第百二十八話 銃後に関する覚書 その3
監察と言っても、することなどあまりない。
レイナは、大雑把な方針を決定しているだけ。
監察するほど働いてない……なんて言ったら、また三倍にして言い返されるんだろうけど。
実務を執っているのはヴァルメル男爵だが、この人は自他共に認める「優等生」タイプだし。
帳簿から軍務の記録から、きれいに整頓されている。
不正も過失も、まるで無い。
だいたい、レイナは何も見ていないようで、直観で本質を見抜くタイプだ。
ソフィア様に至っては……。
その二人の目を盗んで不正を行うなど、自殺志願者か?という話である。
と、言うわけで。
ティーヌ各所を巡った俺がやったこととは、監察と言うより観光であった。
「しかし、女性が多いね。」
「イースは後方だからね。大怪我してきた人が送られてくるでしょ?それを治療する医師や看護師が多いから。ほかにも、『前線までは出られないけれど、何か働きたい』って人が来てるってわけ。あたしやマリアもその口。社会貢献しておかないと、貴族仲間での肩身が狭くなっちゃう。」
アンヌさん、ちょっと正直すぎやしませんかね。
体張ってる連中に聞かれたら……。
でも、まあ。
軍人なんて、平時には無駄飯食いと言われることもあるし。お互い様か。
王国では、医療従事者における女性の割合が、かなり高い。
大怪我をした兵士諸君も、そりゃあ熊みたいなおっさんよりも、女医さんに診てもらえるほうが良いに決まってる。
その辺の機微を察したかどうか。
やはり案内についてくれたアルバートが、口を滑らす。
「まあそれと……。風俗方面も、稼ぎ時だよな。ウッドメルにも出てるだろうけど、戦場に近すぎると、リスクもあるだろ?その点イースなら安全だ。治りかけの兵士は、体力と暇があるし。金も使わないから余ってる。」
そっちに詳しい男、アルバート・セシル14歳。
イーサンに対するのと同様、俺にもため口。まあ、家格からすれば当然なんだけど。
しかし大人になるのが早い社会だって言っても、ねえ?
「ほどほどにしとけよ、アルバート。港湾業務もスムーズになったし、もうやることないだろ?新都に帰って家業の手伝いとかしなくていいのか?」
「あ……。ヒロには、言っても良いか。ほぼ、当事者だもんな。」
「何だ?」
やり取りを機に、アンヌがそっと遠ざかり、郎党衆に話しかけ始めた。
この辺なんだよな、学園出身者が重宝される理由。
「横領事件、あっただろ?あの時の連中を働かせる仕事を、請け負ってるんだ。」
そう言えば、居た。
ソフィア様とアレックス様を激怒させた、自殺志願者に等しい連中。
1年半前になるか。ティーヌ航路での横領事件が発覚したのは。
あれもレイナのひと睨みが発端だったっけ。
犯人は全員死罪となったが、一族は許されていた。
情の無い言い分だが、彼らには、早いところ復権してもらわなければ困る。
文官仕事だって、家伝のノウハウなのだから。
大戦はちょうど良い機会だ。彼らにとっても、「上」の人々にとっても。
「俺は、監督と言うかお飾りだけどな。家から来てる老臣ってヤツが差配してるよ。」
肩をすくめて、そんなことを言う。
すべて、この構造。
大将軍の下で、アレックス様が働く。
レイナの下で、軍官僚が働く。
アルバートの下で、家臣団が働く。
でも、上に仕事が無いわけではなくて。
「方針の決定とか、『ひと言』とか、そっちをサボってるわけじゃないんだろ?」
「もちろんでありますとも、監軍校尉殿!」
アルバートが、笑顔で敬礼を返してきた。
そういうつもりで言ったわけじゃないんだけどな。
まあ今の俺の立場では、仕方無い。
それにしても。
関係者復帰の件について根回しをしたのは、フィリアとイーサンである。
だから本来ならばイーサンが、あるいはデクスター家が、この任に就くはずなのだが。
それをセシル家に回した理由は……。
デクスターとセシルの間に、何らかの貸し借りがあるとも考えられるけど。
おそらくは、人手の都合だ。
今ごろイーサンは、父親である子爵閣下と2人、財務を回すのに大忙しであろう。
彼に弟か、妹がいたならば。仕事……いや、権益を回さずに済んだはず。
前線だけではない。
銃後においても、スペアの次男・三男、あるいは一族連枝を持っておくことの意味は、大きい。
カレワラ家は、その意味でも、弱い。
心細いような思いとはうらはらに、通りの賑わいは増していく。
アルバートを案内役にしているせいでもあるまいが。
風俗街……とまでは言わぬまでも。
街の雰囲気が、やや、そちらに近くなってきた。
アンヌを連れてここから先に行くわけにはいかない。
いや、元々行く気はないけどね?
この辺なら、まあまだ……。「繁華街」という表現で済ませられるか。
ざっと通りに目を走らせていると、その中の一軒から、見慣れた姿が現れる。
見て見ぬ振り、知らぬ振り。
……をしているのに、向こうから寄って来る。
「何を誤解されているかは知りませんが、実家と手紙をやり取りしていただけですからね!?」
はいはい。分かってます分かってます……っと?
