第百十九話 雑草集団に関する覚書 その1
カルヴィンと言えばシンノスケ、というわけでもないが。
シンノスケもシンノスケで、苦労していた。
マグナムと一緒に。
マグナムは、主に民兵からなる連隊を率いていた。
「主に」と称したのは、行き場の無い家名持ちも参加していたから。
「行き場の無い家名持ち」と言えば、立花軍団。
……というイメージを持っていたのだが。
立花軍団に参加している家名持ちは、それでも当主や嫡長子なのである。
マグナムのところに集まっている連中は、彼ら以上に「立場が無い」男達。
家名持ちは、その義務にして権利として、戦争に参加する。
出陣する者と言えば、まずは当主。あるいは、嫡長子。
長子が経験や名誉といったものを既に得た家では、次男を出してくることもある(長男がインテリ系で次男が体育会系という家も、次男を出してきたりする)。
長男か次男のどちらかを戦場に出し、片方には留守番をさせる。
留守番は留守番で、家の経営を勉強することができると言うわけだ。
悲しきは三男以下。
戦争には、金がかかるのだ。
三男であっても、戦場に出すとなれば、供回りをきちんとつけなくてはならない。
家名を背負って出陣するからには、それなりの格式を求められるから。
戦場で見苦しい真似をさらせば家の名に傷がつくので、身辺を守る必要があるから。
三男以下は、家にとってはコストにしてリスク要因というわけ。
だから、家として戦争に出すわけにはいかない。
「お前は家でおとなしくしていろ!」と言われてしまう。
王都にいた頃のフリッツのように。
それでもどうにか浮かび上がろうとする三男以下は、家を飛び出して参加してくる。
王都を飛び出したフリッツのように。
あの征北将軍さまだって、三男坊だと言うではないか!
そうした連中は、兵を3人も引き連れていれば、御の字だ。
大抵は従僕(乳兄弟)一人を連れて、やって来る。
一張羅の貧弱な武装を身に纏って、やって来る。
家からパクった鎖帷子、乳兄弟の家に頼み込んで借り出した槍。
いや、武装しているならまだマシということすらある。
パクるのも大問題だが、家側で三男対策のノウハウを持っているせいで、パクることすら思うに任せなかった者もいる。
文字通りの一張羅で参加してくる。真夏だと言うのに、冬服だ。厚手で、防御力が高いから。
乳兄弟が農家だったために、「おおきづち」を担いでくる者もいる。
なけなしのお金を旅費に使い果たし、へとへとになって前線にたどりつく。
その姿を見た民兵達は、つぶやくのだ。
「お武家様は、偉いやね。」
「貴族ってのも、つらいもんだべ。」
悪口を言わぬのは、幽鬼のごとき男でも、名誉に関わる問題となれば死力を振るって立ち上がるから。
戦場に出てきた家名持ち、一応は武術の心得があるに決まっている。
無礼討ちにされては、たまらぬではないか。
武術の心得のある者、すなわち戦場ずれした民兵は、舌打ちする。
口にこそ出さないが、「使えないヤツが来た」と思っているのだ。
民兵の側にも、いろいろいる。
やっぱり三男以下で、日銭稼ぎに来ている者。
参戦すれば減税してもらえるので、家の方針として参加した者。
建設作業員。予算が戦争に投下され、公共事業が減るから。
家名を持っていないだけで、武家の郎党に限りなく近い連中もいる。
民兵と言うより、ほぼ完全に「兵」である。
千人隊長である「石頭のジョー」など、「将」ではないか。民兵を名乗るなど、詐欺に等しい。
ともかくそうした連中が、マグナムの名を慕って、やって来る。
他に行き場がないから。
ジョーのところには、ベテラン民兵が固まっている。ご新規さんには敷居が高い。
雑然とした集団を引き受けたマグナムとシンノスケ。
どう統率を取れば良いのか分からず、頭を悩ませていた。
武家の三男坊は、脳筋だ。
剣や槍は使えても、ひきこもりを余儀なくされていたために、集団行動が苦手だ。
「抜け駆けしてでも敵を倒し、まずは武装を奪う」ことに必死でもある。
農林水産業の民兵は、力は強い。半端なく。豊かな極東で育った彼らは、体格も良い。
だが、積んだ経験にばらつきがある。
地元で百人隊長に率いられ、盗賊退治に活躍していた連中もいれば、丸太以外は斬ったことがないという者もいる。
建設作業員は、仲間意識が強い。集団行動ができる。
しかし持久力に乏しく、規律意識が低い。内輪のルールを優先してしまう。
