第十一話 馬市 その4
通されたところは……会議室のような部屋であった。
応接室や個人の執務室でもなく。
「謁見の間」のような、広い部屋でもなく。
その中間。
個人的な面会でもなく、公的な面会でもなく。
その中間。
伯爵の側近・腹心・上級官吏・幹部軍人。
そういう立場と思われる数人の人がいた。
聖神教団所属、シスターフィリア。
天真会所属、行者千早。
そして、こちらが道士ヒロです。死霊術師だそうです。
全員、学園に所属しています。
ここまで案内してくれた使者が、そう告げる。
数人が、ざわついた。
やや警戒の色を現している人もいる。
しかし、それも、正面の男性が口を開くまでのこと。
やや小柄で品の良い姿からは意外な、低い塩辛声であった。これが軍人の声というものか。
「よく来てくれた。シスターフィリア。崩落についての迅速な報告、感謝する。山の道を通ったとか。消息が途絶えて心配したぞ。行者千早も、実習をつつがなく終えたと聞いている。二人が行を共にしていたならば、心配することもなかったか。」
「ご機嫌うるわしう、伯。」
「お心にかけていただいたこと、恐悦に存じまする。」
「そして、そちらは……。死霊術師、とのことだが。それは真か、道士ヒロ?これまでの経緯を聞かせてくれるか?」
「おおせの通りです、伯。死霊術師の、ヒロと申します。」
儀礼は知らなかったが、考える限り最大限のていねいさで、あいさつをした。
目が覚めたらクマロイ村であったこと、名前と年以外は分からないこと。崩落に遭い、山の道を通ったことを伝えた。
「悪くはない。」
何について、「悪くはない」のだろう。そう思う間もなく、大きな塩辛声が畳み掛けてきた。
「謙を知りつつ、諂わぬ。己の手持ちを明かさぬ知恵がある。嘘を口にすることなく、……世話になったのであろう?山の民の話を隠した。『売らない』ところが気に入った。」
「懸念することはないようだぞ。」
そう、左右に言う。側近や腹心だからこそ、警戒もする。
挙動に対して厳しい目を向けられていることを、憎む気にはなれない。
「だが。全体に、足りていない。」
再び、俺を見て言う。
「心根は悪くないが、『芯』や『覚悟』が感じられぬ。記憶喪失のせいもあるだろうが……まあ、そのうち『出会う』であろう。」
覚悟に出会う?……分かるような、分からないような。
「体力も、足腰だけといったところか。ま、一番大事なところではあるが。」
塩辛声が、力を増した。
「何よりも足りぬのは、技。最低限の身のこなしと、ひとつは武術を。知識もだいぶ不足しているようだ。」
安心せい、山の民と我らは険悪な仲ではない。それぐらいは知っておけ。
そう言って、伯爵は「ニヤリ」と笑った。
「ニヤリ」と言うほか表現のしようが無いのだが、決して下品ではない。壮年・初老という年配なのに、悪戯っ子のような笑顔である。
そんな笑顔以上に、ギュンメル伯の言葉が、俺には突き刺さった。
いろいろ足りていないことだけは良く分かっていたのだが……。「何が、どのように」足りていないのか。どうしていけば良いのか。これまで、その手掛かりをつかめずにいたのだ。
それをここまで明確に言語化して指摘してくれるとは。
伯爵の「見る目」に瞠目する。そして、そのまま、感動の思いが湧き起こってきた。
「お教え、感謝いたします!」
自分でも驚くぐらい、大きな声。恐らくは、よっぽど感激した顔でもあっただろう。
側近の警戒心が、完全に消えたことを、はっきりと感じた。
彼らも、同じ感情を覚えたことがある。
そう、確信した。