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第百十話 軍制に関する覚書


 6月末。

 ウッドメルでは、すでに戦争が始まっていた。

 現地のウッドメル兵・ギュンメル兵と、北賊の先遣部隊が、北ウッドメル各地で衝突していたのである。


 新都からの援軍……と言うか、むしろ本軍であるが。

 その中枢は、いったん湖城イースへと集合することが決められていた。


 すでに王国が制水権を確保しているティーヌ航路を使っても良いのだが、より安全・確実な荒河航路を用いて、征北大将軍府首脳部が続々と駆けつける。


 征北大将軍は王太子(長子)殿下であり、言葉は悪いがお飾りなので、新都に留まっていただく。

 したがって、主将は征北将軍。

 アレクサンドル・ド・メル閣下である。


 他に将軍として、ギュンメル伯爵、ウッドメル総督ケイネス子爵、ミーディエ辺境伯が、すでに任命されている。順に左将軍、前将軍、右将軍である。


 もともと将軍職にある、シーリーン・ウマイヤ閣下も、参戦する。


 留守を預かるソフィア様は、衛将軍に任命された。

 常任職ではないものの、征北将軍よりも格上らしい。



 そして、さらに。

 「行将軍事」、すなわち「事実上の将軍職」に、2人が任命されていた。

 

 ひとりは、ウォルター・ド・リーモン子爵閣下。

 行き場の無い兵達を集め、立花の旗の下にまとめる。


 そしてもう一人が、ソフィア・P・ド・ラ・メル侯爵閣下の代行として軍監を務める、フィリア・S・ド・ラ・メル男爵閣下というわけだ。



 将軍位を得ること、あるいは「行将軍事」に任命されること。

 その意義は、「幕府を開ける」ことにある。


 「幕府」という言葉だが。

 日本史の用語とは、だいぶ意味合いが異なる。

 全国規模の軍事政権を樹立できるというわけでは、無い。

 「スタッフを採用し、独立した軍団を率いることができる」ぐらいのニュアンスである。


 「いやいや、高級士官であれば、スタッフぐらいいるでしょ。」と言われてしまえば、まさにその通り。

 現にフィリアも、俺や千早をスタッフとして抱えている。


 が、「幕府」を開くことができれば、私的なスタッフに、公的な地位を与えることができる。

 自分の専属スタッフとして、抱え込むことができる。


 たとえば、フィリアが「行将軍事」に任命されぬまま、「軍監」に任命された場合。

 俺や千早は、形式的には、あるいは公的には、「アレックス様の部下」なのである。

 それどころか、フィリアも完全に「アレックス様の部下」である。

 

 そんな状態では、公的な視点から言えば、軍監の役目など果たせない。

 私的な観点から言えば、メル家の郎党達が納得しない。

 


 そういうわけで。

 フィリアの軍制上の立場は、「行将軍事・軍監」なのである。

 


 フィリアの下で公的立場を得たスタッフの例として。


 督軍校尉 インテグラ・(略)・ド・ラ・メル 十騎長

 監軍校尉 ヒロ・ド・カレワラ 百騎長 

 護軍校尉 千早 千人隊長


 などが、挙げられる。


 インテグラや千早と一緒に、この人事案を見せられた。

 2人はすんなり飲み込んだようだが。異世界人の俺には、やはりどこかピンと来ないところがあった。


 インテグラと一緒になって人事案を覗き込んでいた考古学者のアンジェラ・ウマムが、陰で解説してくれる。


 「まず、『校』だけどね。これは、『佐官級』って意味がある。高級士官のことを『将校』って呼ぶでしょ?将官と佐官のことを指しているわけ。『校尉』は、軍制によって地位に上下があるから難しいけど……。昔の中国で、一番高いケースでは、『将軍に何かあった時には、その地位を代わる』レベル。そこまでではないと、ボクは思うけどねえ。」

 

 フィリアに取って代わるほどではない。

 裏を返せば、その手前ぐらいには重いポジションのようだ。

 なにしろ、「メル」の家名を背負う者が任命されるほどなのだから。



 「校尉」は、まあそれで良いとして。

 問題は、その前にくっついているふた文字である。

 

 職掌を聞き、実際に実務に携わった上での、俺なりの理解を述べようと思う。

 ベタベタの学園ドラマに喩えて。

 


 督軍校尉とは、体育の先生である。

 ジャージにサンダル履き、手には竹刀、胸元にはホイッスル。

 「校庭三週!」と生徒をどやしつけ、後ろから追い立てる。


 軍を後ろから追い立てる恐ろしい存在。

 「督戦隊」と言う言葉を思い描いていただければ、その威厳を理解してもらえるかと思う。

 「退く者は斬る」。その権限を与えられた役職なのだ。


 

