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第百十二話 戦場の幽霊に関する覚書 その2


 「前線で小規模戦闘が行われているうちに、各部隊に幽霊を監察として派遣できるかどうか、試しておいてください。」


 フィリアからは、そう言われていた。


 「戦争それ自体も難題ですが、戦後処理も常に頭の痛い問題なのです。賞罰に不公平感が生まれては、『戦に勝ったせいで家の結束が乱れる』というおかしなことになります。『戦功を見極める目』の量と質は、いくらあっても困ることはありません。」

 

 だから、各部隊には士官の幽霊を貼り付けておく。

 功績と罪過を見極める。

 のみならず、俺がグリフォンで飛び回る。

 経験豊富な士官である十騎長アカイウスが、馬で走り回る。

 「戦功を見て回っているのだぞ」という姿勢のアピールも、不満を抑えるためには大切なのだ。

 


 フィリアの目論見どおり、賞罰を公正に下すことができるようになった。

 現場の評判は上々である。


 

 そうして俺が前線近くに出ている間に、事件が起きた。

 アスラーン殿下が、襲われたのだ。


 

 あらかじめ結果から言ってしまえば、大事はなかったけれど。

 (アスラーン殿下には、であるが。)

 


 ウッドメル大城に到着して以降、アスラーン殿下は城の防御施設を廻り、軍への理解を深めようとされているご様子であった。

 さらに、「将兵の実相をも理解しておきたい」と仰せになり。

 その日のお側付きであった、エドワード督軍仮校尉に頼んで城外の見回りに出た。


 そうしたところ。

 どこからどう紛れ込んだか、近くの草むらに敵兵が隠れていて。

 ボウガンによる狙撃を受けたという次第。

 

 エドワードのスタッフとしてキルトが付いていたことが、幸いした。

 そちら方面の専門家だけに、草むらが揺れた時点で真っ先に気づき、大声を上げ。

 飛んで来た矢に身を挺した!


 ……エドワードの盾となるべく。


 仕方ないのだ。

 キルトには、アスラーン殿下が参加していることは知らされていない。

 しかもこの日の殿下は、目立たぬように下級士官に扮装していたのだから。

 

 だが、何故か不思議なことに。

 ボウガンの矢は、殿下目掛けて飛んで行き。

 ある一兵卒が、エドワードではなく、これも思わず殿下の盾となった。

 その兵の犠牲によって、殿下は命を救われた。


 俺が北ウッドメルの平原から帰ってきたのは、まさにその直後。

 狙撃手が殿下の供回りにズタズタにされているところであった。


 「おいバカ!情報を……」というエドワードの指示は聞き流されていて。

 アスラーン殿下は、供回りの家臣にくるまれるようにして、城内へと運び込まれて行く。



 後に残されたのは、2人の幽霊。


 「くそっ!戦場ではぐれてこの怪我だ。せめて故郷のユヤン(ウッドメルシティ)で死のう、大将株の一人でも道連れにと思ったのに!何だって俺は、小隊長なんか狙っちまったんだ……。」


 「何だって俺は、小隊長の前に飛び出しちゃったんだろう。仮校尉殿の前に飛び出してれば、一時金の額も違ったはずなのに……。」


 狙撃手の霊は、俺の手を煩わせるまでも無く、溶けていった。

 故郷をひと目見て、諦めがついたのであろうか。

 天へと帰って行ったのだ。


 が、盾になった兵は、ぼやいている。

 「ああおい、せめて身体を持って帰るぐらいしてもいいだろうが!お前らの小隊長をかばったんだぞ!?」



 お忍びで来たとは言え、単身乗り込むほどアスラーン殿下は軽率ではない。

 側近にはきちんと話を通し、供回りを連れた上で参加していたのだ。

 それぐらいは、「わきまえている」お方だと知って、ほっとした。レイナが言うほどの「アホぼん」ではない。


 本当に良かったと思う。

 王国の次代を担うお方が「バカ殿様」であっては、目も当てられない。

 何より、アレックスさまに引けを取らぬほどのイケメンだ。中身がアホだったら、あまりにも残念すぎるではないか。



 ともかく、狙撃手をズタズタにしたのも、供回りの者達である。

 彼らは盾となった兵には目もくれず、大急ぎで殿下の元へと駆けて行く。


 それが仕事と言えば、仕事なのであろう。

 殿下をくるんで帰って行った連中と、手柄争いと言うか、ご親幸争い(?)をする必要もあるのだろう。

 だけどさあ。

 いくら身分が軽くても、身を挺した兵に対する会釈はあって然るべきだろうが!

