第百十四話 報告すべき件も無し その1
北ウッドメルにおける前哨戦は、7月いっぱいで終了した。
次々と部隊を送り込んでくる北賊の勢いを支えきれず、王国軍は南ウッドメルに撤退した。
……と言うと、負け戦のようにも聞こえるけれど。
予定通りの行動である。
「グウィン河を挟んで滞陣し、機を見て野戦で粉砕する」というのが、王国軍の基本方針だから。
北ウッドメルを席巻した北賊は、目障りなウッドメル大城の排除を第一の目標としたようだ。
その目標を達成するためには、大城の西側に広がる山地を、まずは確保する必要がある。
そういうわけで。
後に第二次ウッドメル大戦と称されるようになった、今次大戦。
その火蓋は、西部の山地にて切って落とされた。
山地の守備、西部戦線を担当するのは、リーモン子爵率いる立花軍団である。
その実態は、「他の家との関係が悪い」等々の理由で所属先を見つけられずにいる、独立系武家の集まり。雑多な部隊の寄せ集め。……と、そういったところ。
雑多と言ってしまうと、聞こえが悪いかも知れない。
わざわざ戦場まで出張ってくる連中である。腕に覚えのある者も多い。
上手に統率できれば、思わぬ爆発力を発揮することもある。
……もちろん、簡単に瓦解することもあるわけだが。
かような立花軍団について、ウォルター・リーモン子爵は、親友アレックス様と共に研究を重ね……。
そしてついに、結論に達した。
「まとまりが無い兵士を統率する方法は、2つ。ひとつは、死地に置く。これは緊急事態でしか使えない。もうひとつは、逆に必勝の地に置く。勝ち癖をつけることで統率を保つ。使い方は限られるが、計算が立つ。」
リーモン子爵の担当は山地と決まった。
要害の地を固め、防戦を専らにする。
この立花軍団には、スヌーク・ハニガンも参加していた。
150人の傭兵を率いるスヌークの威風たるや、まさに辺りを払うもの。
と、言うのも。立花軍団に参加する者の多くは、コネに恵まれぬ者。すなわち、家の勢いに陰りがある者。
150もの、それも実戦慣れした兵を率いてくる者など、他に存在すべくもない。
士官として異能持ちのジャック・ゴードンと魔弾の射手(?)ノブレス・ノービスを引き連れていることも心強い。
リーモン子爵閣下の指示で、ハニガン大隊は、数人単位で参加してきた者を数多くその傘下に加えた。
総勢400名。山地の最激戦区の一角を任される。
言うまでも無いが、スヌークは学園OBである。
王国社会における、エリート候補生と言って良い。
その采配は、決して愚かなものではなかった。
「上に立つからには、任せるべきは下に任せる」。
分かっていてもなかなか実践できない哲学を、きっちり遂行してみせた。
150人を率いてきた傭兵隊長のヴェンデル・グーゲルに、全体の指揮を丸投げする。
突破役兼、独立系250人のまとめ役に、百人隊長ジャックを据える。
助攻・狙撃は、ノブレスに任せる。
そしてスヌーク自身は、連絡係や調整役に徹する。
リーモン子爵が定めた陣立てとも相俟って、ハニガン大隊は連戦連勝。
ことに、後々までの語り草となったのが、ジャックの吶喊。
「……ハニガン大隊所属、我が名はジャック・ゴードン!……」
その前後には親の名だの功績だの、いろいろとセリフがくっつくのだが、とにかく異能の大音が、ウッドメル大城にまで響いてくる。
天候条件次第によっては、ウッドメルシティの先にまで聞こえたと言う。
この声が王国の軍民を励ますこと大であった。
決まって毎朝、聞こえてくる。
今日もジャック・ゴードンとハニガン大隊が、元気に暴れているのだ。
現場が励まされたのは、なおのこと。
ジャックが異能の大音で敵を吹き飛ばした後、傭兵達が前に出る。
勢いが弱まったところで、独立系の武人達が後詰めする。
横にそれた敵兵は、身軽な連中が刈り取っていく。ノブレスが狙撃する。
夜襲・奇襲もノブレスのワイヤートラップで防ぐ。
「かたち」が出来上がっていた。
完璧と言って良い展開。
俺も監軍校尉として、彼らの陣地を度々訪問したのだが。
いつ行っても、みな景気の良い顔をしていたものだ。
……初めて訪れた時には、傭兵隊長ヴェンデルに、おかしな目つきで迎えられたけれど。
目くじらを立てることでもない。仕方ないのだ。
監軍校尉と言えば、百騎長~千騎長クラス。まあ、それはいいとしても。
戦場を見る目を備えたベテランの仕事と、相場は決まっているのだから。
ことに傭兵は、手柄が「次」の稼ぎに直結する。
「こんな若僧に査定をされるんじゃたまらない。まともな目を持ってるのか?」と、そんな気持ちになるのは当然のこと。
口にするのを我慢してくれるだけでも、上等だ。
とは言え。
不信感はさっさと拭い去る必要がある。
西部戦線を担当する立花軍団は、寄せ集めなのだから。
手柄の査定に関わる不信は、上下関係のみならず水平関係の団結まで即効で溶かしてしまう。
だから、初っ端に一発かました。けれんを効かせた。
いや、何も刀を抜いて脅しつけるとか、そっちの意味ではなく。
「ハニガン大隊長、本日の功績は、戦術目標である陣地防衛を達成したこと。敵小隊3を撃破したこと。隊長2名、敵兵35を討ち取ったこと。……なお、敵隊長を騎士Aと兵士B、いずれが討ち取ったかで手柄争いがあると言うことでよろしいか?その案件については、Aが初撃で重傷に持ち込み、Bがとどめを刺したとして、こちらでは確認済みだ。」
うんぬんかんぬん。
スヌークが報告する前に、幽霊達から受けた報告を口にする。
少々大げさなまでの軍人口調で。
貼り付けた幽霊たちは、みな経験ある士官だ。
「自分が手柄争いをしなくて済むとなると、見えるものですねえ。」
「命の危険が無いのも大きい。まさに傍目八目。」
「上に行くほど安全なところに下がるのは、こうした理由でしたか。」
のんきなことを口にしながら、上げてくれる報告は正確そのもの。本当に助かる。
……フィリアの慧眼、おそるべし。
「相違ありません、監軍校尉殿。」
これも生真面目に答えたスヌークが、いつもの冷笑をヴェンデルに向ける。
傭兵隊長は苦い顔を見せ、肩をすくめることで答えていた。
かくのごとく、功績の他には、報告すべき件がなかった。
緒戦の西部戦線は、連戦連勝だったのだから。
そうそう。
以前、この章について、「制服組とは言え限りなく軍官僚に近いポジションにあって、追い立てられては走り回っていた、そんな思い出を書き記した物語」であると述べたが。
俺も戦場に出なかったわけではない。3度は出撃した。
そのうちの1つが、この西部戦線であった。