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第百五話 評価 その1

 

 新都に到着したのは、正午前のこと。そのままネイト館に向かった。

 ヴァガンを息子に会わせたい気持ちもあるが、抱えている情報の意義が大き過ぎた。

 

 ソフィア様・アレックス様がつかんでいた情報は、「ヴァガンが殺害され」、「ヒロがヴァガンと契約し」、「イースの抜け道と間者の問題が解決した」こと。

 その上で、「ヒロが北へ向かった」ところまでは、イース城代ヴァルメル男爵から報告を受けていたという。



 執務室では、「その後」について報告した。

 

 敵諜報部門・極東担当を壊滅状態に追い込んだ。

 開戦は今年、秋になる前だという確証を得た。 

 グリフォンを気兼ねなく使えるようになった。

 明らかに「切れ者」であるアカイウスを、部下に加えた。

 

 4つそろって、まさに役満である。

 俺に対するお二人の評価は、ストップ高状態であった。

 ソフィア様が、最高の笑顔を許す。

 執務室の大机を回り込んで、アレックス様が俺の肩を叩く。

 

 ……フィリアと千早の評価は、留保付きであったけれど。


 「ヴァガン殿の仇を討っていただけたこと、感謝いたす。なれど!なぜ我らを呼ばなんだ!」

 「危険に身を曝して!」


 これをたしなめたのも、アレックス様とソフィア様であって。


 「諜報関係は、汚れ仕事。フィリアを引っ張り出すわけには行くまい?」 

 「男が一度決断したことを遮るようで、武家の女と言えますか?トモエさんも、イーサンさんを武術大会に出場させたでしょう?」


 ソフィア様にしては、珍しく情緒的な発言。

 よほど喜んでいただけたのだろう。


 

 

 総じて、ネイト館では、俺に対する評価は高かった。

 

 真壁先生が、ニヤリと笑う。

 「やっと武人らしくなってきたな、ヒロ。そう来なくては。今までが大人しすぎた。塚原の弟子はそういうところがある。」


 意味がよく分からぬまま、エドワードに肩を叩かれた。

 「おうヒロ、相手になるぞ?」


 貴公子らしからぬ力の入った表情を見たところで、少し意味が分かったような気もしてきた。

 どうも、今の俺は少し「オラついている」ようなところがあるらしい。

 発散する気が、やや「そそけだっている」とフィリアには言われた。


 それをカッコ悪いと思うのは、日本人の感覚で。

 「武術を習う少年は、それぐらいでなければ大成しない」というのが、こちらの世界の感覚だ。

 「成長過程にある武人は、とにかく相手に突っ掛かり、経験を積む必要がある。はたから見るとその姿はあまりに刺々しく映るかもしれないが、道を踏み外しさえしなければ良い。そこは指導者が見てやるところだ。」というのが、真壁先生の談。

 

 ともかく、エドワードとやり合った。

 説法師モンクのメイスやハンマー(木製)をまともに受けてしまっては、木刀など粉々になる。

 歯を見せるエドワード。

 腹が立ったので、次はこちらが一撃入れる。

 そんな大振り、当たるもんじゃない。受けずにかわせば!

 

 熱が入り、お互い青あざだらけ。

  

 よれよれになった体を寄せ合うようにして鍛錬場の端っこまで帰って来ると、そこには真壁先生の他にアレックス様。さらに、ソフィア様とその師、松岡先生まで揃っていた。

 

 真壁先生の、いぶかしげな顔が目に留まる。

 松岡先生が、何か口にしようとする。

 アレックス様が、それを止める。

 

 「まあ先生、今日は良いではないですか。ソフィアの護衛、頼みます。真壁先生はエドワードを担いでやってください。ヒロには私がつこう。」

 


 4人を先行させ、ゆったりと歩むアレックス様。

 「ヒロ。いい女だったみたいだな?」


 「……バレバレですか。」


 「男には、いや大人なら、分かるさ。とは言え、真壁先生はああしたお人柄、松岡先生はそもそも余事に目を向けることを厭う。ま、李老師と塚原先生だろうな。……相続等の火種には?」 


 「なりません。敵の頭目を、仇と狙う女性でした。あの時は毒矢を食らっていたので頭が回りませんでしたが、どうも北賊社会で、それなりの地位を有している女性のように思われます。」


