第百四話 千里を行く その1 (R15)
連行されてきた旅人を尋問すると言っても、拷問にかけるわけではない。
拷問にだって、技術が要る。俺はノウハウを持っていない。
心情的にも無理だ。見た目15歳の俺の中身は、実質23歳。「圧迫面接」という言葉にすら、たまらない嫌悪感を憶えるお年頃だったのだから。
と、いうわけで。いろいろ頑張ってみることにした。
ステップ1
一堂に集めて、穏やかに話してみる。
「ご安心ください。イースの街でパニックが起きたため、皆さんを保護しただけです。ただ、間者に対する市民感情もありますので、皆さんの事情や来歴等を、一応伺っておきたいのです。」
「責任者を出せ!」
「謝罪と賠償を要求する!」
真っ先に発言した数人は、推定無罪(?)だ。
間者なら、目立つような真似はしないはず。だいたい、役人を相手に、初っ端ここまでアホな口をきくこと自体、思いつけるはずがない。知恵が邪魔をしてしまう。
「ヒロ殿、物腰が卑屈にすぎる。役人と商人には、身分差があることを忘れるでない。」
「まあ、弱腰に出たおかげで選別できたんだから、ここは良しとしましょ?」
そう言いながらも、アリエルの目は尖っていた。
確かに、カレワラ家の当主たるものが取る態度では無かった。
ステップ2
部屋の中に、幽霊を歩き回らせる。
霊能を持つ者は、全人口の1割前後。忌まれながらも、優遇もされるのが、王国社会である。苦労して旅に出なくとも、稼ぎ口はあるのだ。
だから幽霊に気づいた者は、要注意人物。
さらに、アリエルとモリー老には、ひとりひとりに後ろから殺意マシマシで切り掛かってもらう。
気づかぬふりをしていたくせに、ここで動いてしまった奴は、まず間者と思って間違いなかろう。
ステップ3
個別に面談。
身分、出身地や在住地、旅の目的などを尋ねる。怪しいところがあったり、しどろもどろになったりした者は、間者ではない。別件だ。
時々、二重否定文やら、小難しい話を振ってみる。商人は頭の回転が速いから、答えられたからと言って怪しいというわけではない。が、混乱した者は、間者ではない。愚直な好青年、故・ハンスのご同類というわけだ。
天真会の出家と、聖神教の神官にも、同席してもらっていた。
「主に申し上げたいことがあるなら、私が伺います。一心に念じながら、祈りを捧げられることです。」
念じさせつつ、口で話をさせることができれば……。
ヴァガンの出番である。
ヴァガンの異能は、「念話」。
触れた相手が「心中では何を話したいか」を知ることができる。
「読心」ではないので、話したくないことは聞き出せないけれど。
「内心での会話」を強制できる状況ならば、強力だ。
「神官さま、神さま、私はただの行商人です!」
(神官さま、神さま、私はただの行商人です!)
(何で俺が!ふざけるな!)
(おかあちゃーん!)
こうしたタイプは、シロであろう。
(主よ、これは試練なのですね。この身果てようとも、我が信仰が揺らぐことはありません。)
怪しい。
行商人は、そこまで敬虔ではない。心中では「楽に稼げる」聖職者を苦々しく思っている者が多い。
中には真面目な信者もいるかもしれないので、決定打にはならないけれど。
(…………)
心を閉ざしているんですね?分かります。お前はクロだ。
いろいろ試してみた結果を、ヴァルメル男爵に報告する。
そして全員を、再び別室に集める。小奇麗な部屋に。
「疑いは解けました。街も平穏を取り戻しております。順にお呼びいたしますので、もう少々お待ちください。」
丁寧すぎると言われたけど、ここで急に偉そうにしても変な感じだし。
天真会のアランを意識してみた。薄ら寒い恐さ、出ているだろうか?
まずは、別件で怪しい者から名前を呼んでいく。
部屋を出た後、イースのお役人から「職務質問」である。
続いて、本当に疑いが解けた人々。
ほっとしたような、これからどこへ行けば良いのか分からないような、そんな顔をしていたが。
「オネスの街もいいらしいですね。近年賑わいを増しているとか。」
「行ってみますか。」
「固まって行けば、安全ですしね。門の前で集合しましょう。」
出る頃には、皆さん商魂を取り戻していた。
残された者は、分かっているはずだ。
見るからに怪しい連中が、先に解放された。
間者になどなれそうもない商人が、解放されていく。
残された者の中には、「顔見知り」がいる。
その状況で、小奇麗な部屋の、一方のドアを閉める。
もう一方のドアには、重装備のナイトを立たせてある。
数人が、やおら立ち上がった。
一人が俺に立ち向かう。
霊能者だが……朝倉を抜くまでも無い。取り外し式長巻の柄で、叩き伏せる。
もう一人の霊能者が、ナイトを壁に押さえつけていた。あの腕力、説法師か?
