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第百十六話 バーテンダーからの聞書

 

 残された者は、どうすれば良いのでしょう?


 長年の親友に先立たれてしまった気弱な少年は、どうすれば?


 オーナーは、「ガキの頃から何年も一緒に過ごした仲間」とおっしゃいましたが。

 では、乳飲み子の頃から一緒に過ごした乳兄弟、従僕は、どうすれば良いのでしょう?



 真の貴族は、人を困惑させるような真似をしないものです。

 行き届いた遺書を予め作り置き、全てを手配しておきます。


 あの日、カレワラ監軍校尉の立会いのもと、スヌーク・ハニガン様の遺書が読み上げられました。

 


 「私の死後、ヴェンデル・グーゲルが望むのであれば、契約は延長される。大隊長はジャック・ゴードンに交代せよ。ジャックが私よりも先に戦死していた場合は、リーモン子爵閣下の指示に従え。……我が従僕××は、大戦継続の間、ノブレス・ノービスの従僕を勤めてほしい。ノブレスを必ず新都に送り届けてくれ。後、ハニガン家に顔を出し、父と面談した上で将来を決めよ。殉死は許さぬ。」

 

 従僕の名は、伏せます。

 良いではないですか。つまらぬ小者です。


 スヌーク様も予想してはいなかったと思います。

 ご遺志を、ノブレス様が継いでくださるとは。


 だらしないと思われがちであったノブレス様も、学園のOB。文句なしの傑物です。

 人が変わったように凛々しくなられました。


 そのお姿をご覧になったリーモン子爵閣下は、大隊の指揮をノブレス様に委ねられました。

 気落ちしていた従僕も、あるじの命令を守ると誓い。ノブレス様を支えることで、絶望から目を逸らすことができました。


 

 スヌーク様とジャック様を討ち取られたハニガン大隊は、苦境に立たされました。

 周囲のお味方陣地を、あの憎き大隊長に次々と陥落させられ、半包囲を受け。

 昼と無く夜と無く、攻撃を受けました。


 ノブレス様は、決して慌てたそぶりを見せませんでした。

 ボウガンを番えては、発射。その度に敵が倒れます。

 従僕はひたすらにボウガンを装填する日々。

 やがてそれでは間に合わなくなり、十張のボウガンと装填手3名をノブレス様に専属させるほどに。


 「魔弾の射手」。

 膾炙の度が過ぎて、時に陳腐にも聞こえる言葉ですが、ノブレス様に限ってはそのようなことはありません。

 あの方のボウガンは、絶対に当たるのです。

 お味方とつばぜり合いをしている敵を見ても、一切迷いません。針の穴のような隙間を通して、敵だけを斃します。

 傭兵団のベテラン兵も、諸武家の勇士も、みなあの方にお命を救われました。

 ジャック様に代わる、カリスマの誕生です。


 陣地の周辺には、お得意のワイヤートラップを設置。夜襲奇襲も、全て防ぎました。

 どれほど包囲が厳しくとも、負ける気などしなかったものです。

 

 相変わらず、趣味はお昼寝。

 みな微笑ましく、眺めていました。

 

 

 敵の半包囲が、解かれました。 

 上層部に何かあって、憎き敵の大隊長が解任されたとか。

 お味方は次々に陣地を取り返し、ハニガン大隊も一息つくことができました。


 緒戦からの戦績を表彰され、全員に一時金と休暇が下賜されました。

 数人ずつ、交代で5日間の休暇です。


 ノブレス様は、渋りました。

 迎えに来た校尉殿は、驚いていましたよ。

 「ノブレスがサボりたがらないなんて、何があった!?」とおっしゃって。


 最後は、「リーモン子爵閣下の命令だ」のひと言。

 しぶしぶ山を降りて、従僕ともどもウッドメル大城に向かいました。

 

 お歴々から直接にお褒めの言葉を賜り、ノブレス様も久しぶりに本来のお姿にもどりました。

 あの、だらしない笑顔!

