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第百二十三話 クラースからの聞書 その1

 

 学園教員のウィリアムさん……ですか?

 わざわざ名刺まで。

 ええ、構いません。時間はありますので。


 なるほど。公式に発表された戦史とは違う視点から、ですか。

 現場の兵卒や士官から話を聞いて史料にし、まとめていると。

 それは素晴らしいお仕事を。

 

 しかし学園出身なら……。

 あ、そうか。マグナムさんは出向中で、いま新都にはいないんだった。

 シンノスケさんでは……ああ、気を使われたのですか。


 大丈夫ですよ。

 シンノスケは立ち直っています。怪我のことなど、一切気にしていない。



 実は私もね、当時は思うところがあったものです。

 ウィリアムさんとは逆で、「シンノスケのためには、これで良かったのかもしれない」と思っていました。


 「大怪我した仲間に対して、なんとひどい!」と思われましたか?

 戦場で槍を並べ、同じ釜の飯を食った者どうしの関係はね、特別なんです。

 何と言うか……言葉にしにくいな。

 まあ、「正直な関係」とでも言いましょうか。



 学園のOBは、皆さん素晴らしい才覚をお持ちです。 

 文武両道、軍人にも官僚にもなれる。

 しかし「文武両道」ってのは、「中途半端」を誤魔化すための言葉ってこともある。


 当時のシンノスケがそれでした。

 まさに中途半端、器用貧乏。


 私はあの戦役で、3人の校尉とマグナムを見ています。

 シンノスケの武勇は、同世代の彼らには及んでいなかった。

 

 一方で、シンノスケは当時、連隊の兵站管理を担当していました。

 私達軍人は、みな脳筋だ。帳簿だの兵糧だの、そういうのを理解できたのはシンノスケとマグナムだけ。

 完璧でしたよ。素人目で見ていても、事務処理能力は高かった。

 


 ……刀は両手で扱うもの。左腕が無くなれば、もう握れない。

 

 

 これでシンノスケは、軍官僚か、あるいは地方の役人か、そちらを目指すことに集中できるだろう。

 あいつなら、市長はゆうに務まる。

 家名持ちの婿になれば、知事や、軍の部長級だって夢じゃない。

 これで良かったんだ。



 ……そう思ったんですがね。

 

 やっぱり私は小さい人間だ。

 いや、学園の皆さんが大物なのかな?


 え?

 ああ!そうですとも!あなたのおっしゃるとおり。

 シンノスケが男だったと、そういうことだ。  



 堅苦しい言葉はガラじゃない。

 聞き苦しいだろうけど、素に戻らせてもらうぜ? 

 あんたも正直なところが聞きたいんだろう?





 大戦が始まると聞いた、5月。

 義勇兵として参加することに決めた俺は、所属先を探していた。


 「一見さん」を断らない、組織の固まってないヤツじゃないといけない。

 だがな。部下を抱えてない現場指揮官なんてものは、頼りにならないのが常識だろう?

 戦ベタの組下に入ったら、手柄を得るどころか命を失う。


 あんた、「シンノスケには市長や知事、部長級も務まる」って俺が言った時、驚かなかったな。

 俺の出自を知ってる、そうだろう?今は、家名を名乗ってもいるしな。

 まあ、そういう難しさもあった。顔見知りには頼れなかったんだ。


 その点、マグナムは都合が良かった。

 庶民出身で、広く民兵を求めている。

 ダグダで手柄を挙げた、カンヌの英雄マグナムだ。戦機を見る目もある。

 ……後で本人に聞いたら、その噂にはだいぶフカシが入ってるらしいけど。

 だが実際は、噂以上に「やれる」男だった。助かったぜ。



 事前の演習に参加した。

 いろいろ事情もあったけど、俺には仲間がいた。

 それぞれ乳兄弟がついて来て、俺にはじいやに、家を抜け出して来た郎党連中が12人。

 武家出身スジモノが30人と来れば、民兵シロウトの中では一大勢力さ。



 演習終わりに、マグナムとシンノスケに声をかけられた。


 「隊長級・幹部として働いてもらえませんか?」って。


 「敬語はよしてくれ。あんたが頭なんだから。」 

 

 「じゃあ遠慮なく……。俺達は家名無し、庶民だ。どうしてもスタッフが足りないんだよ。クラース、あんたはちゃんとした素養を持っている家名持ちだろう?頼む。」 


 じいやが、目を真っ赤にしてた。

 断れねえなと思った。


 いや、照れ隠しだな。

 そうだよ。俺だって、なりたかったんだ。

 騎兵隊長として、何百という軍を率いて……。さすがに馬までは用意できなかったけど。

 ともかく、これが最初で最後のチャンスだ。飛びついたぜ。

 


 アントニオ、アントニオ・サッケーリとも、その場で知り合った。

 立派な男だった。

 三男坊なのに、境遇を何一つ恨んでなかった。いつでも精一杯の努力をして、一歩ずつゆっくりと前に進んでるヤツだった。

 


