第百二十六話 屍霊術師(ネクロマンサー) その2 (R15)
「ユル君に会えなかったのは残念ですね。騎馬なら負ける気はしないのに。」
上気した頬。目が輝いている。
負けず嫌いなことで。
ナイトが頑固者ならば、弓兵は呑気者。騎兵は好戦的、か。
安易な類型化には注意が必要だけど、話の種としては面白いかもな。
ラティファもやはり、ウマイヤ一族。シーリーンに劣らず、勝気なようだ。
「ユル君の腕は上がりましたか?」
開口一番、それですかサラさん。
斧使いは単純、ということで。
「刀使いは神経質と言われるんだよな。」
朝倉?
「双剣使いのあたしは両刀使い。」
アリエル、それ性格じゃなくて性癖。
「冗談よ。二面性があるとか不可解だとか、あとはへそ曲がりとか言われがち。」
そういや双鞭使いのシーリーンも、へそ曲がりっぽいよなあ。
って、そんなことよりも!
「無理に『こっち』を経験しておく必要はないと思うが。家の都合によっては、『令嬢』からの『奥様』コースだってあるだろうし。軍人貴族でやっていくにしても、2人とも高位が約束されている。手柄争いよりは、司令部から全体を眺めることを覚えるべきでは?……イーサン・デクスターの言葉だが。私もそう思う。」
「おいヒロ、その口調どうにかしろよ。」
「そうは言うがな、ティナ。仕事で来てるんだ。ウマイヤ閣下とミーディエ閣下からお預かりしてるんだし、郎党衆の手前、いつもの調子ってわけにもいかないだろ?」
「遠慮は無しにしてください。いつもの調子で頼みます、ヒロ先輩。」
「じゃあ私から、いつもの調子で。……『奥様』になるとしても、夫の言いなりになるのは勘弁。言う事聞かせるためにも、こっちの経験は箔になるでしょ?」
ラティファの発想は好戦的どころか、完全にヤ○ザ者のそれ。
でも、そういえば。
あの誠実な出来物、セルジュ・P・モンテスキューも「所詮はヤ○ザ者」って……。
「行き過ぎると、貰い手がなくなるけど。姉さんみたいに。」
護衛の郎党衆が爆笑する。
「かかあ天下はウマイヤ一門の伝統です、校尉殿。」
「郎党衆筆頭のファン・デールゼンさんが典型例。」
「じゃじゃ馬乗りこなしてこその騎兵ってね!」
「尻に敷かれてるくせに。いや、騎乗られるのが好きなんだよな、お前は!」
「話せる連中ばかりでいいねえ、ウマイヤ家は。あたしは乗るのも乗られるのもイケる口だけど、どうだい?……おい!目逸らすな!どいつもこいつも……。」
「ティナさん?……真面目な話、デクスター家と私達はやはり違うんですよ、先輩。ギュンメル閣下の言われるように、『大きなところ』しか見えずにいると、足を掬われます。現場の空気を感じなくては。」
忘れていた。
サラの父・ミーディエ辺境伯がまさにそうであった。
促成栽培で司令部付きばかりを経験させられ、なかなか実地に出してもらえなくて……。
しかし、そうなると。
フィリアは良いのか?現場に出なくて。
今次大戦ではNO.2の地位にあるから、「前に出られない、出るべきでもない」ってのは分かるけど。
あ、いや。初陣、ファンゾと、陣頭に立っているか。
その上でダグダで司令部の経験をして、今に至ると。
サラやラティファは、まだその段階以前ということか。
アレックス様も言う通り、まずは現場の空気に触れることが大切。
いや、それでも。
隊長格の経験を積めば良いだけの話じゃないか。
やっぱり何も、直接に手を下す必要は無いはずでは……。
「誰のことを考えています?」
「馬上はもの思いに最適よね?落馬にご注意を!」
「やっぱりてめえもムッツリ助平じゃないか!」
「いや、そうじゃなくて。やっぱり、こうして現場に出れば十分だろ?何も直接……。」
「ご歓談中のところ失礼!友愛大隊から連絡、右手に敵4!」
アカイウス?