 暴発止まりであったかもしれない。

 が、そんな話を始めてしまえば、会話がまとまらなくなる。

 だから、少しだけ見栄を張った。


 「ならば良い。……実はな、ヒロ。松岡先生が君のことを心配している。樹からヒロの様子を聞いて、違和感を覚えたそうだ。」


 真壁先生から見ると、ひと皮むけた俺。

 松岡先生から見ると、歪な成長をしているように見えるらしい。


 初めて会った時から、どこかおかしいと思っていたのだとか。

 イースから帰って来た弟子の樹・西山の話を聞いて、さらに気になり始めた。諜報の人間を何人も殺したせいで、おかしな感覚を身につけたかと、そう思ったらしい。

 ところがエドワードとやり合っているのを見る限り、そうでもなさそうに思われる。実に健全。


 「真壁先生には分からぬらしい。私やソフィアも、首をひねるばかりだ。……ヒロ。今回の件、派手に手柄を立ててくれたが、私が一番高く評価している点が何か、分かるか?」


 「自分では、『誰から命令を受けることもなく、己一人の判断と責任で、ひとつのことを成し遂げた』ことだと思っています。2年前初陣の際に教えていただいた話です。ギュンメル伯もそこを評価してくださいました。」


 「それも分かっているならば、何も言う事は無い。何せ君は、フィリアと千早の側にいる。傑物2人に囲まれ、大メル家の保護下にあっては、なかなか『己一人の責任で』という訳には行かぬ。良くやった。男を名乗れるぞ、ヒロ。」



 評価してくれたアレックス様は、俺とは逆の少年期を送っていた。

 「何も持っていない、誰の助けも得られない」状態から成し遂げていった。

 全て、己一人の判断と責任で。

 

 「持たざる者」であった若き日のアレックス様は、「持てる者」に対する反感を抱いていたと聞く。

 その反発心をバネに変え、成し遂げた。

 今や「持てる者」に並び、その上に立っている。

 評価される側から、評価する側に回った。


 言葉は悪いが、「成り上がり者」の中には、「生まれながらの上流」を許せない者がいる。

 「報復人事」とは少し違うかも知れないが、「好条件のもとにあった」と言うだけの理由で、結果を不当に低く評価することがある。

 

 アレックス様には、そういうところはない。

 ダグダでは、ダミアンやセルジュを正当に評価していた。

 ミッテランやフリッツに対する評価が辛かったのは、決して感情的な理由によるものではない。計算づくの行動だ。 

 

 「好条件のもとにある者」にも、彼らなりの悩みと課題がある。

 その課題を克服して結果を出したかどうか、アレックス様はそこを見て、正当に評価する。

 


 評価とは、それを受ける者のみが試される作用ではない。

 評価を下す者こそが、試される。

 


 少し、寒さを感じた。

 俺は、ダグダで部下を正当に評価していただろうか。

 この世界に比べると、細やかで何事にも行き届き、平和な日本社会に生まれた俺。

 「荒くれ」や「がさつ者」に対する評価が、辛くなりがちではなかったか。

 評価される側にとっては、時として一生の問題となるのに。

 震えが来た。

 

 ……疲れている時には、余計なことを考えるものじゃない。

 寒さと震えを感じるのは、エドワードと殴り合っている時に出ていた、アドレナリンが切れたから。

 本気でやり合った後は、いつだってそういうもの。



 「どうした?」

 

 アレックス様は、優れた武人である。腕前は、李老師とほぼ同等。

 「気配」と呼ばれるものに対して、鋭敏な感覚を持っている。


 「『評価』に関する悩みか?『結果が全て』。それを覚えておくことだ。……良い家に生まれ、家伝の教育を受けた者の方が結果を出しやすく、高い評価を受けがちになるのは、自然な話。私とて、ジョーのような庶民上がりではない。『中流貴族』と言われる階層。最低限の教養は、持ち合わせていた。」

 

 思わず見つめたアレックス様の優美な横顔は、微笑んでいた。


 「なぜ分かるかと?その悩みは、私も通った道だからさ。生まれながらの上流貴族は、『評価を下す』という行為に疑問を覚えない。だからこそ逆に、歪みのない評価を下すことができる。そいつが阿呆で無い限りにおいて、だがな?……余計な気を回すと、かえっておかしなことになりがちなもの。」 

 

 言っただろう?


 「『殴って言う事を聞かせろ』と。殴ってでも生かしてやり、使ってやっているならば、それこそが温情だ。『甘い評価』と呼ばれるものだ。上流貴族ならば即、斬り捨てるか追放する。そうして規律を保つ。『殴って言う事を聞かせろ』とは、『むやみに部下を殺すな』の意味も持っているのだがな?」



 これまで周囲の誰も、第二の意味を教えてくれなかった。

 「コイツには無理だ」・「教える必要が無い」と思われていたに違いあるまい。 


 殴るのに抵抗を覚えるようでは論外。

 時には軍法に基づき、斬り捨てる必要もある。

 そうしなければ規律が保てず、軍全体を危機にさらすから。

 

 「温情主義が悪いとは言わぬ。だが、結果が全て。『己一人の判断と責任で事を成す』。今のヒロには、その意味が分かるはずだ。心してほしい。」

 

 アレックス様は、重ねて強調していた。

 「己一人の判断と責任で事を成す」ようにと。


 談話室において一大事を聞かされ、その意味が分かった。

 なぜお二人が、ああまで俺の手柄を喜んでくれたのかということも。



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