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第十一話 馬市 その2


 前線に近い街。

 傭兵や荒くれ、一旗組の商人などが多いのだろう。活気と野性に溢れた街であった。  

 その中心近くにある宿は、食堂というか酒場というか、そういうものを兼任していた。

 はっきり言おう。ガラが悪い。フィリアや千早には向いていないのではないかと、正直思う。

 

 それでも、千早はずんずんと入っていく。

 その姿に、そして後から入ってきたフィリアの姿に、好奇の視線が集まる。


 宿の主人も、はっきり下卑た目を向けている。

 「ここでは『取り持ち』はしていないぜ。眼福の礼だ。これ持って帰んな。」

 大銅貨を投げつけて来る。

 

 それを指二本で挟み取った千早、そのまま指の力だけで二つ折りにして、声を掛けてきた客に投げつけた。

 「おなごを口説きたければ、その臭いをどうにか致せ。靴に入れると良いでござるよ。」

 小さな銅塊を向うずねに受けた男が、うずくまる。

 爆笑が起こる。


 「なんだ、姐さんは説法師(モンク)か。仕事の方の『取り持ち』かい?」


 「いや、宿を取りに参った。」

 

 千早を説法師と知ってもなお、宿の主人は動じない。

 「あいにく、部屋が開いていなくてねえ。無理に開けるなら、小金貨をいただかないと。」

 ぼったくるにしても、過大。小粋な会話にもならないぐらいには、尊大。


 アホかと呆れていると、千早が意味ありげに隣の俺の顔を見た。

 「相場はいくらぐらいでござろうか?」


 何で俺に?ああ、ハンスに聞けってことか。

 振り返って、尋ねる。おい、ハンス。いくらぐらいだ?


 「どれほど高く見ても、3人で大銀貨一枚だな。」

 ハンスの返事を、千早に伝える。


 宿の主人が赤くなって、俺を睨んでいた。バカにされたと思ったか。

 「おい、あんた、何のつもりだ。」

 そのまま俺の胸に手が伸びる。ローブがズレ落ちる。

 山の民謹製・「『はぐれ』のかぶと」に包まれた、俺の顔が現れる。

 その不気味さに、宿の主人がややひるむ。

 ジロウが俺の胸元をつかんでいる腕に噛み付いた。宿の主人が声をあげて、手を離す。

 「よせ、ジロウ!」


 異様な光景に、場が静まり返る。

 千早は澄まして、会話を続ける。

 「死霊術師(ネクロマンサー)どの、相場はともかく、小金貨一枚とのお申し出でござる。」

 「ヒロ殿」とは呼ばない。ああ、そういうことね。


 「ハンス、小金貨をお出ししろ。」

 「何考えてんだ!」そう言うハンスを、あえて抑えた声で叱り付ける。

 「消されたいのか?」


 「お、おい、ヒロ。どうしたんだよ。分かった、分かったってば。」

 何も無い空間から小金貨が現れ、カウンターに置かれる。

 

 宿の主人の顔が、青くなった。

 客が数人、店から逃げ出した。

 先ほど来の態度に、ややムッとしていた俺にも、ちょっとした悪戯心が湧く。


 「死霊術師の取引は、公正(フェア)なもの。小金貨一枚ぶん、受け取ろう。」

 「何を」受け取るかは口にしない。


 宿の主人、汗をだらだらと流し始める。さすがにちょっと悪いことしたかな。

 

 フィリアが口を出した。

 「その辺で良いのでは?……ハンスさん。」

 小銀貨1枚をカウンターに置かせる。自分の手は、あえて使わない。

 「鍵を。」言葉少なに、宿の主人に切り口上で言い渡す。


 執り成すことによって、宿の主人を押さえつける。同時に、3人のリーダー格であるかのように見せ付ける。

 本当に機会を捉えるのがうまい。ナチュラル・ボーン・政治家である。



 部屋に入る。大したことない宿ではあるが、それでも一番高級な部屋ではあるようだ。

 千早が俺を振り返った。

 「ジロウに、部屋を調べさせるでござる。」


 旅先の常識のようだが……、先ほどのやり取りといい、天真会の薫陶のほどがしのばれる。


 「お助け!」案の定、部屋の壁から、宿の主人の悲鳴が聞こえた。懲りないおっさんだ。その根性だけは買う。

 壁にはのぞき穴があいていた。中は空洞になっているようだ。

 穴に目隠しをして、ジロウを呼び戻す。


 「荒くれを泊める宿の自衛策ではござるが、こちらとしても不快でござるゆえ。」

 そう言って、笑い出す。

 「ヒロ殿も、なかなかでござるな!それにしても、フィリア殿においしいところを持っていかれてしまったでござるよ。」


 「あんまり楽しそうでしたので、私もつい。」


 ひとしきり笑った後で、フィリアが懸念を口にした。


 「良いのでしょうか。ヒロさんが死霊術師(ネクロマンサー)であることを広めてしまって。」


 「その方が良いのでござる。ヒロ殿の噂が広まれば、身寄りを探す伝手にもなり申そう。聖神教のみ・ひとつ所に後ろ盾を求むるのは、危うくもある。身寄り無き者は、自ら世に根を張ってゆく必要がござるよ。」


 「しかし、危険も増しませんか?特に死霊術師(ネクロマンサー)周りのつながりは、反社会的で、難しいものも多いでしょう。死霊術師自体が、白い目で見られがちで、迫害の恐れもあります。」


 「そこはそれ、修行でござろう?自らの身を守ることもかなわずして、丈夫(おのこ)とは言えますまい。」


 「個人の力には、限界があります。できるだけ大きく、安全な後ろ盾を持つことは、決して悪いことでも卑怯なことでもありません。個人とて、集団のために力を尽くすのですから。」 


 「人とのつながり」と「やり過ぎるな」。

 二人のやり取りを見ていて、大ジジ様の言葉が早速に思い出された。

 2日と経っていないのに、遠くなってしまった。

 山の民の「友の証」を、そっと撫でる。 


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