 



 「殿下は軍人ではない。王家は武家ではなかった。当然と言えばそれまでだが、確認が取れたな。」

 

 エドワードが、こちらを見ていた。

 頬に苦笑を浮かべている。

 

 「『軍に関心がある』と仰せだった。『王都に、宮中にあっては、何も見えない。新都にあっても、なかなか実態を知るには至らない。国の平和と生活の安寧を担う彼らを、直接に見ておきたい』ってな。……そのお気持ちに嘘はなかったから、外へ出たいというわがままを聞いてさし上げた。」


 苦笑が、皮肉なものへと変わった。


 「お怪我が無くて幸いだったが、こりゃ責任問題だ。『殿下に顔向けができません』ということで。今後は監軍校尉どのにお任せだな?」


 「逃がすかよ。」

 冗談めかしたつもりだが、声がかすれた。

 エドワードの宣言は、あまりに重かったから。



 「アスラーン王太子殿下は、武家の心が分からない。今後はお世話をいたしかねる。」

 そんな報告が、エドワードの実家、キュビ侯爵家に届けばどうなるか。


 メル家もキュビ家も、ここのところ王室や宮廷との距離を考えようとしている。

 特にキュビ家は、明らかに距離を開けようとしているところだ。

 メル家が、アスラーン殿下に妻を出そうとしている一方で。


 いや、距離を開けようとするだけならば、まだマシかもしれない。

 ……以下は、これまで触れて来なかった話であるが。


 征北大将軍殿下が存在するならば、当然ながら、征南大将軍殿下も存在するわけで。

 キュビ家に預けられている征南大将軍殿下は、アスラーン殿下の次弟なのだ。

 血統の問題、本人にもキュビ家にも野心がないことなど、様々な事情から「後継者争いは無い」と目されてきたけれど。

 火の無いところに煙を立てようとする者は、いくらでもいる。

 そこに、「キュビ侯爵家はアスラーン殿下から離れようとしている」などという動きが見えようものならば……。

 きな臭くなってくることは、間違いない。


 


 「判断するには、まだ早いんじゃないか?殿下は何か言いたげにも見えた。」


 「ならば、言えば良い。そこで声を出さないお方は、武家ではない。例えばフィリアなら、供回りを叱咤している所だろう?」

 

 痛いところを突く。

 身を挺したレベッカの血に染まったのがフィリアだ。

 「汚れたからお着替えを」と言った侍女を退けて。


 

 エドワードと、睨み合う。

 数秒後、口の端が上がった。

 ああくそ、絵になるんだよなあ、お前も!


 「ともかく、この兵は良くやってくれた。そうだろう?賞罰を司る監軍校尉殿?」

 

 お手並み拝見と来たか。

 ああ、最初からそのつもりだよ、こっちだって。



 「さすが仮校尉殿!それに監軍校尉殿の目の前だなんて!俺にもツキがあった。これで心置きなく……。」


 幽霊の身体が光り出した。

 天に帰ろうとしている。


 「待て。まだ逝くな。手柄を正しく記録する必要がある。」


 遺体を、担ぎ上げる。

 

 「ちょっと、校尉殿!俺は兵士ですよ!勘弁してください!隊長に殴られるのは俺なんだから!」

 

 「もう死んでるんだから殴られないだろ?名前は?」


 「あ、そうだった。……って、聞こえてるんですか?」


 いつものように、説明する。

 パットと名乗った兵士の幽霊も、言葉を返してくる。

 

 「校尉殿。パットの言うとおりです。身分と階級の問題がありますから、私達が担ぎます。」

 幽霊が言い出したけれど、そういう訳にも行かない。

 隣を歩くユルやピーター、アカイウスの申し出も、断らざるを得ない。

 


 しかし、人間の身体って重いもんだ。


 

 城内に運び込み、死体安置所(?)を通り過ぎたところで、隣を歩くエドワードから声がかかる。

 「分かった。兵士や郎党には任せられないな。だが俺なら良いだろう?貸しひとつだ。」

 

 「もともとお前の不始末だろうが!これでチャラにさせるかよ厚かましい!」


 怪力を誇る説法師のエドワードに、パットの身体を遠慮なく預ける。

 城の中央にある司令部には、ただの兵士や郎党は、入れないから。

 

