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第百二十六話 屍霊術師(ネクロマンサー) その3 (R15)


 「敵を北岸に押し戻すことに成功したか。……ギュンメル閣下、報告をお願いいたします。」 


 「承知。ほぼ作戦通りでありましたよ。」


 ギュンメル軍団が、西で壁の役目を果たす。

 南東から北西にウマイヤ軍団が騎兵で侵入し、敵陣地前で東に馬首を向け、再び駆け抜ける。

 南からマグナム連隊ほか、本軍が押す。

 同時に東から、ファンゾ衆も押し込む。

 で、北を流れる河に敵を追い落とす。


 北に押し返すことを主目的とする。

 殲滅を目指すべからず。無理に追い詰めることはしないように。

 

 ……と、いう作戦通りに。




 「各軍団、怒りで一丸となっていたから」という理由も無いではないが。

 やはり、決め手は兵力だった。

 

 この戦闘は、「南岸に進出した敵が『橋頭堡』に兵力を送るのと、王国が反攻体制を整えるのと、どちらが先か」で決まる性質のもの。


 そういうわけで。

 この戦闘におけるMVPは、じつはミーディエ軍団であった。

 北岸の山地から敵の増援を妨害し続けた、彼らの功績は大きい。


 サラの顔は喜びに輝いていた。

 もちろん、本格的な戦闘に初めて参加し、手柄を挙げたラティファも。


 現地の兵達も、あるいは雪辱を果たし、あるいは手柄を挙げて大喜び。

 ものの見える士官達は、グウィン河の防衛線を取り戻せたことに胸をなで下ろしていた。


 ユルも大活躍。手柄よりも、友であるアントニオを送ってやれたことを喜んでいた。

 ピーターまでが、笑顔を浮かべていた。

 お手柄が、あったから。



 けれど。

 

 「カレワラよ。ラティファのお守り、ご苦労。……何だ?貴様ひとり、浮かぬ顔をして。」

 

 「その。……敵術師の件で、報告があります。」




 

 ラティファとサラを連れた俺の騎兵隊は、無理を控えつつ戦場を広く廻っていた。

 すでにゾンビ兵の姿は無く、術者らしき者もいない。


 猛攻に猛攻を重ねたマグナム連隊が敵陣地に一番乗りを果たしたのを皮切りに、ファンゾ衆ほか各軍団が続々と進出し。

 とどめに「壁」となっていたギュンメル軍団が、ゆっくりと「面で押し出した」ため、戦線を維持できなくなった敵は、ついに陣地から撤退した。

 


 大まかな掃討も済んだところで、俺達の部隊は後から乗り込んで行ったのだが……。

 やはり、術者らしき者の姿は無かった。


 探しても、なかなか見つからない。

 このかくれんぼを制したのが、ピーターだったのだ。



 「貴族の皆様は隠れたり探したりが下手なのです、マスター。」

 ピーターが、得意げに胸を張る。


 「いえ、悪口ではありません。目立つのがお仕事なのですから。」

 

 貴族は、ひとびとの中心に立つ。

 「お神輿」であり、立花伯爵に言わせれば「祭祀の牛」ゆえ、誰からも見えるところでキラキラと輝いていなければならない。

 

 だから俺などは常々、「堂々としろ」「もっと威厳を」と叱られる。

 生まれながらの貴族は、そんなことを言われはしない。

 本人はただ立っているだけなのに、目立ってしまう。人々の中心になってしまう。

 その最たるものが、アスラーン殿下であって。

 身をやつしていても、ボウガンの矢が飛んでいくほどの存在感を放射あそばしているのだ。 


 ……ともかく、貴族とは、隠れられては困る存在である。

 だから、「かくれんぼ」のノウハウも才能も、持っていない。

 


 「戦に負けて逃亡する時は大変だろうなあ。」


 「だから郎党衆に囲まれているのです。彼らを指揮しながら、悠々と逃げる。部下が一身を賭して壁となる。その戦ぶりがまた目立って、天晴れとも称される。……そうあらねばならぬのです。」

 

 敵陣地で下を向いたサラの声は小さくて。

 まだ各所に響く剣戟の音に、取り紛れた。


 

 「その、ピーター。探すのが下手だと言うのは?」


 「貴族の皆様は、大らかですから。細かいことは私達の仕事です。……『目端が利く』とは、決して褒め言葉ではありません、マスター。」

 

 諫言、感謝する。

 「目端が利く」どころか、「少しいやらしい」とまで言われているのだ。我が忠実なる従僕よ。


 

