。
ダミアンは、堂々たるあの「男」と、刺し違えたのに。
そして、ペネロペも。
「戦場なんて、面白くも無い現実ばかりだよ。」
全くだ。
士官将校の俺達にして、面白くも無い現実ばかり。
「泥に塗れて血を流す」一兵卒にとっては、いかほどか。
戦争は、決して美しいものじゃない。
レイナも言うとおり、尊いのは平和であって、美化して良いものではないと思う。
それでも。
もし、「戦争なんて」と、部外者に言われたら。
「軍人なんて」と言われたら。
俺は間違いなく、反発する。
ジャックにスヌーク、アントニオ。ダミアン。ペネロペ。部下として戦った人々。
彼らの生き様を悪く言われたようで、どうしても許せない。
ひとことでも、やんわりとでも、反論せずにはいられない。
戦争は、美化してはいけない。
面白くも無い現実ばかり。
だけど。
彼らは、生きていた。悩みを抱えて、生き抜いた。
見た目が不細工でも、振る舞いが生き汚くても、美しかった。
楠木正成は、城を防衛した後に「身方の塚」と「敵方」ではなく「寄手の塚」とを築いたと聞く。
戦が終われば、敵もまた、我らと同じ人。たぶん、そういうことだ。
そういう境地に立てる人は、偉大だと思う。
今の俺はまだ、そこまでの気持ちにはなれない。
敵も義務を果たしただけ。必死に生きたのだし、同じ人間。
それは分かっているけれど……。
だから。
この章を、戦死した王国の軍人に捧げる。
いつか、「この章を、戦死した王国と連邦の軍人に捧げる」と書き換えられるようになることを、願いつつ。
コミックス版『異世界王朝物語』(文藝春秋社)、ピッコマにて連載中です。
ご覧いただきたく、なにとぞお願い申し上げます。