「本当にそうみたいだね。」
俺達の視線のありどころを目で追ったダミアンが、舌打ちした。
彼と会っていた人物の後ろ姿は、どう見ても「心得がある」者のそれ。
「機密漏洩の危険もありませんよ?渡したのは、これまでの大まかな戦況についての報告です。アレクサンドル閣下にも許可を得てあります。」
グリム家は、作戦担当を輩出する家柄らしい。
後方で戦争の資料を集め、整理するのも役目の一つというわけか。
「なら、堂々とすればいいのに。」
アンヌの何気ないひと言に、ダミアンが慌て出す。
「いえ、郎党衆にも休暇を与えなければ。こちらまで連れて来た上で、自由行動としました。」
「あんまりいじめるなよ、アンヌ。……しかしこの面子、ヘンウッド以来じゃないか?繁華街に縁がある取り合わせなのかねえ?」
言われてみれば、確かに。
「アルバート、あの時のみんなは、どうしてる?」
「フレデリクは、タレーラン家の次男坊だから、留守番してるな。家業の手伝いに、学園に残ったヤツの取り纏めにと、大忙しだったよ。」
で。ティナとヴァレリアは前線に出てる、と。
ヴァレリアも千早の従兵だから、まあ滅多なことでは危険は及ぶまい。
「ジグムント……クビッツァ十騎長は聖堂騎士だけど、霊能持ちじゃないから、新都の留守番だな。警察ほかと協力して、新都の治安維持に回ってるみたいだ。」
あの人なら、安心だ。
前線にいてくれれば頼もしいけれど、そうもいかないよなあ。
銃後には銃後の、守られるべき日常がある。
……そういえば。
カヴァリエリ司教、どうしてるかな。
「歯噛みしておるの。銃後は皆、前線にある男の無事を願うもの。残された家族は教会に熱心に通う……が、その多くはおなごであろ?女子修道会ほどは、勢力が拡大できぬゆえ。」
笑えない話だ。
でも、それを笑い話にしてくれるのは、カヴァリエリ司教の……そう、「人徳」ということにしておこう。
って、それよりも。
「李老師!」
「孝・方も、各地から出張ってきた出家も、ようやってくれてはいるがの?」
良くやってくれては、いる。
しかし、手が回りきらない。
傷ついている人が多いから。
「ざっと見て回ったが、イースは問題ない。レイナ嬢、見事なものだの。『無為にして化す』とはこのことか。」
いえ老師。
レイナはそんな高等なもんじゃ……。ただ単に、何もしてないだけかと。
「ま、そうかもしれん。ヴァルメル男爵も、人物だの。」
「ひどいなあ、老師。私達が何もしてないみたいじゃない!」
「アンヌ嬢やマリア嬢の働きも、効いておるよ?心に傷を負った兵士は助かっておろう。」
「老師、そのことで……。実は、ノブレスが。」
「聞いておる。私の責任でもある。夏に約束しておったのに、その後忙しくてすっぽかしておった。」
約束?
「ヒロ君も聞いておったろ?ほれ、ダグダで、レオの見舞いに行った時。『良いことをしてくれるお店に連れて行く』と約束したではないか。」
「サイテー!」
「約束したのはノブレスだから!俺は関係ないから!」
「あたし一人しかいないとは言え、女子の前でそういう話する?それとも何か?あたしは女子としてノーカンか?」
そうだった。今、この場にいるのは、アンヌ以外は男ばかり。
ああもう、老師、何しでかしてくれてんですか!
が、しかし。
「真面目な話よ、アンヌ嬢。」
李老師の顔は、真剣だった。
「なぜ戦場に出る前に、『済ませて』おけと言われるか、分かるかの?」
我ら若僧、老師の圧力に耐えられるはずもない。
アンヌも面を改めた。
「男は、弱いのよ。何が何でもしぶとく生き延びてやろうという欲が、弱い。」
そういうものか。
……そうかも、しれない。
「生き延びるためには、言い訳が要る。……妻のため、子のため、老いた親のため。」
言い訳?
「言い訳を持たぬ者は、簡単に死を選んでしまう。大義のため、国のため、仲間を守るため……。そちらの理由で、の。初陣の若者は、どうかの?妻子なく、親もまだ若い。言い訳を持っておらぬ。」
アントニオ・サッケーリのことを、思い出す。
彼のような人々を悪く言っているわけでは、ないはずだ。
……生きていて、ほしかった。
「女を覚えておれば、『もう一度会いたい』。そういう欲が出るであろ?『また会いに来てね、待ってるから』。その言葉に、縋れるであろ?約束したという言い訳、できるであろ?」
たとえ弱い動機でも。
嘘だと分かっていても。
何でも良い。紙一重でも。蜘蛛の糸でも。
たった一つの言い訳が、男の命を繋ぎ止める。
「礼儀や社交、性に関する清潔さ……。いや、そればかりではない。英雄的行動に人の倫。そういったものをお体裁とまで言うつもりはないがの、アンヌ嬢。生き死にの瀬戸際に立っている者の前では、振りかざさないでやってくれるかの?まずは生きて帰ってくれることが一番大切、分かるであろ?」
ノブレス君に会いに行くぞ。
老師が、ぴしりと宣言した。




