第百二十六話 屍霊術師(ネクロマンサー) その4
「子供だと?」
「はい、ウマイヤ閣下。本人に聞いたところ、『9歳ぐらい』と言っておりました。」
「子供ではありません、ヒロさん。」
「子供と言い切れぬ年ではあるか……。」
セイミの声とギュンメル伯のそれが、重なった。
これまで書いてはこなかったが、あえて記す必要が無いぐらいに当然のこととして、セイミも参戦している。
セイミ・ド・ウッドメル、11歳。
ウッドメル家は父を失っている。残されたのはケイネスとセイミのみ。
通常であれば、一族全滅を防ぐためセイミは新都に……あるいは少なくとも隣邦・ギュンメルに、留め置くべきなのだが。
セイミは、未来のウッドメル伯爵なのだ。
ウッドメルで起きる大戦には、参加する義務がある。
「参加」という言葉すら、甘い。「主催者」……も違うな。「当事者」が適切であろうか。
自ら率先して事に当たる必要がある。さもなくば「領土のあるじ」たる正統性を失ってしまう。
まさに「権利にして義務」である。
初めて出会った時、セイミは8歳であった。まだ子供に見えた。
次に会った時、セイミは10歳であった。すでに大人として振舞っていた。
11歳のいま、戦争の当事者として、城頭で兵を鼓舞している。
9歳は、彼にとって、「もう大人」。
「義父上、私もセイミを支持いたします。」
兄のケイネスが、口を開いた。
ケイネスが父を失ったのは、9歳の時。
以来、家の再興のため、弟達のために、忍従の日々を重ねている。
彼にとっても、9歳は「もう大人」なのだ。
父代わりのギュンメル伯が、二人に悲しげな目を向けた。
その目を見るだけで、理解できる。
ギュンメル伯は、「子供」の時間を伸び伸びと過ごし、思春期を満喫してきたに違いない。
この問題については、俺と感覚を共有している。
「子供であったとして、それが何だ?」
ウマイヤ閣下が、舌打ちした。
「参戦したからには、兵だ。それどころか、士官であろう?」
「大人か子供か、軍法の前ではそれを区別する必要はありません。」
フリッツが、補足する。
「この戦の前であれば、私もそう発言したでありましょう。しかし、今は……監軍校尉殿のためらいが分かるような気もします。」
ダミアンから、「らしくもない」発言が飛び出す。
戦争とは、冷徹なダミアンにとってすら、やはり過酷なもの。
受けたウマイヤ閣下はしかし、やはり将軍であった。
軍に危険が迫っていると感じれば、即反応する。
ついに怒声を発し、場を励ます。
「軟弱者共が!それで戦に勝てるか!敵は女を前線に立て、子供を参戦させ、死体を利用しているのだぞ?殺すことをためらうならば、軍人など辞めてしまえ!」
「失礼いたしました、閣下。作戦立案に情を持ち込むことは絶対にありません。誓約いたします。」
ダミアンが、面を正して宣誓する。
彼の役割は、はっきりしている。作戦参謀だ。
情で頭を曇らすことだけは、絶対にあってはならない。本人もそのことを強く自覚している。
おかしな雰囲気になった軍議を締めたのは、やはり主将。
アレクサンドル征北将軍閣下が、厳かに宣言した。
「先の方面司令のような、戦略に関わる特例は別として……。捕虜の扱いは、捕えた者に一任される。監軍校尉が決めれば良い。報告を求められたゆえ答えたのだろうが、軍議には関わり無い案件だ。諸卿が心を煩わす必要も無い。」
「私が話を振ったのも悪かったが。カレワラよ、湿気たツラをぶら下げた貴様にも責めがある!」
「失礼いたしました。」
「さよう、局地戦とは言え、勝利したのだ。気分良く本題に戻ろうではないか。今後の方針と、先の戦闘を受けての再編成ですが……。」
塩辛声に、気持ちを切り替える。
激務の中、それぐらいの「要領の良さ」は俺も身につけていた。
軍議を終えて自室に戻りながら、俺は先日のことを思い返していた。
