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第百三話 イースの悪鬼 その1


 グリフォンと共に、湖城イースへと翔る。

 

 辺りは一面の湿地帯。

 北を大河ティーヌ、南を荒河に挟まれた環境ならではの地勢。

 

 ティーヌの流れに繋がる、大きな湖が見えてきた。

 そしてその中央に、いかつい岩山。

 水運の中継地として北サクティの経済を動かすイースの街は、この島を中心として発展した。


 グリフォンが空を駆ける、その行き足は速い。

 滑るように湖へと到達する。


 上空から眺めたイースの街は、弓道の的のような同心円の様相を呈していた。

 

 外縁に、湖。

 その内側、ドーナツ状に広がる商業地が、イースの街。

 そのイースの街からは、4本の大橋が中央に向かって延びる。

 橋の向かう先に聳えるは、白く輝く城。象牙の如く、天を望んで突き立つ。

 これぞ湖城イース。

 極東道の守りの要にして、メル公爵の戦勝記念トロフィーである。

  


 大橋の先端と根元には、関所がある。

 城へ向かう者を誰何する役割を持つ。

 その内側をさらに阻むのが、高く厚い城壁。


 グリフォンを、馳せ向かわせる。

 まだだ。ここで足止めを食っている暇は無い。

 

 俺達の姿を見た城兵が騒ぎ立てる。

 大橋の上を、城を目掛けて騎馬が駆けて行く。  


 眼下の城壁から、矢が飛んできた。

 さすがはメル家、国防の要を担う兵。悠長に誰何などしてこない。


 「まずは射ち落とす、話はそれから。」が城兵の心得ならば、突破してみせるのが武人の作法。

 矢を切り払い、城壁を越える。

 

 まだだ。どこにいる?


 見つけた。兵が数多く集まっている箇所。

 その奥に、一切動揺を見せずに指示を出している男。

 上位の武官に間違いない。

 急降下する。視線が重なる。

 男が口を開く直前、こちらから声をかける。


 「総領ソフィア様からの使いである!我が名はヒロ・ド・カレワラ。攻撃は控えられたし!」 


 グリフォンが着地する前に、飛び降りる。

 メルの家紋が入った羊皮紙を広げる。

 確認し、頷いた男に告げる。

 「至急、城代閣下に謁見を願う。」


 理由を問う男に、もう一度、ソフィア様のお墨付きを見せた。



 付き添って案内する武官一人になったところで、理由を告げる。

 ただお墨付きを見せるだけでは、あまりにも高圧的だから。協力を得なくては、何も始まらない。


 「北賊の間者が潜入しています。戒厳令の発動を。」

 

 「大袈裟では?」


 もっともな質問だ。さすがはイースの上級武官、落ち着いたもの。

 たかが間者。ネズミの一匹入り込んだところで、何ができるものでもない。

 

 その通りなのだ。武官の言う通り。

 だが。押し通らせてもらう。

 決心したのだから。下手人は絶対に許さないと。

 巻き込まれてもらう!


 「異能者が一人、使者を装った者に暗殺されました。暗殺技能を持つ者が城内に潜伏しているおそれがあります。」 

  

 「城代閣下、ほか首脳陣にも危険があると?」

 

 頷きを、返しておく。

 「戒厳令を発動すれば、動きを見せるでしょう。逃走を図るようであれば、侵入・逃走経路を特定し、塞ぐこともできます。」 


 「塞ぐ、とは?」

 武官がいやな顔を見せた。


 「まだ発見されていない抜け道が、複数存在します。私の手の者からの、確実な情報です。」

  

 在住70年のアリエルが言うのだから、間違いない。

 イース攻囲戦も、その後の新城建設も、全て知っているアリエルが言うのだから。


 「信じたくは、ありませんな。正直、反感を覚えます。しかし、『あらゆる便宜を図るべし』と言われてしまうと。」

 

 「私としても、振りかざすつもりはありません。間者の確保も、抜け道の発見も、イースの皆さんにお願いしたいのです。」

 手柄を主張するつもりはない。全て譲る。だから、頼む!


 「城代閣下のご判断次第と申し上げる他はありません。さあ、着きました。」



 すでに、連絡が入っていたようだ。

 通されたのは執務室ではなく、会議室のような部屋。

 円卓の上座に、城代と思しき人物が座っている。

 文武の責任者が、周囲の席を埋めている。空席は、持ち場を離れられない者の椅子であろう。

 

 まさに、即応。

 イースの防衛意識の高さが伺われる。 

 

 「総領からのお使者です。」

 案内してくれた武官が、宣言した後、奥に向かって歩く。彼のために与えられている椅子を引く。序列第四位であった。


 「正規の手続きを経ずに押しかけましたこと、お詫び申し上げます。ヒロ・ド・カレワラと申します。」

 

 「城代のジェンナーロ・(略)・ヴァルメルだ。して、ご用向きは?」


 「戒厳令を発動していただきたく。城内に暗殺者が潜んでいる恐れがあります。」



 俺の言葉に、ヴァルメル城代が眉をひそめた。

 

 「総領が戒厳令をお命じになったわけではないな?差し迫った危険ならば、新都から使者を送っても間に合わぬ。警戒要請であるならば、城門を突破するほど慌てる必要が無い。」


 「私の判断です。私は、こちらに派遣されていた異能者を迎えに行く使者として立てられたのですが、その異能者が暗殺されたことが判明しました。使者としてイースに来た一行によるものです。暗殺技能を持つ者が城内に潜伏しているおそれがあります。」


