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第百十三話 兵站に関するレオからの聞書 

 

 「司馬」の職にある李紘から連絡を受けて、城外へ出た。



 「校尉」にしてもそうだが、その下にある「司馬」も、現場の指揮官と言うよりは軍官僚的なイメージを持つ役職名である。


 李紘は、百発百中の弓の腕と、「メルの吹き溜まり」をまとめ上げるだけの統率力を持っている。

 現場で使わないのはもったいないとも思うのだが、軍内部の事務仕事にこそ、利け者が必要だということらしい。


 今次大戦では、他にフリッツやダミアン・グリム、我が郎党のアカイウスなどが、フィリア麾下で「司馬」職を授けられている。

 主に、「職階にして百人隊長・十騎長の(若しくは位階の高い)」、「非脳筋系」だ。

 それ以上に(?)、「郎党の数が少ない」ことが前提要件となる。

 郎党の数が多い者は、現場で使わざるを得ない。「下の者に手柄の機会を与える」機会を与えなければならないから。(この入れ子構造よ!)

 だからドメニコやセルジュは、アレックス様の麾下で、数百人単位を率いる現場指揮官を務めている。



 近現代の軍隊ではないので、完全なライン体制が敷かれているわけではない。

 「俺の下にフリッツが専属し、エドワードの下にダミアンが専属する」とか、そういう形にはなっていないということだ(アカイウスは郎党なので、俺に専属しているけれど)。

 3人の校尉の下に、複数の司馬がゆるやかに所属していると、そういうかたち。



 現場への指示は、主に司馬を通じて行われる。

 現場からの要求や情報も、司馬を通じて校尉に上げられ、司令部に上がってゆく。


 当然ながら、そこには取捨選別の過程があるわけで。

 「要望を聞いてもらいたい」と切実に願う者は、顔見知りの軍官僚に頼み込むという次第。

 

 「上」にツテを持っている「下」の者は、それだけ得をする。

 「下」に顔が広い「上」の者は、子分を増やして隠然たる勢力を育てていく。

 

 そのこと自体は、別に悪いとはされていない。

 近現代ではないのだ。自律的に動けるほど緻密な社会システムは、成立していない。

 (近現代だって同じことだと言われてしまえば、それまでだが。)

 ともかく人間同士の信頼関係(勢力関係)こそが、組織を回す動力源となり、戦場の絆となる。


 

 ただし勢力の使い方を誤れば、雷霆が落ちてくる。

 ミッテランの件のごとく。

 雷霆を下したのがアレックス様で良かった。ソフィア様に睨まれたら、奪われるのはその身一つに留まらない。



 ……恐ろしい話はともかく。

 司馬たちは、主に俺を目掛けて情報を上げてきた。

 

 エドワードは、極東に縁を持っていないから。 


 そして千早は、どうしてもそのイメージが、「無双の武人」であり、「侍衛」だから。

 脳筋ではないのだが、事務仕事を話しかけづらいような雰囲気を持っている。

 それと、こればかりは仕方ないが、女性だから。

 宿営地で酒を酌み交わしたり隣でごろ寝したり、そういう付き合いをしてこなかったということが、影響している。

 なお、そんな千早のところに上がってくるのは、軍民関係の問題や、設備関連の問題。

 要は、天真会マターである。



 そうした次第で司馬たちを取りまとめている俺は、今次大戦では、ちょっとした「顔」。

 ただ、ここで調子に乗るとミッテランになってしまうわけなので。

 フィリアへの感謝と、職務への忠誠(不偏不党)を心掛けているつもりであった。


 それを傍から見ていると、「いつもどおりのヒロ君」であって。

 あちこちに気を使っていた……あるいは、おどおどびくびくしていたわけで。

 千早やギュンメル伯爵に、「威厳が足りぬ」とどやされる日々。




 話を戻そう。

 司馬の李紘から連絡を受けて、城外へ出たところ。

 懐かしい顔に出会った。


 十人隊長レオ・ローレンス……?

 本当にレオか?

 いや、その顔は確かにレオ。左腕が義手だし、間違いないのだが。

  

 「お久しぶりです、カレワラ大隊長殿。もとい、監軍校尉殿。報告事項があります。」




 以下、兵站に関するレオからの聞書を、ここに記す。




 ここ数ヶ月、雁ヶ音近辺の糧食をオネス集積基地に運ぶ任務についておりました。

 サクティ・メルは侯爵閣下(ソフィア様)の領邦、治安は良好であります。道中、賊に出会うようなことは一切ありませんでした。

 今月より、ウッドメル領内の輸送に配置換えされております。


 3点、報告と要望があります。


 第一に、6月以降、逃亡兵の噂が民心を乱しております。

 