 


 ……だらしなく笑えることが、皆様に笑われることが、いかに幸福か。

 ノブレス様に、当時のことを思い出させるわけには、参りません。

 私から、お話しいたします。



 

 ミーディエ辺境伯令嬢と共に、クリスティーネ様が登場されました。

 ジャック様の最期の言葉は、あの戦に出た者ならばみな知っています。

 祝福や冷やかしが散々投げかけられ。

 そして、すぐに消えました。


 ノブレス様が、その場に身を投げ出されてしまったから。


 「ごめんなさいごめんなさい許してください僕だけが生き残ってジャックもスヌークも死んじゃったのに僕だけが生き残ってごめんなさいごめんなさい」

 

 飲食店でする話ではありませんが、他に誰もおりません。かまわないでしょう。

 

 ノブレス様は、失禁なさっていました。食事会で頂いたものを全てもどしてしまわれ、涙と鼻水まみれになって。


 「許してくださいこれで許してくださいあいつらみんなやっつけるから許してください」


 そうおっしゃって、いつも傍らに連れていらしたタヌキの腹から、大量の小物を取り出しました。


 懐剣、マント、守り袋……。

 敵を討ち取った証です。


 表に出ているキルスコアの倍以上を、討ち取られていたのです。

 夜中、ひとり陣地を抜け出しては、敵を暗殺して回って。


 「眠れないんだ。夜になるとジャックとスヌークの顔が浮かんで。声が聞こえるんだ。僕を責めるんだ。なんで生き残ったって。でも死ねないんだ。クリスティーネとゴードン家を頼むって言われて。どっちなんだよジャック。僕はどうすればいいんだよ。」

  

 お昼寝は、趣味や習慣ではなかったのです。

 夜に眠れないから、昼に眠りに落ちる。

 起きて活動する皆に囲まれているから、どうにか安心できる。

 

 「そうだよ。休んでなんかいられない。早く帰らないと。ごめんなさい……」


 振り返られたノブレス様と、従僕と。

 視線が合ってしまいました。


 「ごめんなさいごめんなさいスヌークを守れなくてごめんなさい間に合わなくてごめんなさい生き残ってごめんなさい」



 従僕は、絶叫しました。


 忘れていたことを思い出したのですよ。

 スヌーク様の盾となるべきであったのは、生き残っていてはならない者とは、従僕なのに。

 それを都合良く忘れ去り、のうのうと生きている。

 ノブレス様のような罪滅ぼしも自責もせずに。


 そのまま2人とも、気絶したそうです。



 ノブレス様と従僕は、しばらくの間、戦線を離脱しました。



 先に回復したのは、従僕です。

 面厚かましく、生き汚い男なのですよ。


 「大戦継続の間、ノブレス・ノービスの従僕を勤めてほしい。ノブレスを必ず新都に送り届けてくれ。後、ハニガン家に顔を出し、父と面談した上で将来を決めよ。殉死は許さぬ。」

 

 スヌーク様のその言葉に、縋りつきました。

 ノブレス様のおそばに仕え、新都に送り届け。

 その頃には、死ぬ気が無くなっていました。


 スヌーク様は、従僕のことを、良くご存知であったのです。

 物が見えるお方でした。

 傲慢なようでいて、配慮が行き届いていて。

 常に堂々と振舞われ、決して人を困惑させない方でした。



 ノブレス様ですか?


 私には縁がありませんが。同窓とは、同期とは、良いものなのですね。

 学園OBの皆様が、ノブレス様のために奔走されたそうです。

 詳しい事情は、存じ上げぬところです。



 私に分かることは、ひとつだけ。

 酒は、良いものです。

 憂いを払い、恋を呼ぶ。

 



 「あなた!またこちらに迷惑をかけて!帰りますよ!……まるで意識がないみたいだけど、そんなに飲んだのかしら?」


 「『魔弾』です、奥様。」 


 「まあ!縁起が良いわね。それでは、またそのうち、寄らせていただくわ。」


 視界の片隅で、「奥様」が正体を無くしたご主人を担ぎ上げている。

 体格も良さそうだが、大した腕っ節だ。 



 どうにか、目が覚めた。

 もう一人の客の姿は、既に無く。


 「縁起が良いとは?」


 「魔弾は、『必ず当たる』もの。子供を授かるご利益があると言われるようになりました。」

 

 なかなか……その、「遠慮つつしみの点において、遠慮の無い」ご利益だ。

 戸惑っていると、バーテンダーが澄ました笑い顔を見せた。


 「もとは、煮え切らぬ恋人を持つ、若い女性のために生まれたカクテルだったのです。……煮え切らぬ男性は、往々にして誠実なもの。状況に迫られて背負うことになった責任でも、決して放棄はいたしません。」




 ノブレス・ノービス氏は、後に戦線に復帰し、大隊長の責務を果たしたと記録されている。


 

 

 以上。

 バー「ジャック&スヌーク」のオーナー並びにバーテンダーからの聞書を、ここに記す。


 学園教員、歴史担当、ウィリアム・J・……。



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