表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

433/1237

第百十一話 性と婚姻に関する覚書 その2 (R15)

 


 エッツィオ辺境伯の件と全く関係ないわけではないが。

 少し、話題の趣を変える。



 ……「超」がつくほど高級な服とは、いかなるものであろうか。


 共通しているのは、「生地が非常に薄いこと」と聞いた。

 薄いけれど、薄っぺらではない。でもとにかく、薄い。



 その薄くて軽い布地に身を包んだフィリアが、俺の胸に縋りついている。

 「お姫様抱っこ」に身を委ねている。

 ゆっくりと歩を進めるうちにも、俺の胸の中で、小さな身じろぎを見せる。

 時として耳元に口を近づけては、何事かを囁き息を吹きかけてくる。

 体温と肌触りが、じかに伝わってくる。



 夢のような時間は、儚く終わった。

 湖城イースの一角、フィリアの私室として割り当てられた最奥の一室の前で。


 われとわが両の腕を見つめ、名残惜しく余韻を感じていると、武装侍女のクレア・シャープから冷たい声がかかる。

 

 「お仕事、ご苦労様でありました。後はこちらで。」


 目の前で、扉が閉まった。



 このような美味しい思いができた……いや、名誉の仕事を担当できた、その理由だが。

 ここにも、王国社会における「性意識」の問題が関わっている。


 人あるところ、性がある。社会がある。

 そして社会ごとに、性の禁忌タブーがある。

 

 王国は、「表向きは、ヴィクトリア朝的な謹厳さを求められるが、内実は大陸風(奔放とも言う)」というところがある。

 メル公爵に第二夫人と第三夫人(?)が存在しているのが、その好例だ。


 かくの如く陰では割と自由な王国にも、性の禁忌タブーは存在している。


 ……言葉を飾っても仕方無い。分かりにくくなるばかりだ。端的に言おう。



 「丼」だけは、絶対にいけない。



 姉妹……であるとか、親娘……であるとか。それだけは、いけない。

 もちろん、女性の側が兄弟……であるとか、親子……であるとかをするのも、絶対にいけない。


 異母姉妹・異母兄弟ならばOKだということなので、なぜ禁忌なのかは分からないが。

 理由など無いのが、禁忌の禁忌たる所以であろう。



 2年前の8月。武術大会にて、フィリアが征北大将軍殿下の同伴者役コンパニオンを断った理由も、ここにある。

 殿下は、フィリアの姉君・クレメンティア様の婚約者だから。


 もちろん誰だって、「そういうことをしている」なんて思うはずもない。

 けれども、「丼」が性の禁忌タブーとして絶対であるだけに、「公の場で、それを連想させるような振る舞いをする」ことも、非常に好ましくないとされるのだ。

 

 それと、俺の美味しい思い……いや、仕事とのかかわりであるが。

 以下のような次第による。



 湖城イースには、続々と部隊が集まってくる。

 毎日、前線に送られてゆく。 


 彼らを前に、将軍達が連日、励ましの訓示を垂れる。

 主将の征北将軍・アレックス閣下と、隣に並ぶ副将の軍監・フィリア閣下も。


 この構図は、非常に好ましくない。

 アレックス様による「丼」行為を連想させてしまうから。



 これがダグダ遠征のような、身内のメル家中と事情通の高位貴族だけの集まりであるならば、まだ良いのだ。

 絶対にそのようなことは無いと分かっているし、そんなことを口に出す、あるいは想像するような非礼を行う者はいないから。

 

 が、北賊との大戦となると、事情が異なる。

 外部の諸家も参戦すれば、事情など知らぬ民兵も召集されている。

 不埒な連想を防ぐ必要が出てくる。


 

 そのための対策だが。

 まず第一に、「並ぶ時間を、短くする」。

 

 アレックス様が入ってきて、訓辞を垂れる。

 その間、隣の席は、空席である。

 フィリアが遅れて入場する。

 アレックス様は立ち上がり、退場する。

 

 第二に、「他の印象で上書きする」。

 