 会議室まで、運び込む。

 怯え始めたパットを励ましつつ。


 

 「話は聞いたぞ、エドワード。殿下の側近から、苦情が出ているが……どうした?」

 アレックス様から、声がかかる。

 

 「殿下の御前に、汚らわしいものを!御身を危険にさらしたのみならず、この非礼……。」


 供回りめ、汚らわしいと言いおった。

 これは、最後まで言わせてはいけない。彼の立場、ひいては殿下の立場もまずくなる。


 「この者は、受けるべきものを受けておりません。信賞必罰こそ武家の習いゆえ、御前に。」 

 

 「そうか、ヒロ。この者が。」


 「……隊所属兵、名はパット。草むらに隠れて王太子殿下の暗殺を謀った敵から、身を挺して殿下をお守りしました。霊は、まだここにおります。」


 アスラーン殿下に向き直る。

 エドワードと、2人。


 「それがどうした!無位無官の一兵卒が、それも死体と幽霊が、殿下の前にまかり出るなど……。」


 「黙られよ。」

 苦々しげに投げかけられたのは、塩辛声。

 左将軍のギュンメル伯。


 「領邦貴族の閣下にはご理解いただけぬかも知れませんが、王太子殿下の前に出るには格式が……。」


 「黙れ。」

 ウマイヤ将軍から、再度声がかかった。

 元王族、格の高さには文句無し。

 昨年夏に理解したところではあるが、このひと言で、確信した。

 この人はすでに王族ではなく、軍人貴族だ。


 2人の将軍にたしなめられても、側近はまだ何か言おうとしていたが。

 アスラーン殿下が、手で制した。

 俺達を、兵士の死体を、真っ直ぐに見つめる。


 「あの時に声をかけるべきであった。両校尉には手間を取らせた。……パットと申すか。その名、忘れぬ。」


 「ありがたき幸せ。」

 「パットも喜んでおります。」


 「王太子殿下だったの!?」

 パットの幽霊が、慌て出す。


 「しゃんとしなさい!殿下と将軍閣下の前よ?英雄パット君!」

 俺の代わりに、アリエルが優しく諭す。


 そのまま、パットは退出していった。

 会議室の扉ではなく、上空に向かって。

 栄光に包まれて、天に帰って行ったのだ。



 パットの身体を抱えて退出しようとする俺とエドワードを、アスラーン殿下が差し止めた。

 「この者の身は、私の供回りに運ばせる。……無礼のないようにせよ。」



 側近達を退出させれば、会議室に残るは「武家」ばかり。

 それを見極めた上で、アスラーン殿下が口を開かれる。


 「私は、所詮上っ面でしか理解していないのだな。」


 「あの時点で、声をかけるべきことにお気づきであらせられた。上っ面などということは、ありません。」

 

 「声をかけてしまっては、殿下の威厳や側近の面子にも関わる。それは理解いたしますが……見回りに出て、武家として振舞うのであれば、お願いしたいところではありました。」


 「エドワードには迷惑をかけた。軽率であった。」 



 慰めを口にした俺とは違い、エドワードは真っ直ぐに切り込んでいた。 

 少し恥ずかしくはあったが、俺が言いたかったことは、他にある。



 「軽率は、どうか差し控えていただきたく。敵兵は、『どうして大将株のエドワードではなく、小隊長の姿をしていた殿下を狙ってしまったのか』と嘆いていました。パットも、『どうして校尉ではなく、小隊長を守ってしまったのか』と口にしていました。……おそらくはそれが、殿下のご威光なのです。」

 

 こればかりは、俺の確信だ。

 「そういう人」というものは、存在する。 


 「人には、立場というものがあるように思われます。軽率に振舞われますと、下に大きな影響が及びます。どうか、前線には出ず、大城内にご滞在ください。」


 生まれついてのものとか、努力して手に入れたものとか、そういうところまでは理解が及ばないけれど。

 少なくとも王国社会は、「そういうもの」。

 ピーターやクレア・シャープにも言われ続けてきたことなのだが、「下」の立場からでないと、分かりにくいのかもしれない。


 飲み込んで暮らすしかないと、改めて思うようになった。

 殿下にも、飲み込んでもらうしかない。



 実際には、なかなか飲み込めないところでは、あったのだけれど。


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