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第百二話 二度あることは? その1


 「辺境伯閣下は守成の人とばかり思っていましたが。」


 「いきなり跡取りを人質に預けるなんて勝負に出たり、客を迎えて一息ついた翌日の寝起きを急襲したり。曲者かもしれないね、あの人。」


 「いろいろと勉強にはなったでござるな。」


 「情報も数多く持ち帰れそうですし。」


 防御施設の詳細な図を、ピンクに描かせておいた。

 通常、そこまで見せてくれるものではないはずだが。

 そこまで手の内を晒してでも、メル家との関係を強化したいということらしい。


 「極東に領地を持つ以上、当然にござるよ。メル家と対立したまま北と戦をしては、干し殺しにされてしまう。」


 それが、新都と湖城イースを押さえ、ティーヌの制水権を支配している者の強みだ。

 大防壁も、鍛え上げられた軍も、意味を成さなくなる。


 行きはいろいろと緊張もあったが、交流を深めてしまえば、帰りの旅は穏やかなもの。

 各人各様に郎党衆との交流を深める仲、ただひとり微妙に距離を置かれている者がいた。

 サラの側近、クリスティーネ・ゴードンだ。


 仕方無いと言えば、仕方無い。

 クリスティーネの父は、表向きは勘気を被ってミーディエ家を出たことになっている。

 郎党衆とすれば、その娘と表立って交友を結ぶわけにはいかないのだ。

 サラが成人を宣言し、正式にクリスティーネを個人的なスタッフとして取り立てれば、きっと風向きも変わるはずだが。


 「故郷だというのに、肩身の狭い思いをさせていますね、クリス。」


 バンド県の田園風景を眺めながらの帰り道、サラが声をかけていた。

 5~6歳ごろまで、クリスティーネはミーディエで暮らしていたのだ。

 

 「いえ、サラ様。私は子供でしたから。……強い思い入れが無いのは、幸いだったかもしれません。」


 「この家を覚えているかい?君達とは、家族ぐるみの付き合いをしていたんだ。国を出る前、君達はここに一泊したんだよ。」

 

 バンド県知事が、自らの私邸を指差していた。

 

 「私とゴードンは、ウッドメルで共に踏みとどまった。しかし戦後の政争から、私は逃げた。真正面から引き受けたあいつを盾にして。許してくれなどと言うつもりはない。ミーディエには、私達古参の武官が必要だったのだ。いまもその思いは変わらない。私でなくて、誰がミーディエの農政を支える。」


 話すうちに興奮し、顔を赤くしたバンド県知事。

 腹芸も何も無い。珍しいと思わなくも無いが、この人も武人肌なのかな。


 娘の前で父のことを悪く言ってしまったと気づいた知事が、クリスティーネと顔を合わせて、赤面した。

 「だが、一人の男としてのゴードンには、私は及ばないな。あいつ、一人でカッコつけおって。……そうそう、息子もいたはずだ。彼女のお兄さんが。」


 クリスティーネに対して「君のお兄さんは?」と聞かずに、俺達の方を見た。

 妹では謙遜が入ると思ったのだろう。

 

 「学園で、活躍していますよ。常に率先して困難に立ち向かっています。」


 俺達の評価に、バンド県知事は、複雑な表情を見せていた。

 懐かしげで、苦々しげな顔。


 「息子には、せめて器用に生きてもらいたいものだ。困ったことがあったら、言いなさい。できるだけのことはする。」


 人柄を、見抜いたんだな。父親に重なるところがあるだろうと。


 もう一つ二つ、出世的な意味で、壁を乗り越えることができたならば。

 ジャックは、ゴードン家は、昔の付き合いを取り戻すことができる。

 その日は、遠いものではないはずだ。

 



 船に乗って帰り着いた新都は、春3月も半ば近く。

 空気は暖かさを増し、色とりどりの花も開き始めていた。


 総領ご夫妻も、穏やかな表情をされている。

 外交と防衛の方針を、またひとつ固めることができて安堵されたのであろう。


 居残っていたエドワードは、ちゃっかりとドグラスとの交友を深め。

 サクティ・メル(極東大平原)での狩猟を満喫していたらしい。

 

 「西海道とは、違うな。あっちは山や谷が多いから、平原で大会戦になることが少ないんだ。」


 さんざん遊んでおいて、それで出てくる感想が「会戦の有無」。

 こいつもさすがは武のキュビ家と言うことか。


 「有力四家、キュビ四柱をそれぞれ方面軍にするような戦い方に向いた地形ってことか?」


 「まさにその通りさ。家のシステムってのは良く出来てるもんだな。大平原でぶつかり合うメル家は一枚岩、小さい軍団でぶつかり合うキュビ家は分権型、ってな?おかげでウチは同族どうし、突つき合いが耐えない。せせこましくてたまらん。しばらくこっちでのんびりさせてもらうよ。」


 「それだけどさ、エドワード。卒業式、本当に出なくて良かったのか?俺の先輩達、それなりに感動してたぜ?」


 「ま、俺の場合はいろいろあんのよ。しかしヒロはもう一年か。ダルくないか?」 

 

 ダルいに決まってんだろ。

 23歳が中学三年生やるんだぞ?