 「私や、ここにいる者達が危険だと判断したわけか。」


 「はい。」


 「使者とその周囲数名には、怪しいところはなかった。すると、随員だな。市街地の方に宿を取っている者もいたはずだが、そちらは無視して良かろう。城内にある随員は?」


 目を左方に転じた。武官らしき人物が答え始める。

 的確な判断に、流れるような指示。

 アレックス様やソフィア様、ギュンメル伯爵にも通ずる、優れた将軍の資質だ。


 考えてみれば、当然のこと。

 湖城イースは、極東道の最重要拠点なのだから。

 のどかな雁ヶ音城はもちろん、新都の西の守りである高岡城よりもなお、重要性としては数段上。

 イースの城代は、極東メル家において、ソフィア様・アレックス様に次ぐ地位を有すると言っても過言ではない。

 

 談話室の雑談で、ソフィア様も口にしていた。

 「北賊との関係、後継者問題、王都との絡み……。いろいろありますから何とも言えませんが。学園を卒業したら、フィリアに任せる可能性もありますね。」

 

 それが、湖城イースの城代という地位なのである。

 一族の有力者に任せるべき、枢要の地。 

  

 現城代にしても、その家名は「ヴァルメル」。

 ウッドメル、ギュンメル。そして、ヴァルメル。

 

 かつて、フィリアから説明を受けた。

 「メル家は、本宗家だけが『メル』を名乗ります。分家は『ウッドメル』『ギュンメル』など、『メル系列であることが分かるような』、それでいて『メルそのものではない』家名です。」

 

 そう。

 ジェンナーロ・ヴァルメル男爵とは、有力な支族の代表であり、なおかつ「その器は、ギュンメル伯に並ぶ」と称される、「人物」なのである。

 

 ヴァルメル男爵の有能さを思わせるエピソードがある。

 ウッドメル伯爵が戦没した後、「ソフィア様かその配偶者が征北将軍位に就くまでの間、『行征北将軍事』(征北将軍代行)を、ヴァルメル男爵に任せてはどうか」という議論が持ち上がったというのだ。

 

 この話は、「ヴァルメル男爵に行征北将軍事を任せるぐらいならば、あの方をこそ」という議論が反対意見として盛り上がりを見せたため、立ち消えとなった。

 「あの方に任せるわけには行かない」という議論は根強かった。その分、「あの方を差し置くほどの器は、ヴァルメル男爵には無い」という反論も、燃え上がってしまったのだと言う。

 

 ヴァルメル男爵は、少しばかり不幸だったと言えるのかもしれない。

 ギュンメル伯爵と同世代ならば、北方に領地をもらえたであろう。ウッドメル伯爵がいなければ、ウッドメル伯爵や「あの方」と、器を比べられずに済んだであろう。

  

 それでも、湖城イースの城代たるヴァルメル男爵は、「人物」である。

 比較対象が眩しすぎるだけのことだ。



 「ふむ。城内にいるはずの随員が2名、見当たらないと?だがその2名、私が見るに大した腕ではなかった。諸君もそう判断していたはずだな。ならば、文官に護衛をつければ良かろう。……お使者殿、戒厳令を出すほどのことは無いというのが、私の判断だ。」


 的確な判断だ。本来ならば。

 しかし、このイースには、抜け道が存在している。

 市街地の方からも、城内に乗り込める。

 その旨を、再び告げる。


 「お使者殿。いや、ヒロ・ド・カレワラとやら。貴君、口にしたことの意味を理解しているか?棟梁・メル公爵閣下の設計と、我らヴァルメル一党の調査・警戒と。その2つに、抜かりがあると?フィリア様……いや、フィリアの側近だからとて、図に乗ってはいまいか?」

 

 ヴァルメル男爵の気配が、膨れ上がった。

 

 軍事、政治、経済、全ての面で極東を支える柱の一茎。

 その個人的武勇は、これも相当のものであった。


 だが、俺も、決心したのだ。

 下手人は絶対に許さないと。

 誰を巻き込んででも、やり遂げると。

 

 ありったけの気を、仲間達の霊気を、吹き上げる。

 男爵閣下、申し訳ないが、一対一ならばあなたには負けない。

 転生して三年目の俺の腕前も、それぐらいの域には達しているのだ。


 武官達が、立ち上がる。

 分厚い胸板を誇る者が、城代の前に立ち塞がる。

 細身に見える男が、俺との間合いを測り始める。


 「分かった!」

 城代のヴァルメル男爵が、大柄な男の陰から大喝を発した。

 「私から収めよう。カレワラ十騎長、貴君も収め給え。お前達も、席に着け。」


 再び顔を見せたヴァルメル男爵の目は、炯炯と輝きを増していて。

 肌は若者のように紅潮していた。


 「貴君、本気だな。使者だからという職務意識によるものではない。事情を話せ……いや、それは野暮だな。証拠を見せよ。この城にある、抜け道を。防御の穴を。真実であったなら、戒厳令を敷き、貴君の話を聞こう。」


 「ありがとうございます!」

 

 「礼を言うのは早いぞ、と言えれば良いのだがな。その気合、どうやら我らの負けか。しかしなぜ、総領のお墨付きを盾に取らなかった?」


 俺の目を覗き込む。

 ヴァルメル男爵は、答えを待たなかった。 


「いや、そうか。貴君の一存であるか。……面白い。見せてもらおう。」


 

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