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第百二十八話 銃後に関する覚書 その2


 日の出と共に眺める湖城イースも、また一幅の絵画であった。

 設計したのはメル公爵、フィリアの父上だと聞いているが。

 極東防衛の要という武骨な役割を背負っている城なのに、なかなか……。

 

 アリエルが、ため息をつく。

 「そういうものなのよ。領邦貴族って、箱物作りのセンスが良いのよね~。慣れてるからだと思うんだけど。」

 

 言われてみれば、ギュンメル伯の館に、ミーディエのフォート・ロッサ。

 ケイネスにしても、ささっと大城を建設して見せたし。

 

 「モリー老の、佐久間家のお城も悪くなかったでしょ?自然の山をうまく活かして。」


 「趣味と実益を兼ねた、我らの生き甲斐にござるよ。領内の良きところを見定めて、図面を描いて。二代三代と蓄財に励み。そうして建てる、自慢の城にござる。」


 めずらしく、はしゃいでいる。

 伝説の詩人アリエルにほめられれば、それは嬉しかろう。


 しかし当のアリエルは、ため息をついている。

 と、いうことは。


 「宮廷貴族は、作る機会も必要も無いってことか。」


 「もっと単純。お金が無いの。予算規模が大きくても、出費が半端無いから。」


 「その分、宮廷貴族は小さい物に、細部にこだわると。」

 

 「邸宅レベルでも、領邦貴族のセンスは、『ちょっとねえ……それはどうなのよ?』ってとこがあるわね、あたし達からすると。都市の真ん中に、砦を作ってどうすんのよって話。」

 

 「アリエル殿。領邦持ちは、その……、みな乱暴者にて。備えは必要なのでござるよ。郎党の数も多いゆえ、場所を広く取らねばならぬ。」


 

 そとづらでは、威儀を正しつつ。

 脳内では、かような会話をやかましく繰り広げる。

 そんな調子で入城したわけであるが。


 大戦の間イースに居座る高官は、宮廷貴族の筆頭とも言うべきお人であって。


 「イカツイ鎧なんか着て、気分悪いわねえ。何?監察官だからってこけおどし?やましいことなんか無いわよ?」

 

 城や砦どころか、鎧にすら反発を感じるようだ。

 いきなりジャブを打ってくる。

 

 分かってます。城内では脱ぎますよ。

 たださ、入城時にはね?戦時中なんだし。



 「レイナさん、そう言わないの。ヒロ君にだって、立場があるでしょう?」

 「久しぶり!」 

 「どう?鎧の調子は?」


 マリア・クロウにアンヌ・ウィリス、そしてミーナ。

 イースは、文化系女子のたまり場と化していた。


 大丈夫かよ?何かあったら、ここが防衛ラインになるんだぞ?

 ……という懸念が、そのまま口を突いて出てしまう。


 「そりゃあ、最前線ではないけどさ。戦略的観点からは、イースも戦地だぞ?」


 で、言い返される。

 「ちょっと。あたしのスタッフに文句があるの?だいたいさあ、『戦略』(笑)。偉そうなこと言うようになったわねえ、ヒロも。」


 それなりに偉いんですけど。

 いやね、地位を笠に着るつもりなんかありませんよ?たださ、責任ってものがあるでしょ?お互いに。

  


 「私も困っているのですよ。戦時中だと言うのに、どうも空気がピリッとしない。……いえ、それで助かっている面も多いにありますが。」


 睨まれた城代のヴァルメル男爵閣下、あわててひとこと付け加えていた。

 制圧済みですか、レイナさん。


 「監察なんて、午後からでもできるでしょ?とりあえず、聞かせなさいよ。戦場はどうなってんの?」

  

 「大まかな報告は行ってるだろう?防衛ラインは維持してるよ。」 


 「ああもう!戦場ボケしてんじゃないわよ!そういう話じゃなくて!」


 レイナが、前に一歩出てきた。

 瞳だけを、マリアの方に動かす。


 「あ、ああ。マグナムも、アンヌの従姉妹のティナも、無事だ。マグナムなんか、高評価を重ね続けてる。」


 「ティナさんは、サラ様と一緒に戦場に出て、手柄を挙げられました。」


 「クリスティーネも久しぶりね。……マリア、ノブレスの容態は?」


 「だいぶ落ち着いてるわ。」


 「じゃあさ、クリスティーネを連れて、会わせてあげてよ。何かあったら、頼む!」


 レイナが手を合わせた。

 「何かあったら」。その時は異能の「共鳴」を使って鎮静させるよう、頼んでいる。


 「そうね。会いたいよね、二人とも。」


 マリアには、彼らの気持ちが、まさに痛いほど分かるのであろう。

 感情を波立たせないようにするためか、クリスティーネに縋るようにして、いそいそと扉の向こうに消えて行く。


 

 「さてと。……で、本当のところ、マグナムは大丈夫なの?いったん押し込まれたって聞いてるし、『評価を重ねた』ってことは、苦戦続きってことでしょ?無事だって聞いたマリアはもうそれだけで頭がいっぱいになってたけど、あたしは誤魔化せないわよ?もう少し言葉を選べっての!」