 4人の幹部の中で、俺は一番の年長。

 それなのに、一番情け無い男だった。恥ずかしかったぜ。  



 手合わせもした。マグナムとシンノスケには、敵わなかったな。アントニオとは、ほぼ互角。


 一緒に練兵もした。模擬戦も。

 繰り返すごとに、こう、何だ。「仲間」になっていった。


 「助かるぜ、クラース。」

 「やっぱ家名持ちは違うよな。」

 「家名持ちだからじゃないぜ?子供の頃、きちんと勉強してたんだよ。俺はアホだったからなあ。」

 

 またじいやが泣きそうになって。

 「頼りにしてるぜ」って言われた時は、俺も危なかった。

 ……ひとに認められるのなんて、何年ぶりだったか。



 くだらない話もした。

 いい年して、将来の夢とか、そんな青臭い話も。

 

 「武術大会に優勝したけど、ウマイヤ閣下のお声がかかったのは、決勝で俺に負けたユル・ライネンのほうだった。僻んでるんじゃないぞ?俺はさ、勝つことばっか考えて、温存温存で来たんだ。あいつは最初から最後まで、必死だった。偉いさんってのは、きちんと見てるもんだなって思ったよ。」


 「ウマイヤ閣下、か。」


 「ああ。悔しかったけど、少し嬉しくもあったんだ。偉いさんは、下の努力をちゃんと見てくれてる。なら俺も努力すれば、チャンスがあるってことだろ?」


 ……偉いヤツだろ?本当に自分が恥ずかしかったぜ。


 「でもよアントニオ。いくら三男坊でも、武術大会に優勝したなら、さすがにどっかから声がかかるもんじゃねえのか?なんで義勇兵になんか……。」


 「俺はさ、兄貴達とは腹違いで。下の兄貴が、就職も婿養子の先も決まって無くて。それで奥様が悔しがって、俺に来た話を全部蹴飛ばしちゃったんだ。」


 「んだとコラ!」


 ……お母様どころか、お義母さまとも呼ぶことすら許そうとしねえクソアマだ。

 ぶっ殺してやると思ったよ。


 「ありがとう、クラース。でも止してくれよ?お前は手を汚しちゃいけない。戦が終われば、お前は絶対、出世できる。少なくとも家名を、さっき教えてくれた姓を、名乗れる。……そうなんだろ?」


 「……ああ、まあな。」


 「最悪、お前の郎党にでもなるかな。」


 「おうコラ、『最悪』とは何だ。『郎党にしてくださいクラース様』だろ?」


 「そこまでするぐらいなら、ユルに頭下げてコネを頼むわ。」


 「そりゃそうだな!……大丈夫だ、アントニオ。戦が終われば、お前だって。」 


 絶対に、世に出るべき男だった。

 あいつのためなら、あちこち頭下げても良いと、いや喜んでそうするつもりだった。

 


 ……繰り言だな。

 続きを話すぜ?現場入りしてから、あの日のことまで。



 

 部下の数が多い俺は、練兵の担当。

 鬼軍曹役ってわけだ。適任だろ?


 で、さっき言ったように、シンノスケが事務方。

 白兵戦ができそうなヤツは、アントニオに指導を任せた。

 マグナムが頭で、統括ってわけだ。


 もちろん、大まかな分担だぜ?いつもそうだってわけじゃない。


 

 監軍校尉殿が、よく空から飛んできてたな。

 青黒い、見るからに高価そうな鎧兜。


 マグナムと学園の同期だって話を聞いた時には、正直、ため息が出たぜ。

 ……あの時は、刀を見てなかったんだよなあ。



 付き合うほどに、よく分かるようになったことなんだけどな?

 マグナムは、本当に「英雄マグナム」なんだよ。


 武術の腕は抜群。

 読み書き計数は当たり前、帳簿から兵站管理から練兵まで、何でもできる。

 軍略に通じ、指揮も一流。15歳で連隊長。

 初陣の民兵を率いて、数で圧倒する敵軍を退けたんだぜ?

 民兵連中からは、もう神様みたいに仰がれてた。


 それでいて、陽気で闊達な人柄。子供みたいに素直で。

 整った顔が、健全そのものの肉体の上に乗っかってる。

 

 歌手と付き合ってるんだろ?

 従卒をつけてくれるなんて、並大抵じゃない。


 いるもんなんだなあ、完璧なヤツってのが。

 ……そう思ってたところにだぜ?


 同期のヤツが、その上役・監軍校尉だと来たもんだ!



 ああ、俺だって家名持ちだから、よく分かってる。

 俺達の王国は、「貴族政アリストクラシーにして能力政メリトクラシー」だ。

 家柄が良いヤツ、能力があるヤツ、学園出のエリートは、若くてもいきなり重職に任ぜられる。

 15歳で1000からの兵を率いるマグナムが典型だ。



 高価そうな鎧を着てるし、家柄が良いんだろうなあとは思ってたけど。

 「武術の腕は、俺より上だぜ?」だとよ。


 「真に受けるなよ。マグナムの謙遜だ。同じようなもんだよ、あの2人の腕は。」

 

 ってよお。

 シンノスケさんよ、それ全然フォローになってないぜ?