百人隊長であるのに1000人単位の兵を預かったマグナムは、シンノスケとふたり、彼らを管理する士官の不足に困り果てていたというわけ。
俺も、マグナムのところにはよく飛んで行った。
軍を管理・監督するのが監軍校尉である。
こうした問題こそ、まさに職分。
スタッフをつけられれば良いのだが……。
ダグダ遠征で縁を作った連中は皆出世して、各々働き場所を得ている。
ヒュームとハクレンは、霞の里の活動で手一杯。
キルトをエドワードに奪われたのは、痛かった。
学園の友人も、メル系列はそれぞれ郎党として参加しているし。
異能者は、千早のところに集められている。
ファンゾの人質は、留守番に回っている。
それでも、スタッフを2人見つけたらしい。
ひとりは、アントニオ・サッケーリ十人隊長。
昨年の武術大会優勝者。ユルの対戦相手だった男。三男坊だったのだ。
これは頼もしい。
「もうひとりは、クラースって名乗ってる。『家名は勘弁してくれ』だそうだ。貴族には、いろいろ事情があるんだな。」
長男らしいし、乳兄弟からその父親から、兵を12人に友人たちまで誘って参加してきたから、幹部になってくれるよう頼んだと言う。
さらに、ジョーや天真会にお願いして、職階持ちのベテラン民兵を連れてきた。
これでどうにか、体制を作ることに成功。
「現場に来てからも練兵続きさ。嫌がられるけど、やっておかないと死ぬヤツが増えるもんな。」
俺との打ち合わせのために閲兵から抜けてきたマグナムが、テントの外を見やる。
行進の足音と共に、歌が聞こえてきた。
「年寄り殺すな、子供は宝、女は守れ、敵殺せ。」
「盗むな犯すな火の用心、見張りさぼれば首が飛ぶ。」
「早寝早起き、手洗いうがい、用は決まったとこで足せ。」
「考えたな、マグナム。」
「レイナには聞かせられないけどな。……識字率も、規律意識も、生活習慣からしてバラバラで困ってたんだが、歌なら覚えられる。俺も庶民育ち。言われてすぐ、正解だって直感したよ。」
「言われた?誰が考えたんだ?」
「ああいや、従卒なんだが……。」
5人の男が、そこにいた。
マグナムほどではないにせよ、皆がっしりした体格、特に胸板が厚い。
熊のような髯面の男もいる。
だけど、どうも武人とは違うような……。
俺と目が合った男が、マグナムを見る。
ああ、これはちゃんとした従卒か……ひょっとしたら、家名持ちじゃないか?
「人手を借りたんだ。……その、細かいところは、頼む。」
マグナムの言葉を受けた髯面が、自己紹介を始めた。
「クロウ家に所属する、吹奏楽団の者です。」
「なんでまた!?クロウ家はみんな音楽関係者ってのは分かるけど……。」
「楽団員は、楽器の都合上、重い物を運んだり馬車を扱ったりするのに慣れています。肺活量もありますので、声が大きい。」
「マグナムの武装を運ぶためか。だが、輸送要員、号令要員だとしても、戦場だぞ?指に怪我でもしたら、どうするんだ!?」
「武功の有無は、いえ、参戦の有無だけでも、貴族間での名声が変わってきます。クロウ家にとっては、またとない機会。覚悟の上です……。」
その声を遮るかのように、一周してきた兵士達の歌声が、近づいてきた。
「きこりに漁師、百姓に土方、みんな違って当たり前。」
「ケンカご法度、バクチは禁止、上官命令遵守せよ。」
吹奏楽団員が、ラッパを吹き鳴らす。
さすがは本職、音がよく徹る。
傍で聞くのはなかなか厳しいものがあるので、テントの外に飛び出した。
高々と掲げられた連隊旗……あるいは旅団旗と言うべきであろうか。
ともかく、旗が風に揺れていた。
交差する長銃身の拳銃、その上には若い男……「歌の神様」が両手を広げている。
独特の意匠だ。
貴族の家紋は大抵、「四分割された盾」の図柄。
庶民からすると、どれも同じに見えてしまう。
マグナム連隊の旗は、はっきり「これだ」と分かるものでなければいけないのである。
クロウ家は、本職の武人ではない、「指が命」の男達を貸し出している。
……マリアによるマーキングも、許されなければいけないのである。
やる気と生命力、欲望(?)に満ち溢れてはいるが、とにかく雑多。
まさに雑草集団。
期待の新鋭・マグナム百人隊長に相応しい連隊が、かたち作られつつあった。
アントニオ・サッケーリについて、「十騎長」としていたのですが、これを「十人隊長」に変更いたしました。
「第八十九話 牛の歩み その6」にて、「十騎長に叙任された」としておりましたが、これも「十人隊長に叙任された」ものと変更いたします。
(2016年9月3日付け)