 ともかく。

 我ら貴族、敵陣地に到着したは良いものの、どこから探したものか途方に暮れていた。

 戦斧も鋼鞭も長巻も、こんな時には無用の長物。

 でくのぼうがうろうろする中、小柄なピーターが、てきぱきと指示を出し始めた。


 「まずは手がかりを探しましょう。外郭です、マスター。死体置き場へ。」


 確かに。ゾンビ兵は、陣の中央には置けないわな。


 ジロウが顔をぶるぶると振るって、先頭に立つ。

 臭いか。……ゴメンな。


 外郭の下流側……つまりは、敵陣の東北角に、「いかにも」な場所があった。

 死体が山積みにされている。

 なんだか、動いている。


 ミーディエとウマイヤの郎党衆が、サラとラティファを囲む。

 一部兵士が、少しずつ慎重に死体を取り除いていく。

 みなの視線が集中する中……。


 ピーターが、ただひとり振り返った。

 「あんな、ベタな……。敵の術師は、貴族ではないのでしょう?」

 

 左右に目を走らせる。

 「いた!」


 声に応じて、アカイウスが矢を放つ。

 翻った人影に、後ろに控えていた身軽なフリッツが、従卒のデニスが、真っ先に追い縋る。

 臆病者だから後ろにいた、全身鎧ではないから身軽だった……とか言っては、いけないのである。


 二人が、打ちかかる。

 フリッツもデニスも、「まるで腕に覚えが無い」というわけではない。

 「武のメル家」においては、「足りない」。そう言われてしまうだけのこと。


 敵の得物を、弾き飛ばした。

 俺のほうに飛んできたそれを、受け止める。

 

 得物……ねえ。

 すりこぎ程度の棒っきれ。

 無いよりはマシ、程度の代物であったが……。


 ともかく、フリッツとデニスが、敵を取り押さえていた。


 「気をつけろ!化け物だ!」


 ゾンビにしては身動きが敏捷であったし、「良い鎧」を身につけていたが。

 とにかく、ゾンビであった。

 

 こちらを罵っている。

 これは、情報を聞き出せそうもない。

 サラが、鎧を断ち割った。


 戦斧の刃が魔法陣にまで及び……。

 男性の霊が、光の中へと溶けて行った。

 今まで見たことのない表情を浮かべて。


 笑顔ではない。こちらを真っ直ぐに見ている。

 「どうか……。」

 その後は、聞き取れなかった。


 

 「術者じゃ、無かったな。」


 死体の山の中にいたのも、ゾンビだった。

 「小柄なローブ姿」は、どこにも見えない。


 

 「マスター!南か……いえ、西です!」


 「そうか、ピーター!」 


 ピーターと、友愛大隊のディミトリスには、何かが見えているようだ。


 

 ともかく馬に乗り、西に向かう。

 

 「いかにも怪しい死体の山を作っておいて、それをめくらましに逃げた者がいるとなれば……。」


 「そいつが本命に見えますよね、ディミトリスさん。でも、親鳥と小鳥です。村の山で、よく見かけました。」


 「小鳥とは逆の方向に親が逃げる。守りたい者とは逆の方向へ走る。逃亡者は、みな同じことを思うもののようだ。孤独では、なかったか。ひとり……幽霊であっても、ひとりは、仲間がいた。」


 ディミトリス……。


 「しかし、難しいのでは?西にせよ南にせよ、北賊の退路とは逆。王国軍にぶつかってしまえば。」


 汚いローブを着ていては、身代金の価値無しと見られてしまう。

 着替えていれば、あるいは捕虜にしてもらえるかもしれないが。

 いや、王国風の服に着替えてしまえば、いくらでも……。



 すぐと、西から迫るギュンメル軍団にぶつかった。


 「いえ、そのような間抜けはあり得ません。各軍団からはぐれた者は、一箇所にまとめておきますので。……なるほど、敵の術者が逃亡している可能性ですか。了解です。後で精査し、報告いたします!」

 


 ギュンメル軍団をやり過ごして後、ややあって。

 ディミトリスが、馬首を返した。


 「馬で逃げていれば、必ず捕捉されています。徒歩で逃げるならば、総攻撃の時間から計算して、これ以上遠くへは行けないはずです。」

   

 友愛大隊の、頼りになること。

 アカイウスが、ため息をついていた。



 怪しい人影は、無い。


 「いえ、校尉殿!あそこに人が!」


 随分と遠くを指差している。俺には見えなかった。

 女神のおかげで「20ポイントアップ」した視力ではあるが……。

 元が平凡なので、こうしたことではプロの斥候には敵わない。 


 数騎で、駆け寄る。

 

 怪しいところはないようだが……ジロウ?

 え?死体の臭い?


 改めて振り返る。


 人付き合いの経験が薄いからか。

 敵の屍霊術師ネクロマンサーは、「誤魔化す」ということを知らなかった。


 ゾンビが持っていた「すりこぎ」を見て、目を見開いている。

 そうか。お前が……。




 

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