第百二話 二度あることは? 幕間 アンジェラ・ウマム あるいは大狸羽田…… その2
「しかし教授、どうしてこちらの世界に?事故にでも遭われたのですか?」
「アンジェラって呼んで!……ううん、ボクは自分の意思でこっちに来たんだ。好奇心の女神ちゃんに誘われて。」
小首を傾げるアンジェラ。
無駄にかわいい。あざとい。腹が立つ。
スルーだスルー。
「日本でも研究とか、やりたいこと、やり残したこと、あったんじゃないですか!?」
「ひとつだけ、心残りはあったけど……。講義で言ったこと、覚えてくれてるかな?CIAの妨害を受けているから、研究がはかどらないって。」
ちょっとさあ。この上、「電波系」って属性もくっつくの?
対応に困って言葉を失っている俺の膝の上に、ミケが飛び乗ってきた。
「アンジェラは嘘を言っていないよ、ヒロ。本当にCIAの妨害を受けてたんだ。地球の古代文明の遺跡には、君達にとって未知の技術が眠っている。」
衝撃の事実に頭を抱えたくなったが、女神とアンジェラにとっては常識だったらしい。
この話題は、軽く流されてしまった。
「そこに女神ちゃんが来て、『異世界の遺跡を調べてみない?』って。二つ返事で乗っかったってわけ。……初めは信じられなかったけどね。窓の下にいると思ったら、階段昇ってドア開けて研究室に来て。ただの子供にしか見えなかったよ。」
「こっちの世界に戻る時に見せたでしょ?転移術。」
「あれってどうやってるの?座標とかを打ち込んだりって感じじゃないけど。」
「機械頼りの発想だねえ。神を何だと思ってるんだい?頭の中で着地点をイメージするだけさ!君を迎えに行った時なら、こうだよ。『第○※並行世界……複合宇宙……ユニバース……銀河系……太陽系……地球……日本……乙○ロード!?なにそれ!?後で寄らないと!……××県……××市……××大学……大狸羽田研究室』って念じたんだ!ちょっと着地点がズレちゃったから、最後は歩いて会いに行ったけど。」
おい。
なあ、おい。
今、着地点がズレたって言ったな?
ズレた原因が○女ロードに邪念を抱いたせいで、ズレた結果は……。
「驚いたよ。女神ちゃんの小部屋で、ヒロ君が生まれ変わったのを見た時には。あれで女神ちゃんのことを信じる気になったんだ、ボク!姿もこうして変えてもらったし!」
「乙女○ードは悪くないよ!関係ないひとのせいにするなんて最低だよ、ヒロ!」
女神さんよ。
俺は何も、乙女ロ○ドを責めるつもりは、1ミリも無いんだけどな?
俺が責めてるのは!
抜き放った朝倉を、「ぐぽーん」と音を立てて起動したサイクロプス君の斧に阻まれる。
少しずつ食い込んでいるが、ミケには逃げられた。
アンジェラが俺にしがみつく。
「やめて、ヒロ君!」
もう前かがみになることは無い。
無い、が。
何だこの腕力!?
女性だからって遠慮してるつもりはないが、振りほどけない。
「分かりました。やめますから。教授、そんなに腕力あったんですか!?」
「転生ボーナスだよ。あ、ボクは死んでないから、転移ボーナスか。ボーナスポイントは、VITに全振り。」
「何でまた。研究者なら、知力とかそっちも必要でしょう?」
「ボク、頭いいもん。体力さえあれば、やれるんだ。だいたい考古学は、自分の頭で考えて、仮説を立てて。それに基づいて発掘して、予想を裏切る発見があるから面白いんじゃないか!」
体の力が抜けた。
分かってしまったから。この人は「本物」だと。
女神がわざわざ連れてこようと思うほどの人だ。
日本にいた頃からうすうす感じてもいたが、確信した。
こちらの世界に転生してから、何人もの「本物」に会って、知ったことがある。
「本物」は、どうしようもない。
「本物」の行くところ、全ては薙ぎ倒されてしまう。大きな犠牲が出る。
……そして犠牲以上の、成果を生む。
俺は薙ぎ倒され、巻き込まれてしまったのだ。
納得するしか、ない。
誰も、何も、恨めない。
朝倉を、取り落としそうになる。
なかなか鞘に納められない。手に力が入らない。
「ヒロ君、キミにはまだ、折れる資格は無いよ?」
何を言われているのか、分からなかった。
アンジェラの顔を、見据える。
「出会ってもいない人間が、折れるなんて。おこがましいにも程がある。」
出会う?
あなたも、それを?
「ボクは、知り合いを何人もへし折ってきた。彼らは皆、何かに出会い、狂おしいほどにそれを求めていた。そして、自分では決して届かない物を容易に手に入れる者がいることを知り、へし折られた。」
「……へし折られて、どうなったんですか?」
「教えてあげない。出会ってもいない人には、絶対に理解できないから。焦らなくていいよ。キミはまだ若いんだから。いつか、何かに出会うよ、きっと。……それまでは、おもうさま生きればいいんだ。」
出てきたのは、天真会の李老師と同じ言葉。
タヌキに言われても違和感満載だが。
高校生ぐらいの女の子に言われるのも、何か変な感じである。
俺の微妙な顔に気づいたか、アンジェラが上目遣いでこちらを覗き込む。
だから!あざとくしても無駄だっての!