 でも、ま。


 「俺は記憶喪失で、基本的な知識がごっそり抜け落ちてるからさ。猶予があるのは有難いよ。」


 「そうか、もう一年遊べるんだよな、お前は。俺は使者として王都に帰ったら、また西海で軍人稼業か?メイスやハンマーを振り回す日々。辛いわー。」


 「今とどう違うんだ?」


 「……そう言われりゃ、変わらんか。」




 呑気な会話を交わしているうちに春休みは過ぎ、俺は3年生になった。


 251号室の4人はそのまま351号室へと引越し。

 ハウスキーピング系男子のマグナムが、寮長に就任し。

  

 各種書類を提出すべく、教務課へと向かう。

 目の前には、なじみの四つ辻。

 この交差点で、一昨年はレイナと、去年はサラとぶつかったんだよな。

 今年は……。

 そっと、首を伸ばして覗き込む。期待半分、恐れ半分。そんな気持ちで。 


 いない。

 

 安堵半分、失望半分で姿勢を直したその時、後ろからアタックされた。


 「ヒロ君!会いたかった!」


 なんだか柔らかいものが背中に当たっている。

 いい匂いがする。


 後ろから体重を預けられたせいで、前かがみになってしまう。

 繰り返す。

 「後ろから体重を預けられたせい」で、前かがみになってしまう。


 力づくで振りほどくことは、できない。

 俺の体の前面に巻きつけられた腕は、明らかに女性のものだから。

 紳士たる者、女性に対して手荒な行動を取ることなど、できないではないか。

 振りほどくことができたとしても、そんなことをしたいと思ってはならぬのである。

 いやあ、残念だなあ。

 

 そんな至福の……もとい、困惑のひと時は、数秒で終わりを告げた。

 

 「ヒロ殿。」 

 「紹介をお願いできますか?」


 いきなり攻撃を加えてこないあたり、やはり二人は頭が回る。

 こういう物言いをされてしまっては、俺も時間を稼げない……いや、後ろの女性が俺から離れざるを得ないではないか。

 

 ともかく、俺から離れた女性の顔を、改めて拝見する。

 見覚えが無い。

 

 「どちらさまでしょう?」


 「ひどいよ!ボクの事、忘れちゃったの!?」


 いや、本当に見覚えが無い。

 金髪で、眼鏡をかけている。それにその、何だ、大変に「魅力的なスタイル」……婉曲表現の口が回らないほどであります。服装もその何だ、薄着、いや、フェミニンだし。

 こんな女性、いや女性と言うには若いな。こんな女子、見たことが無い。

 

 「シラを切るか、ヒロ殿。」

 「あるいは、失われた記憶の手がかりかも知れませんよ?」


 それだけはあり得ないけれど。

 勘違いしていただけるならば、これに勝る幸いはございません。


 「叩けば戻るやも知れぬ。」

 「記憶を取り戻したくなってきませんか?」


 流れとしていろいろおかしいでしょ、それ。

 だが、言い訳する時間を与えてはくれないらしい。


 二人の影響で周囲の霊気に変化が生じた、その時。

 背後から音が聞こえた。


 「ぐぽーん」

 「がしょんがしょんがしょん」

  

 背中側から回り込んできた何かが、金髪女子の前に立ち塞がる。


 「郎党?ですか?彼女に害が及ばぬとなれば、好都合です。」

 「いざ、ヒロ殿。」


 いや、この姿は!

 ちょっと待ってく……


 「ちょっと待ってください!」


 フィリア達の背後から、また別の女性……いや、やはり女子が現れた。


 「アンジェラ、また男の人を勘違いさせて!ごめんなさいね。……え?フィリアさん!?」


 「姉さま?……インテグラ姉さま!」


 フィリアと手を握り合っている。

 こちらは、アンジェラと呼ばれた女子とは対照的に、スレンダーなスタイル。

 上下ジャージ姿に、スニーカー。……「的な姿」というのが、正確な表現かも知れないが。

 「陸上部の高校生」みたいに見えるが、天才的な科学者なんだよな、聞くところによると。


 いや、インテグラは後回しだ。

 いま大事なのは、アンジェラ。


 彼女の前に立ち塞がったものは、ゴーレムだ。ほぼ間違いない。

 丸っこい頭。全身緑色。トゲトゲの肩パットに斧を持ち……。

 赤い一つ目が左右に動いている。頭頂高は1.8m。いや、1/10と称されるべきもの。


 「サイクロプス君って呼んでるんだ。ヒロ君も、知ってるよね?」

 強張った顔で振り返った俺に、微笑を返してくる。


 確定だ。

 アンジェラは、転生者。

 地球からの。それもおそらく、日本からの。



 「紹介するわね。こちらは、アンジェラ・ウマムさん。私の同僚というか、友達。人文科学系に強い研究者よ。……アンジェラ、こちら、私の妹のフィリアさん。」

 

 インテグラがアンジェラを紹介しているが……。


 それどころではない。混乱が収まらない。俺の顔は硬直しているに違いない。

 どうにか思いついたのが、「姉なのにフィリアに『さん』付けするのは、第二夫人の子だという立場によるものだろうか?」ということぐらい。


 「姉さま、アンジェラさん、紹介しますね。こちら、私のお客様のヒロ・ド・カレワラさんと、姉さまもご存知の、千早さんです。……ヒロさん。あちらが姉のインテグラです。」 


 「御高名はかねがね伺っております。」

 それぐらいしか、言葉が出ない。

 喉に声が張り付いていた。


 「こちらこそ。カレワラ式浄水器は、目から鱗でした。『難しいものを使わずに、画期的で役に立つ発明をする』。研究者が失いがちな視点を呼び覚ましてもらいました。……それと、アンジェラがごめんなさいね?いつもこうなの。男の人にひっついては、余計な勘違いをさせて。」 


 「アンジェラさんは、ヒロさんとお知り合いでは?」


 フィリアに問われたアンジェラ、無邪気な笑顔を返している。


 「初めまして、フィリアさん。ボクは好奇心の女神の友達だから、シスターピンクの原稿をやりとりしがてら、いろいろ聞いてたんです。」


 ふざけた事実を耳にしたことで、俺はようやく正気に帰ることができたのであった。 



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