 本当かよと思って、「そのつもり」で背中に視線を送ってみたら、あれだ。

 冷たい顔したヤツと、身体のデカいヤツと、2人の郎党がこっちを振り向きやがった。

 そう。アカイウスとユルだよ。今は知り合いだけどな。

 校尉殿は振り向きもしない。片手を挙げて二人を制して、テントに入っていった。

 従卒は気づかないってのが、唯一のご愛嬌さ。



 俺はこう、拗ね者なもんだからな?

 「俺だって家名持ち。本来なら、騎兵を率いて、颯爽と……。」

 そう思うとさ、やり切れなくて。

 情け無いだろ?

 

 ……正直だって?

 いいよ、無理してフォローしてくれなくても。

 今はもう、そんなこと思ってないしな。


 ともかく当時は、気が進まなくて顔を合わせないようにしてた。

 できるだけ外で練兵に励んでた。


 じいやあたりは、「よろしいのですか、若?校尉殿とは交友をお持ちになっておいた方が……。」なんて言ってたけど。

 どうにもその気になれなくて。

 「じいよ、働きもせずにコネを求めるヤツなど、不快感しか抱かれないだろう?今は働いて、手柄を立てることが先だ。」

 なんてカッコつけて。

  


 緒戦から、何度も侵攻を退けて。

 平和な夜は、歌が流れた。

 マグナムの従卒が、簡単な楽器で演奏してくれたんだよ。

 行進に使う歌で軍規を教えるなんてことを考え付いたり、気が利いてるよな。




 で、あの嵐の朝だ。


 現場にいたヤツにしか分からないよ、あの恐怖は。

 化け物に襲われたんだぜ?


 あとから校尉殿に教えてもらったんだけどな?

 「死体に幽霊を詰めたようなもの」なんだってさ。


 「噛み付かれてもあいつらみたいになることはないと分かった。安心してくれ。」

 なんて言ってたけど……。

 噛み付いて仲間を増やす化け物もいるってことか?

 勘弁してくれよ。



 民兵は、もうパニックだったな。

 マグナムの命令も届きゃしない。

 

 残ってた武家出身者と老兵でどうにか支えてたけど、時間の問題だってのはみんな分かってた。

 撤退命令、早かったな。

 さすがは叩き上げの征北将軍閣下だ。素直に尊敬するよ。



 俺が引率、シンノスケとマグナムがしんがり。


 あとは、有名な話だな。

 アントニオが残ると言い出した。



 「俺達ナイトの足が遅いことは、知ってるだろう?」


 「馬車に乗れ!」


 「言い合いをしている暇は無いんだ、マグナム。気持ちは受けた。」


 シンノスケが何か言おうとしてた。

 俺が止めたよ。


 「家名持ちにとっては、最大の栄誉だ。笑顔で見送れ!」

 

 「感謝申し上げる、クラース・ロンバウト・ファン・デールゼンよ。……マグナム、シンノスケ、クラース。何があっても生き残ってくれ。それだけが願いだ。」




 アントニオを残したこと自体は、後悔してない。

 だけど、あの状況を作ってしまったのは……。


 俺の責任なんだよ。

 俺の練兵が甘かったから、ああいうことになったんだ。

 もっと厳しく鍛えてれば、何があろうと逃げ出さない兵士になってたはずなんだ。


 俺のせいで、アントニオは……。

 

 すまん。

 感傷など、史料にはならないな。




 残った兵を引率して、大部分をどうにか逃がした。

 が、俺達は囲まれた。

 情け無い話だが、反撃する元気も無くてな。

 あとはどう最後を飾るか考えていたところを……。


 空からやって来た監軍校尉殿と護軍校尉殿に助けられたというわけさ。

 


 人間、もうダメだと思っても、まだ一段、力が残ってるものなんだな。

 声をかけられて、甦ったぜ。

 「そうだ、こんなところじゃ死ねない」ってな。 



 後ろから来た仲間の馬を借りて、戦場に戻った。

 俺は、ファン・デールゼン家は、もともと騎兵だからな。馬さえあればどうにでもできる。

 逃げ遅れてるヤツをできるだけ救出して帰ってきた。



 長話になったな。続きはお茶の後にでも。


 ……何だって?

 何て声をかけられたか?

 恥をさらすことになるんだが、仕方無えな。



 

 「クラース!こんなところで諦めるな!クリーシュナグの『安らぎの家』からやっと出てきたんだろ!」

 「錆を落として待ったのは、この時のためでござろう!」

 

 「校尉殿?」


 「刀には、見覚えあるだろう?」

 「この声を忘れたでござるか?」


 「クソッ!あんたらか!ああ分かった、俺はまだやれる!……それより、両校尉殿!隊長株がまだ後ろに残ってる!頼みます!」


 

 そういうことさ。

 2年前に社会科見学に来てきっかけを作ってくれたのも、戦場でチャンスをくれたのも、命を救ってくれたのも、みんな学園の生徒・OBだった。




 ウィリアムさん、あんた学園の先生なんだろう?

 これからも頼むぜ。優れた若者を、育ててくれ。

 心から、お願いする。




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