 真偽は存じません。が、住民が不安に怯えていることは事実であります。

 軍隊が通るたび、畑からは人影が去り、見張りの若衆が目を血走らせております。

 逃げ足遅く戦闘力も低い我ら輜重隊としては、突発的な事態が起きた場合に防ぎきれません。 


 要望の第一であります。

 サクティ・メルでは輜重隊に少数の護衛がついておりますが、必要ありません。

 民心を安定させるため、村々を巡回する部隊に組み替えていただきたく、お願い申し上げます。


 「輜重隊に護衛?よくそんな任務に就く者が出たな。護衛が務まるならば、前線に出たがるはずだろう?」


 中隊長殿、もとい司馬殿。

 なんでも長患いの病み上がりゆえ、あえて後方勤務を志願して認められたと、隊長はそう言っておりました。

 インテグラ先生とアンジェラ先生にはお世話になったと。学園のOBだとも。校尉殿にもよろしくと、言伝てを受けました。



 要望の第二であります。

 雁ヶ音とオネスとの間に、駅亭をもう一つ増やしていただきたくお願い申し上げます。

 

 平時であれば必要ないのですが、道中の渋滞により、旅程に乱れが生じております。

 一箇所、駅亭の距離が開いているところがあるせいで、その前の駅亭で皆が早めに休みを取ろうとし、大混雑が生じております。

 中間点に、駅亭、いや、整地された広場と見張りの兵さえ置いていただければ、この混雑は解消できます。


 

 第三に、退役した老兵を、輜重兵として召集していただきたく。


 輸送段階では、重さを一々量ってはいられぬゆえ、樽や袋の数によって確認を取ります。

 そのため、途中で袋や樽の中身だけを、少しだけくすねる者が現れるのです。

 サクティ・メルではそういうことはなかったのでありますが、ウッドメルでは現在、とにかく兵士が多いため、悪いヤツもいるのであります。


 輜重兵の多くは、「横領だけはしない」という基準で選ばれております。

 言い換えれば、小心者であります。不人気部署だけに、武威の足りぬ軟弱者ばかりであります。

 その、自分も人のことは言えぬでありますが……。


 ともかく!

 そのせいで、道中で一般兵に脅されて、樽や袋の中身をくすねられてしまうのであります。

 輜重兵は「自分では横領しない」というだけで、他の者に奪われるのを見過ごしているのであります。

 上司も軟弱者ゆえ、仕方無いと目をつぶり、くすねられることを計算に入れている始末。


 自分でありますか?

 そんなことは許しません。

 腕振り上げて怒鳴りつければ、逃げていくと言うのに……。

 そんなことすら、輜重兵はせぬのです!



 「大丈夫か、レオ。危険な目に遭ったりはしなかったか?」

 


 司馬殿。実は一度、危険な目に遭いました。

 にらみ合いになって、どうするか迷ったのでありますが……。

 司馬殿の鉄拳制裁を思い出しました。義手で木の幹を殴りつけて、大声で脅しました。

 「自分は輜重隊所属、レオ・ローレンス十人隊長である!この件は必ず報告する!所属と階級を言え!」

 そうしたら、向こうはすごすごと逃げたであります。

 


 「大した勇気だ。俺の教育が効いたとは、鼻が高いような、面映いような。」

 


 勇気だなどと。司馬殿や校尉殿、キルト殿やマグナム殿に比べれば、恐ろしくも何ともありません。

 中隊仲間の「ゴツトツコツ」に比べても弱そうでありました。

 

 いえ、その。実を申し上げれば、自分の功績ではないのであります。 

 輜重隊にいた老兵が3人、自分の後ろで睨みを利かせておりました。

 老兵は、ベテランであります。チンピラなど、恐れません。

 何人か部隊に混ぜていただければ、それだけでも違うと思うのであります。


 「羊の群れにヤギを混ぜておくと、そういうことか。羊だけでは逃げ惑うが、ヤギがいれば団結する。」


 まさにそのとおりであります、司馬殿!

 

 3つの要望、お聞き入れいただければ、幸いなのであります。




 以上が、兵站に関するレオからの聞書である。



 

 「分かった。上に具申するよ。それにしても熱心な仕事ぶりだね。」


 「兵隊にとって、食事は唯一の楽しみであります。くすねられて量が減っては、士気にかかわります。命を張る勇気も、出てこなくなるのであります。それでは、失礼いたします!」


 命を張る勇気ときたか。

 確かにレオは、その言葉を口にする資格がある。



 遠くから再度敬礼を施したレオが、颯爽とそびらを返す。

 輜重部隊の隊長たちが、寄って来る。


 「レオさん!次の輸送もお願いします!」

 「あ、うちのとこも。」 

 「帰りご一緒して良いですか!」


 若者たちが、その背に憧れの視線を投げている。


 「……すげえよなあ。輜重なのに十代で十人隊長。」

 「隊長をかばった名誉の負傷だろ?度胸が違うよ。」

 「それで読み書きそろばん、全部できるって言うし。」

 

 

 李紘と、顔を見合わせる。

 レオは今や、他の輜重隊にまで頼られる、キャラバンのリーダー的な存在になっていた。


 「羊の群れの中のヤギは、レオでしたか。ヤギどころか、雄牛かも。」


 「さっき会った時、別人に見えたんだけど……こりゃ、当然かな。」



 もう一度、李紘と顔を見合わせる。 

 何となくだけど、今の自分たちの顔は、レオに比べて立派ではないような気がして。



 「……仕事するか。」 

 「……そうですね。」 

 

 


 王国は、貴族政にして能力政。

 「立場の違い」は存在するし、それに相応しい振舞いも求められるけれど。

 その立場だって、いくらでも変えていける可能性がある。

 可能性は、あるのだ。 



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