 入退場の際、フィリア閣下が側仕えに対し、やけに甘えた態度を取る。

 そういう次第というわけだ。

 


 おかげで美味しい思いができた俺ではあるが、別の不安があった。

 「軍規というか、綱紀上の問題にはならないの?」


 結論から言えば、ならなかった。


 身近にあると、ついついフィリアを「貴族令嬢」とみなしがちであるが、世間的な印象としては、そうではない。

 フィリアは、「メル家の直系」、「軍を率いる武将」、「将軍閣下」なのである。


 「剛毅である」

 「ふてぶてしさが、頼もしい」

 「英雄、色を好む」

 「俺も(私も)出世してああなりたい」

 

 と、そういうわけだ。



 「宮廷貴族の皆さんからすれば、だいぶはしたない行いであることは、確かですよ?」


 「公爵閣下に、なんと申し開きをすれば良いか……。そうです、千早さんに愛人役をお願いしては?」


 「クレア殿、それでは同性愛疑惑を招くでござろう。……いや、さよう。『行きは某、帰りはヒロ殿』とすれば良うござるか。」


 かくして、美味しい思いをする回数は半分に減った。

 かわりに、少しばかり胸弾む噂が流れた。


 「ハーレム……?」


 転生したんだし、噂ぐらいはそういうのがあってもいいよね!


 「さすがはフィリア様。男女ともに囲うとは、豪快なものだ。」

  

 ……噂の中でも、主人公は俺ではなかった。




 噂と言えば、フィリアには以前から噂があった。

 その相手こそ誰あろう、エッツィオ辺境伯なのだ。




 王国では、叔父と姪、叔母と甥の婚姻も認められている。

 「あまり何代も繰り返すのはいかがなものか」という、経験則的な忌避感はあるけれど。

 まあ一代ぐらいなら良かろうと言われている。

 

 なお。

 エッツィオ辺境伯は、兄のメル公爵よりも8つ年下で、当年44歳。フィリアは15歳。


 アウトでしょ。

 と思うのは、現代日本人の感覚であって。

 

 王国的には、問題ないのである。

 辺境伯―フィリア―両者の子と、年代的にうまく継承ができるから。

 

 

 噂の主になるわけだから、エッツィオ辺境伯は、当然ながら独身である。

 やはり同性愛を疑われたことがある。


 しかし辺境伯は、きっぱりと否定した。

 「私が独身であるのは、同性愛の故ではない。何かあった場合については、我があるじ(・・・・・)にして尊崇すべき兄である、セザール閣下に後事を託す。聖神教教皇台下の立会いの元、作成した遺言もある。兄上と、国王陛下にも同じ内容を預けてあるから安心せよ。」


 聖神教が立ち会ったとなれば、さすがに同性愛者ということはない。

 独身でいるのはこれまで二度あった疑惑を退けるためであったろうと噂されている。

 

 疑惑とは、何か。


 辺境伯は、独立した「一家、一国」である。

 それにも関わらず兄を「我があるじ」と呼んで憚る奇妙さから、お分かりいただけると思う。

 

 「本宗家を継ぎたいのではないか」と疑われたのだ。



 最初の疑惑は、兄弟が若かった頃。

 10代の兄・セザール様は、その将器について、今のソフィア様とどこか似たような評価を受けていた。

 「力押しで、無駄が多い」と。

 対する弟・エッツィオ様は、「戦上手」の評判を取っていた。


 これが、不幸の始まり。

 8つも離れているし、兄弟仲は良好。エッツィオ様には、兄を排除して跡を継ごうなどという考えは、なかったらしい。

 が、取り巻きがヒートアップした。


 セザール様は、何も戦下手という訳ではない。

 「大兵を有しているならば、そのままぶつけるやり方が、結局は一番効率的で危なげが無い」という用兵思想を持っていたのである。


 が、「戦下手」疑惑が広がった。

 これが「荒河夜戦で、冒険をした理由の一つではないか」とも言われている。

 

