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第百二話 二度あることは? その3

 


 口を開いたイーサンの対応は、にべもないものであった。


 「君の説明からすると、ご両親は、婚約者の実家に頭を下げ、了承をもらってきたわけだ。『生まれてくる子に跡を継がせる。だからどうか、家同士の提携は解消しないで欲しい』と。……君の婚約者は、優遇を受ける。あるいは、孫の後見人・実の娘としての扱いを受けるかもしれない。それ以上、何が不満なんだい?いや、親にそこまでさせてしまったら、君は不満を口にできる立場にはないはずだ。」


 それでもなお、少年は食い下がる。


 「ああ。全てわかっている。俺は不満を言える立場じゃない。わかった上で、無理を承知で頼んでいる。このままじゃ俺は飼い殺しだ。家のために何一つできず、学園で得たことも活かせず。これから何十年と、何をして生きればいいんだよ?……頼む。俺にもう一度チャンスをくれ。チャンスをつかむ、そのきっかけをくれ。」

  

 「血筋を、次代に繋ぐことができたんだ。家に対する最低限の、そして最大の仕事は果たしただろう?不愉快な表現だが、俗に言う『産ませる機械』としての仕事を。」


 イーサンの言葉は、2年前の俺であったら、到底受け入れられないもの。

 「家社会」という王国の「常識」と、イーサンの人柄と。その両方を知ったから、飲み込めた。

 しかし少年は、納得していなかった。一般論ではない、彼自身の問題だから。

  

 「男と生まれて、それだけか!?俺はただ『産ませる機械』として終わるのか!?」

 

 「それすら果たせぬ者もいる!子が生まれる前に死ぬ男。婚約相手すら見つからない男。戦場に出て生き残った後でないと、縁談も来ない。ジャック君を見たまえ!」

 

 ジャックの名を出された少年が、がくりと首を垂れた。


 自分の責任ではないところで名誉を奪われ、何事も思うに任せぬ中でも地味な努力を続け。

 同じ思いをしている級友を見れば気遣い、態度を変えることなく接する。

 ……それが、ジャックの強さ。

 失意のうちにあってこそ、初めて見えてくるもの。


 「分かった。そうか、ジャックか。済まないな、イーサン。いや、目を覚まさせてくれたこと、感謝する。今の俺に必要なのは、地道な失地回復。すぐ元に戻ろうとするのは、横着だった。」


 10代半ば前にして、性質の悪い遊びを覚え。あまつさえ、薬物中毒。

 それでも少年は、クズではなかった。

 

 これまで付き合いが薄かったとは言え、級友だ。

 俺にできることは、無いのか。

 薬物問題については王国よりも「先進国」であった世界から来た、俺にできることは。

 必死に考えてみても、出てきた言葉は、曖昧なもの。

 

 「薬物の詳細について、インテグラさんに聞いてみるよ。もう少し正確なところが分かれば、周囲の偏見や恐怖も小さくなる。君も診てもらうべきだ。何ができるか、何を任せてもらえるか、きっと見えてくる。」

 

 イーサンの叱咤と比べて、力強さも説得力も無い。

 それでも、少年が笑顔を見せた。 


 「インテグラ先生のお墨付きは大きい。頼めるか?……診てもらって、『あなたはダメです』って言われちゃったら、おしまいだけどな?」


 冗談を言えるぐらいには、元気が出てきたか。

 と、思いきや。少年が急に真剣な表情を見せた。

 感情の起伏が大きいのは気になるが、薬物の影響ではないと思う。半年の間、摂取していないのだから。追い詰められて、つらい思いをしていたせいだろう。 

 

 「俺は恵まれてたんだな。家があって、婚約者もいて、子が生まれて来る。それに、友人がいる。」

 

 友人だと思わせるぐらいのタマではあったんだよ、君も。イーサンへの感謝の言葉、なかなか効いた。

 

 「二度目は無い。今度こそ、しっかりしなくちゃいけないよな。」


 その言葉を残して、少年は帰って行った。




 「僕なんかどうするんだよ。二度目どころか、何度失敗しているか。」


 雰囲気に耐えかねてマグナムの後ろに隠れていたノブレスが、顔を出しざま口にした。  

 

 「ノブレスは失敗も多いけど、大手柄を挙げるからなあ。差し引きすると、『トントンよりは少し上』ってところだろう?」

 マグナムは、ノービス家の伝統を嗅ぎ当てていた。

 「俺もいたたまれなかったぜ。家とか継承とか、そういうことは『家名無し』には分からないから、何も言ってやれない。」


 「いつまでそう言っていられるかな、マグナム君。婿養子の話も出始める頃じゃないか?」

 イーサンの言葉に、ミケとラスカルがむくりと起き上がる。

 「いや、何でもない一般論だよ。16の春に百人隊長なら、将来的には千人隊長だ。そこから上は、家名が無いと。そうだろう?」

 赤くなったマグナムが何か言う前に、先回りしてフォローを入れてやっていた。


 「人が悪いぜ。これが『政のトワ』ってヤツか?」


 マグナムの言葉に、思い出す。

 トワ系かどうかはともかく、先ほどの少年は文官の家系だった。

 これが武官の家系であれば、名誉を失っても、「仲間が率いる一団に陣借りして、戦場で名誉挽回」という手段もあるのだが。

 文官仕事は、継続性が大切。一発逆転が難しい。

 なるべく早く、インテグラさんに渡りをつけないと。

 

 まあ、インテグラさんと話し合う機会は、今後いくらでもある。

 衛生管理については、俺とセルジュに対して「話を聞かせて欲しい」という依頼があったし。

 兵器管理についても、古代大弩と投石器カタパルトの実験データ(……と言うほどご大層なものかはともかく)は学園が所持しているから、結局俺が間に立つことになる。


 これは良いほうに転がりそうだと、思っていた。


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