この騎行、いや戦闘行動では、先頭に友愛大隊を立てている。
中軍に俺とアカイウス、ピーター、サラにティナ、ラティファ。
右にサラの郎党衆、左にラティファの郎党衆が壁となっている。
後ろには……現場の空気を知るために、フリッツ。
ならびに、空気を知る必要など既に無いはずの、「ムッツリ助平・知恵の一号」ことダミアンが備えていた。
「右なら、ミーディエが出ます。では!」
サラとティナ、ミーディエ党が分離して行く。
友愛大隊の馬列が、大きく右に弧を描いた。
分かれていったミーディエ党が敵の前面に出、中軍の俺達が横腹を遮り、友愛大隊が敵の後ろを扼するようなかたちとなる。
そのまま旋回し続ければ、完全包囲だ。
馬の脚を止めることなく、しかもサラの隊を置き去りにせずに済む。
「行き届いたもので……。友愛大隊には、学ぶところが多いですね。」
アカイウスの言葉に、頷きを返しておく。
「お任せください。」
珍しく、嬉しそうな顔を見せていた。
俺の「あるじ」業も、少しずつ板についてきたと見て、良いのかな。
敵は、ウマイヤ軍団に粉砕された部隊の敗残兵だった。
郎党衆が早々に敵2人を突き落とし、サラとティナのためにお膳立てを整えていた。
長柄の斧が翻ったと見るや、残りの2人も落馬。
とどめを郎党衆が突き入れる。
……それで良いのだと思う。
わざわざ、息の根を止めるところまで経験させることもないだろう。
暴れん坊で有名なかの将軍も、とどめは刺さないではないか。
たぶん、そこには何かの機微があるのだと思う。
呆けていてはいけない。
俺がこの仕事を任せられたのは、何も経験豊富だからとか、そういうことじゃない。
「見届けた!」
俺は、賞罰を司る監軍校尉なのだ。
「同じく!」
フリッツは、記録を司る紋章官なのだ。
ダグダで知り合った顔が、こちらを向いた。
先立って単騎、こちらに帰って来る。
「私も校尉殿と、同じ思いです。」
物慣れた年の男が、苦笑いを浮かべる。
「が、悪い事でもありません。ならば、あるじの求めに従うのみ。」
俺がとやかく言って良い問題でも、ないか。
帰ってきたサラとティナだが。
特に醜態を見せることは無かった。
「人とは、簡単に死んでしまうものなのですね。」
「侍衛の責任って、重大だよな。」
そうつぶやいただけ。
たぶん、おかしなことには、ならないと思う。
前に進むにつれ、「人口密度」が増してきた。
驍騎将軍ウマイヤ閣下が率いる軍団は、読んで字の如く、騎兵隊だ。
騎兵は、「いちいちすり潰す」という兵科ではない。
「勢い良くぶつかって、大穴を開ける。削り取る。」のが仕事。
当然、結構な量の「食い残し」が出るが。
それを掃除するのは、歩兵の役目。
敵兵と王国の歩兵とが、あちこちで衝突していた。
敵兵もよく粘っているが、騎兵に突破され、陣や連携をズタズタにされてしまった後だ。
苦戦は必至、いや「後は時間の問題」とすら言える。
友愛大隊も、相変わらず「分かっている」。
いま俺が率いている部隊は精兵の集団ではあるが、戦闘することを求められているわけではない。
頑強に抵抗する敵は、避けなければいけない。
それでも一応、歩兵の援護はしてやっている。
監軍校尉・司令部が率いる部隊だ。何もしてくれないのでは、現場の士気がくじけてしまう。
手伝うと言っても、接敵はしない。
弓を射掛け、投げ槍を飛ばし、敵の背後を突くかのような動きを見せる。
それで十分。数百以上の騎兵が足音を鳴らして近づいてくるだけで、大抵の歩兵は崩れる。
その間に、ラティファも敵を討ち取っていた。
左方に敵騎兵の集団を発見したウマイヤ党、直線的に迫っていく。
ミーディエのように、「確実に包囲してしとめる」などというていねいな仕事はしない。
騎馬で駆け違い、すれ違いざまに鞭を一振り。
落馬した騎兵に、やはり郎党衆が槍を入れていた。
駆け違っただけなので、「食い残し」が出るのだが……。
馬首を翻してこちらに合流しがてら、残りを叩き落していた。
それでも余っていた連中は、射落とす。
「どう?」
「お見事。武術大会でも見たけど、柔らかい動きだね。」
ラティファは、完全に軍人だ。
ショックとか、そういう方面の心配は必要ないと思う。
ただ……。
「分かってる。無茶はしない。王族は身代金が大変だからねー。」
「分かってくれてるんならいいさ。シーリーン閣下も心配するし。」
2人の手伝いは、済ませた。
あとは、俺の仕事だ。