 対するに。

 護軍校尉とは、保健室の先生である。

 白衣を着た、きれいなお姉さん。

 生徒達から見ると、聖母さま。


 実際には、怪我を治療してくれるわけではない。

 軍が崩れそうになった時に救援に来てくれる存在だ。

 考えてみれば、保健室の先生よりも、ずっとずっと有難い。まさに戦場の女神である。



 では、監軍校尉とは何か。

 スーツにメガネ、手には内申点が書かれた閻魔帳を持つ、生活指導の先生である……。


 行動を細かくチェックし、賞罰を司る。

 いや、「賞罰の根拠を見定める」と言うべきか。

 まさに、軍目付。

 軍監・フィリア閣下の職掌に直結している。

 それゆえに、フィリア配下の軍団のみならず、全軍の賞罰に携わる超・重要ポジションではある。


 

 学園ドラマに喩えたが。

 この世界の軍人は、体育会系である。

 スポーツ物の登場人物か、ヤンキー物の登場人物か。

 そのどちらかのタイプしか、いない。


 竹刀を持った体育の先生は、うるさいし怖いけれど、彼らにとっては共感を覚える存在。 

 白衣を着た保健室の先生は、文句無く女神さまである。

 スーツにメガネの生活指導は、うざいばかりの嫌われ者。


 まあ、実際のところを言うと、それほど嫌われはしなかった。

 追い追い述べるところではあるが、監軍校尉に不満が向くのは、「賞罰が不公平だから」である。公平・公正であれば、それはむしろレアケースであるだけに、大いに信頼される。

 生活指導の先生がどんなに嫌味でいけ好かないヤツだったとしても、えこひいきせずにきちんと内申点をつけてくれるならば、生徒達に一目置かれるようなものである。


 俺には、えこひいきが無かった。……と言えば、自慢に聞こえるだろうか。

 むしろ、俺の特殊性を見込んで監軍校尉に就けたフィリアこそが、やはり「人物」なのである。




 良く似た名前の校尉にも、小さな「格の違い」があるようだ。

 督軍校尉>監軍校尉>護軍校尉、らしい。

 とは言え。

 督軍校尉と護軍校尉、人選が逆ではなかろうか。


 平和主義的な研究者であるインテグラに、「退けば斬る!前進せよ!」であるとか、「怖気づくな!私に続け!」であるとか。

 そんな言葉はとても似合いそうもない。

 

 いや待て。そもそも、インテグラは、ソフィア様付きの医師兼秘書として、新都に残るはずではないのか?


 「ええ。インテグラ姉さまを督軍校尉に任命するのは、一つには姉さまへの箔付け、もう一つには、『極東で大戦争が起きているのに、メルの家名を背負う者が軍職に就かないのはまずい』という配慮によるものです。実際には、『督軍仮校尉』に参戦してもらいます。」


 「仮」の字は、「副官」あるいは「ほとんどその地位と言って良い」という意味を持つ。

 なるほど。やはりフィリアはきちんと考えている。



 さて、イースに合流してきた督軍仮校尉は、誰であろう?

 しっかり顔合わせをしておかないと。


 ……ああなるほど。

 先任百騎長殿。俺よりわずかに格上だ。

 武芸人柄も、督軍校尉は適任だろう。


 だがな。

 全身鎧で顔を隠して誤魔化したつもりか?

 「インテグラです(裏声)」って、おい!

 

 そんなバカでかいハンマーを担げるヤツなんか、他に誰がいる!

 極東でメルの戦に参加するなよ!お前に何かあったら政治的に大問題だろうが!

 なあ、御曹司のエドワード・B・O・キュビ卿よ!

 


 ともかく。

 かくの如く精緻に考え抜かれたガバガバのごりおしをしたフィリアの任命により、俺は監軍校尉に任命されたと。

 そういう次第である。



 そんな俺の覚書は、当然ながら、ちぎっては投げちぎっては投げの、無双物語ではない。 

 あるいは、「謀を帷幄の中に運らし勝ちを千里の外に決す」るような、天才軍師の物語でもない。

 制服組とは言え限りなく軍官僚に近いポジションにあって、追い立てられては走り回っていた、そんな思い出を書き記した物語である。

 


 「なあヒロ。俺のスタッフが少ないことは知ってるだろ?キルトをこっちにつけてくれないか?」

 

 接敵前から、なけなしのスタッフをエドワードに奪われたと。

 そんな思い出を書き記した物語である。



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