そいつがユルに押さえ込まれた隙に、三人がナイトの脇をすり抜けていった。
とっさのことにへたり込んでいた者は、間者ではない。
事ここに及んでは、本性を現すはずだ。
へたりこんで商人のふりをしても、助かる見込みは薄いのだから。
「追わなくて良いのかね?」
イースの政庁、その高い窓の外にあるバルコニーから下を眺めつつ、ヴァルメル男爵が俺に語りかける。
「手の者に、追わせております。今逃げている者は、霊能力者ではありませんので。」
戦い、隠れつつ進む間者の逃げ足は遅い。
ジロウが悠々と密着する。
ジロウの気配を頼りにピンクが無理なく後を追い、位置を知らせてくる。
「3人のうち、誰が格上か分かったわよ?指揮を取ってる。」
アリエルが、必要な情報をつかんだ。
「閣下。3人の間者は、あのあたりにいます。青い服を着た者だけは、泳がせてください。」
「死霊術師とは、便利なものだな。で、どうする?」
こうするのだ。
その日の午後、間者はイース郊外に潜伏した。
農機具小屋のようであったが、これはいわゆるアジト、「シノビ小屋」だ。各種細工が施され、地下には倉庫、さらに抜け道。
ピンクにかかっては、丸裸であるが。
グリフォンに騎乗して急襲する。
シノビ小屋を訪れる者を、順に捕らえる。
一人を逃がし、幽霊に尾行させる。捕らえた間者はプロに任せ、情報を搾り出す。
次の「シノビ小屋」を壊滅させる。
ティーヌを渡る。
ギュンメルとウッドメルの邦境である川沿いに、「シノビ小屋」が3箇所あった。
北へと続いている。
書くべきことは多々あったのだが、筆が進まない。
ユルもピーターも、この旅で初めて人を殺める経験をした。
ユルはためらい無く敵を切り捨て。その後で、ため息をついていた。
ピーターは、震えていた。
「ダグダでノービス様を見て、情け無いと思ったものですが。大変な非礼でした。」
間者だの諜報部員だのという連中は、普通の兵士とは違う。
最後まで抵抗するから、かなり厄介だ。
殺した後の感覚も、通常の武人や軍人とは全く異なる。
正々堂々勝負したという、一抹の爽やかさすら感じない。
どこにでもいる隣人を殺したという、粘つくような罪悪感も憶えにくい。
経験の少ない2人に、あまりこちらの経験を積ませたくは無い。
16歳の2人に、変な感覚を憶えこませたくは無い。
そもそも、これは俺の仕事だ。
ヴァガンに手を出した連中を許さないという憤怒は、義憤でも何でもない。
単なる俺の我が儘だ。
だから、俺が斬った。
俺は、俺自身の意思で、何人も斬った。
誰に頼まれたわけでもなく、誰かのためになるわけでもないのに、殺して回った。
言い訳はできない。
ただ、筆が進まない。
北へ進むにつれ、邦境はやがて、山に変わる。
山小屋を偽装したシノビ小屋を2つ潰した。
途中で、山の民に出会った。
「巽の大樫」一族からもらった、友の証を見せる。
歓待してもらえたが、気のせいか元気が無い。
「本来この時期は、北の山へと移動するのだ。だが、今年は山が封鎖されている。北の同族によると、今年だけだと言うておったとのことだが。『巽の大樫』一族も、きっとギュンメルの山中を移動しておろう。」
国境の山を封鎖している?今年だけ?
「どうせ冬になれば、里の者が山に留まることなどできぬと言うのに。」
「妙な一団が、うろついておったしのう。無表情な連中で、隙が無いのに隙だらけ。おかしな連中だ。」
「隙が無いのに隙だらけ?」
「ケンカは強そうだが、山に慣れてない。後ろからつけられておった。」
「お前さん、わしらに気づいたろ?だから挨拶しに来た。あいつらじゃあ気づけん。」
「良かったよ。お前さんがあいつらみたいな、陰険そうな奴じゃなくて。」
「本当に里の者か?グリフォンを連れて歩き、そのかぶと。良かったら一緒に暮らさんか?」
気配に気づいたのは、ジロウとヴァガンのおかげだ。
でも、それだけじゃないような気もして、少し嬉しかった。
ここ7日ほど、散々に人を殺めてきた。それでも、「お前はあいつらとは違う」と言ってくれる。「一緒に暮らさんか?」とまで、認めてくれる。
感受性鋭い山の民が言うなら、きっと俺は、あいつら……おそらく北賊の諜報部とは、違っているんだ。
だけど、一緒にはいられない。
目が覚めた。そろそろ戻らなくちゃいけない。
「あいつらとは違う」人間でいられるうちに。
もうひとつ、大切なこともある。
「今年だけ、国境が封鎖されている。来年には、開かれる。」という情報。
これは、絶対に持ち帰らないと。
何を意味するかは、明確だ。
「ありがとう。里の者との取引に使ってくれ。」
金貨を差し出す。
「受け取れない。旅人を、仲間をもてなすのは、山の民のしきたりだ。」
「そうではない。山の情報をもらったことへのお礼だ。物をもらう時は、ただ施しを受けてはいけないはずだ。」
「よく分かっているようだが。こちらは何も渡していないぞ?」
「鹿がたくさんいる山のことを教えてもらったら、お礼をする。それと同じ話だ。」
「それなら受けよう。しかし里の者には、山が開いているか閉じているかがそれほど大事か?」
「私の一族にとっては、大切なのだ。」
その晩は、熟睡できた。
彼らと別れ、南へ向かうこと半日。
気が緩んでいたか、襲撃を受けた。
「ケンカは強そうだが、山に慣れていない連中」に。
ヴァガンがいる。ジロウがいる。気づいていないわけではなかった。
が、この日の敵は、手強かった。
3人、斬った。
頭目に駆け寄ったところで、左肩に矢を受けた。
眩暈がする。
毒矢だったか……。
頭目が下卑た笑いを浮かべている。
言わなかったか?ああ、互いに名乗りなど挙げていなかったな。
だがこの一週間、俺は言い続けてきた。
ヴァガンに手を出した奴は、許さない!
目が霞む。頭目が、3人に見える。
知ったことか。
気力を振り絞る。
身幅数十センチ、刃渡り九尺に及んだ妖気の塊を、渾身の力で横に薙ぐ。
3人の頭目が、真っ二つになった。
視界が真っ赤だ。
「マスター!」
ピーターの声が、ユルが立てる地響きが近づいて来る。
良かった。
無事、だった、か……。