 かないませんね、相変わらず。


 「マグナムの連隊は、民兵が主体だ。苦戦続きは間違いないけど、マグナムはしっかりまとめてるよ。現場慣れした李紘が入ったし、マリアが付けてくれた楽団員も、かなり効いてる。なにより、守備重視で無理もしてないから、大事には……。」 


 最後まで言わせてはもらえなかった。

 

 「ちょっと待て!何よその顔!騙すんなら騙しきれこの間抜け!」


 「嘘つけない人だねえ、ヒロ君は。もう正直に言っちゃいなよ。」


 男の隠し事など、女性の前では児戯に過ぎぬと言うことか。

 こうなってしまっては、言わずに済ますことはできない。

 ぶち切れられては、場が持たなくなる。

 

 「……シンノスケは、左腕切断の重傷を負った。命には別状が無いけど。もう一人、覚えてるか?武術大会優勝の、アントニオ・サッケーリ。あいつが、戦死した。」



 レイナが、アンヌが、口を覆う。

 2人とも貴族で、近くで武家も見ているだろうに……。

 それでもやはり、知り合いの死傷は、ショックなのか。


 「嘘!シンノスケも、あのメイス使いも、相当な腕だったじゃん!何で?」


 

 「戦場では、個人の武勇など大きな意味を持ちません。特に、負け戦の時には。」


 「ダミアン?負け戦なの!?」


 「あ、いえ。局地的に、マグナム連隊がいったん敗北したと、それだけのことです。その後猛攻を見せて陣地を取り返しましたので、監軍校尉殿のおっしゃるとおり、評価を高めています。」


 ダミアン、お前。

 俺よりもヘタだよ。

 それじゃ励ましにも誤魔化しにもなってない。

 猛攻ってのは、「捨て身」、「命を危険に曝してる」って意味だろうが。



 「そうだよね。みんな、危ない目にあってるんだよね。ジャックもスヌークも、死んじゃったんだし。だからクリスティーネが……。」


 「レイナ。励ましでも何でもなく、リーモン閣下率いる立花軍団は、健在だ。全く危なげが無い。ウォルターさんは、絶対に大丈夫。ティナも、司令部付きのサラの護衛だから。心配はいらないよ。」


 「他のみんなはどうなのよ?」


 「知ってると思うけど、幹部には、一人の欠けも出ていない。ヒュームは……死ぬわけ無いだろ、あいつが。」


 絶対に安全安心なヤツの名前だけを、挙げておく。

 誤魔化しきれないとは分かっているけれど。

 レイナ、君なら分かるだろ?「そういうもの」なんだってことは。

 落ち着いてくれ。



 ……分かっては、もらえなかった。

 いや、分かっていても、聞かずにはいられなかったのかもしれない。

 レイナの質問は、止まらなかった。


 「他は?学園の皆は?無事なの?」



 「子爵閣下、それまでに。」


 厳しい声だった。

 ヴァルメル男爵が、苦い顔をしている。


 「何を……!」


 「それ以上口にされるようであれば、城代の職権をもって、イースからの退去を命じます。後の咎めなど、知ったことではない。……そのような性根で戦地に、公爵閣下が築いたこのイースに留まること、私は認めぬ。」


 溜まっていた憤懣、ということでは無いと思いたい。

 こればかりは、レイナが悪い。


 「失礼しました。」


 間が重い。

 ……対立が生じた時は、間を繫ぐのが第三者の義務だ。

 そうした呼吸にも、だいぶ慣れてきた。

  

 「男爵閣下。立花子爵閣下にとって、責任ある軍務に着かれたのは今次大戦が初めて。いわば、初陣にも等しい。取り乱すこともありましょう。大目に見てはいただけませんか?」


 「これは、私も言い過ぎました。いい年をして余裕の無い発言をしましたこと、お許し願いたい。」


 はい、この話やめやめ!

 

 「レイナ。王国にとっては悪くない戦況なんだ。みんな、手柄を立ててる。安心してくれ。」



 「ええ。取り乱したこと、お許し願えますか?カレワラ様も、手柄を立てられたとか。頼もしいお話です。」


 「公の場で叱られて、へこんだままでいる」ことは、貴族としては「あってはならぬ」こと。

 公職にある軍人から、か弱き社交令嬢にキャラを切り替えることで場を取り繕うとはねえ。

 うまいもんだ。


 ……感心して、すこしばかり放心していたかもしれない。

 

 「ヒロ?何その間抜けヅラ。ぽかんと口開けて。言う事あるでしょう?」



 いきなり、何だよ。


 「あ、その。過分なお褒めに預かり、恐縮です。我ら必ず敵を打ち倒し、王国の淑女の皆様をお守りいたします。」


 ……こんなとこか?

 


 「違う!そうじゃない!聞いてるのよ?手柄を立てて莫大な身代金を得たって。こっちから言わせる気!?」


 あっ。

 「奢れ」ですか。


 「えーその。皆様と喜びを分かち合う機会をいただければ、幸いです。」


 

 厳しい顔をしていたヴァルメル男爵も、耐えられなくなったらしい。

 腹を抱えて笑い出した。


 「監察官が賄賂をせびるという話は聞いたことがありますが、監察官に賄賂をせびる人がいるとは、存じませんでしたな。……子爵閣下がいてくださるおかげで、我らの神経も休まっております。」

 


 

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