捕らえた……あるいは、保護した時。
小さな屍霊術師は、目を見開いていた。
どう声をかけたものか、迷ったが。
「君が、やっていた。間違いないね?」
「父さんは?」
「この棒を持っていたのは、あの幽霊は、君の父親か?」
「父さんは!?二手に分かれるって約束したのに……。」
「立派な最期だった。」
立派な最期だった。
あの父親の子ならば、何とかなる。
そう、直観したものだ。
「最期なもんか!父さんは幽霊だ!また会える!」
「分かってるんだろう?君の父さんは、浄化された。もう会えない。」
「父さんを返せ!降霊杵を返せ!それさえあれば、また死体に魂を!」
マジックアイテムだったのか。
絶対に渡せない。
この子にはもう、あんなことをさせない。
子供が身構えた。
武術の手ほどきなど、まるで受けていない構えだ。
敵わないということぐらいは、分かるだろうに……。
「よせ。」
相手は子供。武器を隠し持っていたとしても、俺の鎧には通らない。
周囲には幽霊の気配も無い。
言葉をかければ十分。
しかし郎党は、従僕は、そういうわけにはいかない。
あるじに牙を剥く者あれば、斬り捨てるのが仕事。
アカイウスが、槍の穂先を向ける。
子供が、大人しくなった。
不服げな顔を見せた後、俯いた。
「話を聞く必要があるということですね?拘束しておきます。」
後はアカイウスが、てきぱきと仕切っていった。
軍議の後、改めて話を聞こうと思ったのだが……。
会話にならない。
父を殺された恨みが強いのだろう。当たり前か。
降霊杵……すりこぎのような棒だが。
凄いと言えば凄い効果を持っていた。
「これで殴れば、幽霊を必ず転ばせることができる」のである。
棒そのものよりも、使い方がうまい。
ゾンビにしてもそうだ。効果的に「運用」していた。
この子は、愚かではない。生き抜くため、必死に知恵を絞ってきたのだろう。
意地……というよりも意志の強そうなその目を見て、すこしひるみを覚えた。
この子とは、どう付き合えば良いのか。
なかなか、骨が折れそうだ。
……天真会からは、どう見えるのだろう。
そう思って、こちらに出張っている孝・方に話を聞く。
「難しいな。俺にはまだ、そういう判断がつかない。もう少ししたら、交代で老師が来るから……。」
助かる。
こういう案件は、李老師に限る。
「頼りっぱなしってのも、情け無いけどね。」
「でも、しかたないぞ。」
アリエルとヴァガンの言葉。
短いけど、確かにそのとおり。情け無いけど、仕方無い。
もう一人の宗教枠、カルヴィンにも聞いてみる。
「9歳だった!?……迷う気持ちも分かるが、殺すべきだな。罪は罪だ。」
「罪って、何の罪だよ。人を殺したわけじゃないんだぞ?死体と幽霊を、その……利用したというか。」
「人を殺すのは、『犯罪』だ。俺が言っているのは、『罪』だ。聖神教徒でなくても、分かるだろう?人道とか倫理とか、そういうものを冒瀆してる。軟弱な貴様のこと、その重みは理解しているはず。これ以上の罪を重ねる前に、天に帰すべきだ。」
「軟弱、ね。」
「貴様でなければ、『繊細』とか『穏和』とか言うところだがな?貴様は『軟弱』で十分だ。」
「はいはい……。枢機卿猊下だったら、どう判断すると思う?」
「同じだな、ピウツスキ猊下なら。ヴィスコンティ猊下なら……その、『教理の解明のために協力を求める』かもしれない。」
「有無を言わさず、か。屍霊術師だもんな。」
「ええい、いちいち!……言っておくぞ、貴様は考えすぎ、抱え込みすぎだ!記憶喪失の癖して家を再興するわ軍務を抱えるわ。社会人として多忙な上に、個人に返れば周囲の顔色を窺う。面厚かましいのは分かっているが、魂が保たなくなるぞ?……兵士たちも、みな苦しんでいる。ノブレスを見ただろう!?ここは戦場だ、溜め込むのは危険なんだ!」