第百二十五話 「捕虜」に関する覚書 (R15)
「いや、まだ肝心の情報を得てないだろ。」
エドワード?
「戦場ではこいつらがウロウロしてるんだろ?手足をもいでも、頭を飛ばしても、動くのをやめない。じゃあ、どうやって倒すんだ?」
「現場では、敗走はしたものの第二線で防いだのでござったな?」
「マグナムさんの機関砲が効いたようです。あれは霊弾ですから。」
「マグナムで行けるなら、校尉の一撃で体ごと浄化できるな。でもそれじゃ参考にならない。どの程度の霊能なら、体ごと持っていける?霊能が弱いヤツは、露出してる霊体を狙わないといけないだろ?その線引きは?」
話をつめるエドワードの言葉を聞いているうちに、嫌なことに思い当たってしまった。
「そもそもさ、浄化するとなると……。」
「そうだヒロ、霊能力者はこいつらにかかりきり。その間、敵の説法師や浄霊師をどう防ぐ?」
「霊能のない兵士でも倒せる方法を知る必要がある、か。」
でも、それを知るためには……。
「ともかく、いろいろ調べる必要はありますね。ヒロさん、聖堂騎士団に連絡を。強さの異なる霊能者を数人派遣してくれるよう、頼んでください。」
「人体実験とか捕虜の虐待とか、どうなんだ?」
声に力が入っていないことは、自分でも分かっていた。
「ヒロ、何言ってる?これが人かよ。」
エドワード・B・O・キュビが。明朗闊達な、気分の良い少年が。
何の躊躇も無く、即答した。
「ヒロ殿は、霊の声が聞こえるゆえ……。なれど。」
「だろ?霊と人間は違う。これと俺達を同列に扱うのか?」
厳しいことを。
直観的に本質を突きやがって……。
「エドワードさんの言うとおりです。人間の尊厳を貶めるのですか、ヒロさん。出会った頃から言っているでしょう?『霊は人ではない』。」
「あの世の住人とこの世の住人とは、理を異にする存在。わきまえられよ。」
「兵士の犠牲が増えていいはずがない。俺は絶対に許せない。」
「……ああ、そうだな。分かった。カルヴィンに使いを出すよ。」
みんなが言いたいことは分かる。
「動物を虐待するな」という話と、その程度に関する議論に近い。
動物を虐待するなんて、気分の悪い話だ。
だけど、虐待したら傷害罪とか、それは違う。
犬に襲われたから殴り殺せば過剰防衛とか、そういうことになってしまう。
グロテスク極まりない。生類憐みの令じゃあるまいし。
人は人、同じ存在。対等で平等。だからこそ、互いに一定の敬意を払うのだ。
その範囲を動物や草花まで広げたら、敬意が、尊厳が、希薄化してしまう。
どこかで線引きをしなくてはいけない。
だけど……。
カルヴィンがこちらに来るまでの間、虚しい抵抗だとは理解していたが、聞いてみた。
いや、抵抗とかそういう問題ではなく。知っておかなければならない。
「なあフィリア。捕虜の扱いとか、医学における人体実験とか、どうなってるんだ?」
「捕虜は、身代金の代価ですので、丁重に扱われます。この前の、司令官のように。」
「『身代金の代価だから』、か。」
「戦争の規模と比較した、捕虜の数は?」
数万以上の軍が激突している割りには、捕虜はかなり少ない。
これ以上言わせるな、か。
ああ、そうだなフィリア。言われなくても分かる。
身代金が期待できる捕虜以外は、殺されているのだ。
殺して武装を奪うほうが、身代金よりも手間ひまかからず、確実に金になるから。
非難はできない。
戦争は、軍人にとっては、仕事なのだから。
兵士も含め、互いに覚悟して来ているのだから。
死ぬか、浮かび上がるか。
そういう「場」なのだ。
そして。
「『彼ら』は、『捕虜』ではない。そういうことか。」
「戦時の……その、慣習?で言うところの、『捕虜』ではありませんね。もちろん、間者のように『犯罪者』として扱われる存在でも、ないとは思いますが。」
「繰り返すが、そもそも『人』扱いしてはならぬ。『霊』にござる。」
「それと、人体実験ですか?行われているとは思います。薬の効き目を調べる際などに。」
「ヒロ殿。いま考えるべきことではござらぬ。そうであろう?」
カルヴィンが来た。
「死体に閉じ込められた霊だと?憐れな……。許しがたい冒涜だ!」
ほんと、そうだよ。
気が弱ってる時は、お前の眩しさが沁みるんだよな。
「なるほど。死体が、いわば霊体の鎧になっている。だから、どの程度の霊能ならば『通る』のかを調べたいと。そういうことで良いんだな?」
聖神教団から連れてこられた霊能者達は、「彼ら」あるいは、「それら」を見て、怯えていた。
霊能があまり強くない人々だ。「おぞましい」霊と対峙した経験は少ないはず。
「兄弟よ。恐れることはありません。まずは私が。」
掌中に霊弾を形成したカルヴィン、キャッチボールの要領で「彼」の胴に向かって投げた。
痛がっている。俺にしか見えないけど。
肉体の痛覚は消えても、霊体には痛覚がある。
やはり、普通の幽霊に過ぎないのだ。
「まだ浄化されないか……。では。」
カルヴィンが、聖句を唱えつつ形成した霊弾を、振りかぶって投げる。
「彼」が悲鳴を上げた。俺にしか聞こえないけど。
霊気が浮かび上がり、四散したことだけが、救いであった。
「感覚的には、8割の力と言ったところだな。」
「カルヴィン殿の8割がたとなると、『それなりの霊能』では済まされぬでござるな。」
「魔法陣を狙ってみてください。」
こんどはあっさり浄化された。
霊能が弱くても、何とかなるようだ。
「フリッツ、お前霊能ないよな。あの魔法陣、削ってみてくれ。」
エドワードの言葉に、フリッツがおっかなびっくり近づいていく。
そして出た結論だが。
「……厄介ですね。」
「しっかり全部切り取らないとダメか。霊能者なら、触るだけでも浄化できるのに。」
「しかも、防具で守られている箇所にござる。」
「他にも手はありませんか?火は?」
「考えたな、ダミアン!こういう時はお前が頼りだ。いろいろ出してみてくれ!」
みんなが楽しんでいるわけじゃないことぐらい、分かってる。
これは仕事だ。味方の損害を減らすためだ。
シンノスケやアントニオ・サッケーリのような犠牲を出さぬために、必要なことだ。
だが正直、キツイものがあった。
霊が苦しんでいる様子は、俺にしか見えないし、俺にしか聞こえない。
それでも、この場を離れるわけにはいかなかった。
この件の担当は、俺なのだから。
俺以外には、ありえないのだから。