「大学は研究『教育』機関だからね!ボクだっていろいろ、若い研究者を見てきたんだから!」
納得できるような、納得できないような。
「……教授は、いつ出会ったんですか?」
「教授じゃなくて、アンジェラ!ボクは、子供の頃だったかなあ。運命づけられてたのかもしれない。」
「オカルト話に出会う運命、ですか?」
「ボクの元の名前、安吾(あんご)って言うんだ。大狸羽田・安吾(おおまみゅうだ・あんご)。……こいつをどう思う?」
すごく……いや、そうじゃない。
「どうって、坂口安吾とか?名前以外何も知りませんが……。」
「感じ悪ーい。だからインテリってやーよねー。」
おいこら、大学教授にインテリって言われたくは無いぞ!?
「『あんご』といえば、アンゴルモア。ノストラダムスの大予言。『おおまみゅうだ』と言えば、大バミューダ。バミューダトライアングル。世代もあるけど、そういうの流行ってたんだよね。」
はあ!?アホじゃねーの?
それで将来を、研究内容を決めたって!?
「言霊を馬鹿にするもんじゃないよ、ヒロ君。助教の田島君、中央アジア史を専門にしてるんだけどね?彼女がこの道を志した理由だって、ボクと似たようなものだよ?田島君の名前は春香(はるか)。小学生の時に、友達同士でお泊り会して、テレビをつけっぱにしておしゃべりしてたんだって。ほら。土曜日の9時からやってるアレ。」
何とか君人形ね?
「週明けから、彼女のあだ名はタージ・マハール。」
また、体の力が抜けた。
別の意味で。
「折れる前に、出会いたく無くなってきました。」
「ま、その方がいいよ。出会っちゃったら、止められないから。ボクも結局、名前ひとつも捨てられないでいるし。」
ああ、安吾(あんご)だから、アンジェラね?
で、大狸羽田(おおまみゅうだ)だから、ウマムか。
ヨーロッパ系アラブ人的な名前のできあがり、と。
「でも、なぜウマムですか?大狸羽田(おおまみゅうだ)なら、オマムでいいじゃないですか。表記の違いに過ぎないでしょう?」
「オマムって、何かやらしいじゃん。」
だから、中学生男子か!あんたは!
「ヒロもアンジェラもこっちの世界を満喫してるみたいで、私も嬉しいよ。でも、心残りあったんだ?何?ねえ教えて!」
さらっと俺の名前を混ぜて、自分の責任を無かったことにするのはやめてもらえませんかねえ。
「女神ちゃん、クリスタルスカルって知ってるよね?……ヒロ君も、覚えてる?」
ああ、覚えている。
あれは4月の講義だったか。
オーパーツだと言われていたクリスタルスカルは、実は現代ドイツ人が作ったものだったという話。
大狸羽田教授によると、「そのことはいい」のだとか。
彼にとっての問題は、「ほらみろ、古代人にはそんな技術は無い」だとか、「オーパーツなんて、全部嘘だ」とか、そういう論調が力を得たことなのだと言う。
そこで教授は立ち上がった。
古代の技術でクリスタルスカルを作って見せると。
まず、水晶を大雑把に頭蓋骨の形に成形した。
ここは現代の技術を用いたが、「時間をかければ、鑿などで作れることは、証明するまでもない」と断りを入れている。
その後、アルパカだかリャマだかのセーターを購入した教授、それでひたすらにクリスタルを磨き始めた。
俺達の前でも、実演してくれた。
またぐらに水晶のガイコツを挟み込み、ごしごしとこする。
一日4時間、三年間続けているのだと言う。
ガイコツのおでこは、たしかにつるつるになり、光り始めていた。
大狸羽田教授、声を大にして力説していた。
「複数の人間が、24時間体制で何年も磨けば、必ず完成させることができるんだ。古代の祭政一致体制であれば、この作業は国家事業になる。決して無駄とは思われないはずだよ?古代人でも必ず完成させることができる!オーパーツは一概に否定されるべきものではないんだ!」
この実験と論文が、何と!
イグノーベル物理学賞候補としてノミネートされたのだと言う。
「原始(子ではない)物理学を用いて、考古学に新たな知見をもたらした」という理由で。
その結果を聞く前に、異世界に転移してきた大狸羽田教授。
気になって気になって仕方ない。それだけが心残りなんだとか。
「見てみる?君達が言うテレビみたいなもので、中継できるけど。」
女神の言葉に、俺達はその「テレビみたいなもの」を覗き込んだ。
「発表します!今年のイグノーベル物理学賞は……。」
そこで画像が乱れた。
アンジェラがテレビ(?)を叩くも、直らない。
「無駄だよ。この時の地球に、何らかの時空的な変調があったんだと思う。何度繫ぎなおしても、画像はこのままだ。」
「うーん。緊急速報のテロップが出た画面は、再放送しても録画してもテロップがくっついたまま、みたいな感じ?」
「そうそう、諦めてよアンジェラ。……でもおかしいなあ。ここまでの画像の乱れ、私みたいな上位存在が介入しない限りは、起こらないはずなんだけど……。」
ミケの中から、物騒なつぶやきが聞こえてくる。
気づかない振りをすることに決めた。全力で。




