第十話 こども その4
星が綺麗だ。
日本で見ていたのとは、まるで違う星ばかりだけど。
この世界は、地球とはどのような関係にあるんだろう?
あの中に、地球があったりするのかな?
ぼんやりと、いろいろなことを考えていた。
ああ、「たね」ってそういうことか。「胤」とか「子種」って意味だ。
血が濃くなるのを防ぐためなんだろうな。
いちおう見込まれてはいるのか。
なんの取り柄も無い、こんな俺でも。
ぼんやりと、星を見つめ続ける。
いつの間にか、フィリアが傍にいた。
「私たちも、『一緒に来ないかい』って女衆の皆さんに言われました。でも、私にも千早さんにも、帰るところがあります。『そうだよねえ、誰にでも家族や仲間がいるもんねえ』って、そう言われました。」
しばらく沈黙が続く。
「ヒロさんは、どうしますか?」
「俺?」
「ヒロさんのご家族は、見つからないかもしれない。」
いいにくそうに、顔を背けながら、フィリアが言葉を吐き出した。
こんな小さなこどもに、苦労を共にした仲間に、気を使わせている。
嘘をついているのが、これほど心苦しかったことなど、かつてなかった。
「狩から帰ってきたヒロさん、本当に楽しそうでした。大ジジ様という、死霊術師なかまもいらっしゃる。残って、山の民になるという選択も、あると思うのです。教団や学園には、遭難したと、私のほうから言っておきます。」
「フィリア殿、その話は某を取り込まなくては、成立せんでござるよ。」
千早も近くにいた。
「某も同じことを言おうと思っていたのでござるが……先を越されてしまうと、どうも己が間抜けに見えて仕方ござらんな。いかがなさるや?ヒロ殿が残ると言われるなら、某とても黙って見送るでござるよ。」
正直なところ、俺は今まで、そのことを全く考えていなかった。
旅を続けて、新都に行く。「そういうものだ」と思い込んでいた。
言われて、気づく。
ただなりゆきまかせなだけでは、だめなんだ。
いつかは、日本に帰ることになるのかもしれない。
帰らない、帰れないのかもしれない。
それとは全く別の問題として、現に今、俺は生きている。
俺は、この世界で、どう生きていきたいんだろう?
夜空を見上げて、考えた。
案外、結論はすんなり出た。
「いや、二人についていくよ。」
済まない、言い方を間違えた。
「俺は、新都へ行こうと思う。行きたいんだ。」
道が分からないから、二人に連れて行ってもらうことになるけれど。
それだけを、口にした。
俺は、この世界でやりたいこと、なすべきことを、まだ見つけていない。
この世界について、死霊術師について、知らなくてはいけない。
結果としては、しばらくはまだ、なりゆきまかせ。
結論の先送りに過ぎないのかもしれない。
だけど、それの、何が悪い?
俺がこの世界に来てから、まだふた月も経っていない。
知らないことが、まだまだたくさんあるんだ。
むしろ、いま結論を出すべきではない。
幸いにして、今の俺は、13歳。子供で通せる年齢だ。
こどもらしく、準備をさせてもらうさ。
星影の中にわだかまっていた、フィリアと千早のシルエットが、少しだけ柔らかくなったような気がする。
緊張していたんだろう。本当に済まない。気を使わせている。
「ジロウのためにも、もっと死霊術について勉強しなきゃいけないし。あ、そう言えばハンスとの契約もあった。やっぱりここには残れないよ。」
「ハンスさんの件は、お金を届けさえすれば良いのではありませんか?」
「さよう、ここで理法を説いてしまっても問題はござるまい?」
おいハンス、お前の株、ストップ安だぞ。
これは監理ポスト行き待った無し。
「今後は十分に監督するから、どうか許してやってください。」
こらえきれず、二人は笑い出した。
釣られて俺も笑う。空を見上げる。
ほんとうに、星が綺麗だ。