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第十一話 馬市 その3


 朝になった。

 街に入ったせいだろうか。今朝の二人は旅装ではなく、ややかしこまった格好をしている。

 

 「ヒロさん!……そうでした、ヒロさんにはちゃんとした着替えが無かった!」


 「忘れていたでござるな。まあ仕方あるまい。」


 「街中って、そんなにうるさいの?ずいぶんがさつな街みたいだけど。」

 その疑問が的外れであることは、すぐに証明された。


 ギュンメル伯からの使者が、宿を訪れたのだ。


 「やはり、教会にしなくて正解でした。騒がせたくはありません。」


 「権門が絡むとなると……」千早は、そこで、言葉を選んでいた。「まあ、騒がしくなることは確かでござろうよ。」聖神教団に所属する、フィリアへの配慮。


 「予想してたってこと?」


 「先日、道ですれ違ったではないですか。」

 「街に近づいたところでもう一度会ったということは、報告に戻りがてら、ということでござろう?」

 二人は、使者の付き人を見ている。


 付き人は、情報部員、シノビとか草とか、そういう立場なのだろう。確認のため、この場にも随行してきたということか。治安がいいと聞いていたのだが、この世界、意外とシビアなところもあるようだ。


 「あえて物腰で示してくれていたではござらぬか。もう少し周囲に気を配るでござるよ。」

 千早は、呆れ顔。


 「霊的に、同じ気配でしょう?ヒロさんの霊能はどうなっているんです??」

 フィリアは、不思議そう。


 「草」は、苦笑い。

 

 それにしても……。

 「情報が領主のギュンメル伯に上がるだろうと予測する、ってのは分かるよ。だけどそこから、伯が会いたがる、ってところまで予想してたわけ?」


 「ええ、まあ……。」

 「ヒロ殿は、鈍いのか鋭いのか。まことにアンバランスでござるなあ。」


 案内を受けながら、そんな会話を交わす。


 昨日と同じような防御施設を、また何層か通り抜ける。

 一つ一つはガチガチではないかもしれない。それでも、これだけ構えを重ねれば、充分以上の防御力ではないかとも思う。

 

 ギュンメル伯の政庁は、馬市の街の南寄りにあるそうだ。

 街の発展の経緯からしても、防御の点からも、経済都市カデンとの関係を考えても、そういうことになるのだろう。


 南へ行くほど、街の「ガラ」が良くなっているのが分かる。

 小高い丘が見えてきた。丘の上には、石造りの建物がある。あれが城か?あそこに向かっているのだろうか?

 

 ぼけっと眺めながら歩いている姿がよほどマヌケだったのか、フィリアが教えてくれた。

 「あの建物は、名前は城ですが、公式行事のためのものです。普段は丘の麓で執務されているはずですよ。」


 「『最後の砦』でもあるのでござろう。追い詰められて後、末期の時を稼がんがための城。潔い姿をしてござる。」


 先ほどの「草」についての話といい、街や城の成り立ちやつくりに対する見識といい、そもそも出会ってからこれまでの二人の態度といい……。

 この世界、王国では、「霊能を持つ者」には、「求められているもの」がある。

 改めて、ハッキリと、思い知らされた。



 丘の麓、「城」を背にして、政庁が姿を見せた。

 ふりあいがいい、というのはこういうことであろうか。

 華美ではないが粗野でもない。機能性が装飾を兼ねている。気迫と優雅さを感じさせる。

 「良い姿ですね。」

 「まさに文質彬彬、でござるなあ。」

 二人も同じ感想を持っているようだ。 


 使者も草も、気のせいか誇らしげである。



 政庁の中も、予想通りの趣であった。

 正直、内装のことなどてんで分からないが、「贅沢ではなくてみすぼらしくもない」ということだけは、よく分かる。

 軍人と思しき人、文官と思しき人。みな何と言うか、「そうあるべきなのであろうという感じ」なのである。

 

 「かえって緊張してきたな。」


 そうつぶやくと、意味が分かったのか、フィリアがくすりと笑った。

 「大丈夫ですよ。」


 「会ったことが?」


 「ええ、学園の生徒は実習の前に、挨拶をすることになっていますから。」


 「立派な方でござった。」


 集団とは言え、子供が伯爵に直接に謁見する??

 学園って、ただの学校ではないのか?


 「細かい説明はまた後日。ただ、世俗勢力とも、宗教勢力とも異なる、ひとつの独立した勢力であることは確かです。小さいですけれどね。」


 

 謁見前に、当然だが、鉈を預ける。「『はぐれ』のかぶと」と行李も、預ける。

 連れてきている霊はどういう扱いになるんだ?一体は犬だしなあ……。

 

 迷っていると、使者が確認手続きに入った。

 聖神教団所属、シスターフィリアですね?

 天真会所属、行者千早ですね?

 

 あなたは……どうお呼びすべきでしょう?


 二人が、こちらを見た。

 昨夜の言い争いは、これか。

 死霊術師だということは、すでに相手には分かっているはずだ。

 だがしかし、自分の名乗りをどうするかは、俺が、自分で決めるべきことだ。

 フィリアの従者と名乗るか、つまりは聖神教団に従属するか、どうか。

 

 大きく息を吸い込んで、伝えた。

 「死霊術師(ネクロマンサー)の、ヒロです。使役している霊を、この部屋に待たせておくことを、お許し願います。」


 この世界での、初めての公式な宣言。

 俺は、死霊術師(ネクロマンサー)として、生きていく。


 使者は、穏やかに微笑んだ。

 「承りました。霊についても、そういたします。それでは、しばしお待ちください。」


 「フィリア、済まない。これまでいろいろと助けてもらってきたけれど、少なくとも今は、聖神教団に属することはできない。死霊術師とは何なのかを、知りたいんだ。」

 

 「気に病まないでください。教義を知らずに入信するのも、おかしな話ではありますし。現時点では、学園の後ろ盾がありますから、大丈夫でしょう。」

 


 伯爵がお呼びです。おいでください。

 帰ってきた使者が、そう告げた。

 


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