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第百三十三話 笑顔

 

 各部隊が準備を終え。

 敵の士気や健康状態の衰えが顕著になり始め。

 打ち合わせのためミーディエ軍団に足を運んだ、小春日和のある日のこと。


 辺境伯閣下が、人払いをかけた。


 「天気予報のできる異能者がいるのだったね?」


 上座から降り、俺の肩に手を置く。

 扇で口元を蓋い、囁く。



 「穏やかな日和が続いた後、寒い日が訪れるだろう?その前夜、打って出る。」


 

 放射冷却、か。

 

 「川面に湯気が立つ、早朝に渡河せよと。しかし、それでは……。」


 辺境伯が、頷いた。


 ひと晩中、戦い続けると言うのだ。

 渡河部隊が陣地を確保し、本隊が北岸に到達するのは、事が順調に運んだとしても昼時。

 そこから追撃戦に移るとすれば、まる一日。


 「こちらも工夫する。安心したまえ。」

 

 俺の肩から手を放し、喉の奥で笑い。

 

 「自分たちの心配をすることだな。」 


 一転、冷えた声。 

 俺の言葉は、死戦を誓った者にかけてはならぬもの。

 


 「お許しを願います。」

 

 「許しを請う顔ではないようだが?」


 「我らをご心配いただくことも、不要ということです。」


 辺境伯が、再び笑顔を見せた。

 たぶん俺も、同じ顔をしていたと思う。




 渡河作戦が行われたのは、十二月の初旬。



 ミーディエ辺境伯は、やはり曲者だった。


 死戦を誓っていたことでもあるし、しゃにむに打って出るかと思いきや。


 陣取る丘を包囲していた敵軍に対し。

 いきなり、火牛の計。


 暴れ牛に突破口を開かせておいて、突撃を仕掛け。

 包囲陣を滅茶苦茶にした後、二手に分かれた。

 

 一手は北に。

 もう一手は、南に。


 陣地の混乱を収めた敵が、連絡将校と部隊を南北に派遣し。

 空になったと思われる丘の上のミーディエ陣の様子を見ようと、そちらにも部隊を派遣したところで……。

 残っていた辺境伯が、逆落としをかけた。

 この部隊は、少数精鋭。敵陣中央を突破し、司令部を襲撃した後に、北へと駆けて行く。



 その頃。


 俺は、エドワードと供回りだけを連れて、小舟に乗っていた。

 上流側から下りつつ、北岸中央の敵陣近くを目指す。


 夜の内に先回りし、敵陣の北側で待機しようというわけ。



 「そんなにうまく行くか?連中からすれば俺達は南から来る。北にいるのは味方だけ……ではあるだろうがな?壁だの堀だの警備だの、それが甘いってことはないだろ?」


 「ミーディエが暴れて各陣地に連絡が行けば、混乱する。で、だ。エドワード。幽霊400人を、一斉に浄化できるか?霊能者が何人必要だ?」 


 「腕のいいヤツなら、簡単に対処するんじゃないか?フィリアやマグナムみたいなのが居たら……ああハイハイ、俺の仕事かよ。自分でもやれる癖に。」


 「不満か?」


 「冗談!タイミングはどうなってる?」


 「放射冷却の霧と言っても、大船は誤魔化しようが無いだろ?だから先遣隊は小船に分乗させる。」


 「近づいたところで、敵の守備隊・前衛が対応するな。」

 

 「そこに、フィリアの乗った大船が見える。朝日にきらめくはメルの旗。」


 「司令部に連絡が行く。落とせば大手柄だが、メル直系となれば強敵に違いない。陣全体として、南に意識が行ったところで……」


 「お前ならどうする、エドワード?」


 「400体を静かに入り込ませ、北門の守備隊を潰し、門を開ける。で、お前ならどうする?ヒロ。」


 「城の北側に、旗を掲げる。『北門は突破した!』と宣言する。で、あちこち火をつけながら暴れまわれば、士気は崩壊。勝手に逃げるさ。あとはフィリア直衛が上陸して、終わり。」


 「かーっ。手堅い。面白くない。違うだろ!門を開ける。少数を派遣して、旗を掲げさせる。その後は、400体と俺達で司令部に突撃だろうが!潰せれば良し、潰せなくても指揮系統をズタズタにしてやるんだよ!」 



 「エドワード様。それでは、お二人の危険が増します。司令部には腕利きや霊能力者も控えていることでしょう。」

 

 「お前らしくもないな、アカイウス。北門を制圧され、南からはメル本宗家。その状況で、一丸となった幽霊400体に突撃されたらどうなる?分かるだろ?敵が万の単位でも、関係ない。」


 「真壁先生でも防げませんね。が、『お二人の危険が増す』ことへの回答には、なっていませんよ?わが主君は、観戦武官でありキュビ家の御曹司であるエドワード様の身を慮っているのです。」



 ……悪い、アカイウス。

 この議論は俺の負けなのに、無理にフォローをさせた。


 確かに、俺の作戦は手堅い。

 が、その分だけ「ぬるい」。

 時間もかかるし、敵の司令官が有能なら、うまくまとめてくる恐れもある。

 

 させるつもりも、ないけれど。


 ……それは、言い訳だ。


 この作戦の肝は、スピードにある。

 できるだけ早く敵を崩し、フィリアを渡河させ、さらに本軍を呼ぶ必要がある。

 

 この議論は、俺の負けだ。

 くそっ。将器の差か。


 が、負けを認めてはいけないんだよなあ。

 アカイウスの心に応えるため。

 そう、将器の差ではない。経験の差に過ぎぬのである!

 と、心に間仕切りを作ったところで……。


 「無理させちゃ悪いと思ったが、そういうことなら。ま、確かにエドワードなんかより、フィリアのほうが大切だ。お姫様に一番乗りの栄誉を贈るのが俺の仕事だった。」

 

 「奢れよ?俺は手柄立てても、公式には記録してもらえないんだからな?」


 鼻で笑いやがった。

 勝者の余裕かよ、チクショウ! 


 



 エドワードの想定どおりに、事は進んだ。

 カレワラの家紋……赤地の扇に白丸を抜き、交差する刀とペン。

 その家紋を示した旗が、城頭高く翻る。



 「カレワラ、一番乗り!」

 

 後ろから、ユルの大音声が響き渡る。

 鎖分銅を振り回さねばならぬような気がした。

 

 ユルはその後も、口上を述べ続けていた。

 幽霊に、旗を支えさせながら。

 

 危険な役目だ。

 「せめて一矢を報いん、引き倒して旗を奪わん」とする者が現れる。

 士気が崩壊していても、ひとりやふたりは、剛の者がいる。

 

 が、ユルは、してのけた。

 


 敵司令部は、逃げていた。


 「判断の早いことで。有能なヤツだな。逃したくは無かったが……。」


 「言うなよ、エドワード。」



 「ええ、お手柄です。予定通り、私達が一番乗り。お二人は仮眠を取っておいてください。」


 フィリアが、声のトーンを上げた。

 奪った陣地の外から、再奪還を試みる敵の喚声が聞こえて来たから。

 

 「俺達の手は?」

 

 エドワードの問いに対し、鼻で笑うような無作法を見せることはせず。

 代わりにフィリアは、余裕の微笑みを返していた。




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