 憶測はともかく。大勝を収めたセザール様は総領の地位を確立した。

 続く湖城イース攻略戦では、得意の用兵で危なげなく勝利を収め、周囲を完全に黙らせた。


 エッツィオ様に対して、何か懲罰を下すこともしなかった。

 兄弟仲が悪いわけでも、本人に野心があったわけでもなかったから。


 消すには惜しい、有能この上ない人材であったということもある。



 その有能さのゆえに、二度目の疑惑が訪れた。

 9年前、ウッドメル伯爵の没後に。

 ヴァルメル男爵が行征北将軍事に任命されるという話になった際、またしても一部の「家の子・郎党」が、「それならば、あの方、エッツィオ様こそが器であろう」と言い出した。


 この推薦には、意図がある。

 セザール様の「次」として、将器を疑われつつあったソフィア様ではなく、エッツィオ様を推そうという動きなのだ。

 これも、ヴァルメル男爵とエッツィオ辺境伯と、双方が自重したことで立ち消えとなった。


 エッツィオ辺境伯が独身である理由は、疑惑を避けるため(理由についてはもうひとつ噂があったが、今は措く)。

 辺境伯がもし結婚して、男児が生まれたら。

 「兄の『次』は、娘ではなく弟であるべきでは?」という流れになりかねないから。

   


 ところが。

 独身を貫いたがゆえに、三度目の疑惑が訪れた。

 「フィリアを娶って、総領(あるいはその配偶者)の地位を狙うつもりでは?」というわけだ。



 数ヶ月前、「メル家におけるフィリアの序列は、公爵閣下、ソフィア様に次ぐ第3位である」という話が出た際に、ソフィア様が「難しいところがある」とおっしゃったのも、ここに関わりがある。

 エッツィオ辺境伯の存在は大きいのである。序列第3位どころか、2位かもしれないぐらいに。


 フィリアとエッツィオ辺境伯が組めば、ソフィア様追い落としが現実味を帯びてくる。


 悪いことに、エッツィオ辺境伯は、自分と全く同じ境遇にあるフィリアを心配し、特に目をかけていた。

 その仲の良さが疑惑に繋がってしまうのだから、お家騒動とは性質が悪い。


 

 ソフィア様が、フィリアを一緒に新都へ連れてきた理由の一端も、継承問題にある。

 末娘が総領と離れて親元にあっては、「公爵閣下は末娘を愛しているのでは?跡継ぎにするつもりでは?」という疑惑を招きかねないから。


 しかし。


 「もう、大丈夫でしょう。姉さまに子供が生まれれば、そしてそれが男児であれば特に、継承の問題は出てこなくなりますから。私も、エッツィオ叔父様も、疑惑を抱かれるおそれはなくなります。」


 インテグラが「戦争以上に、ソフィア様が子を産むことの方が、一大事業」と言ったのは、単に医師としての視点によるものではなかったのだ。

 

 とは言え、現時点ではまだ、ソフィア様の妊娠は公的には発表されていない。

 今のところフィリアには、アレックス様との印象を払拭すると同時に、エッツィオ辺境伯閣下との噂を否定する必要がある。

 


 おかげで俺は美味しい思いをしていると、そういう次第である。



 そんなある日の事。

 アレックス様に、声をかけられた。


 「大丈夫か、ヒロ?蛇の生殺しのような目に遭って。」

 

 アレックス様には、俺の正体を告げてある。

 23歳と26歳。男同士、言わなくとも分かる。

 連日フィリアから「刺激」を受けて、その……。

 あれだ、「たまってはいないか」と、そういうことだ。


 「アレックス様こそ。」


 出立時点で、ソフィア様は妊娠初期。

 アレックス様こそ、もう何ヶ月も……。


 「言うようになったものだ。ソフィアには、『遊びに行ったのは、ヒロに誘われたからだ』と言い訳するぞ?」


 「それで許してくださるとは、思えませんが。」


 「違いない!」


 バカ話を交わしながら、会議室に向かう。

 真壁先生が、会議室前で衛兵を務めていた。


 会釈してその前を通り過ぎ。


 ……もう一人の衛兵の腕を、ねじ上げる。


 「で、貴様は何者だ?」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