第百一話 フォート・ロッサ その1 (続き)
昨日(2016年7月24日)、ここまでを、「第百一話 フォート・ロッサ その1」として投稿したかったのですが、都合により途中までを「その1」として投稿しました。
本日・7月25日付けで、「その1(続き)」を投稿いたします。
また、「その2」も7月25日付けで投稿いたします。
よろしくお願いいたします。
リリュウの県庁所在地からフォート・ロッサまでは、半日とかからぬ距離にあった。
前線から離れぬところに指揮所を置きたがるあたり、やはりこの県は軍人の屯所。
春も3月に入った。
淡い緑色に覆われた山の尾根を、陽光が穏やかに照らし。
そしてその上には、ひと筋の薔薇色がリボンのように柔らかく、東の海沿いから西の国境までを廻っている。
「いい雰囲気だね。」
アンヌが、はしゃいだ声をあげた。
「景色ごとに、見え方が違うんですよ。これが深緑に覆われ、雨に濡れ、強い陽射しに照らされ、やがて紅葉や雪とのコントラストを迎える。いつ見ても楽しめると、評判なんです。」
サラの言葉に、四季の移り変わりを想像する。
間違いない。いつ見てもあの薔薇色は映える。
「軍事施設だってのが、皮肉よね。……ゴメン、批判するつもりはない。大規模な人工物って、大抵は軍事目的だもん。機能美ってのも捨てがたいし、あれが生活を守ってくれると思うと、親しみも覚える。まして自然の山と、ああも調和してるとなればねえ。」
ため息をついたレイナが、横目で「塹壕脳」諸子を眺める。
「なるほど。海沿いの、やや低くなっているところには大規模な防御施設を備えてあるのですね。」
「数kmごとに、同じく砦のような拠点を作っているわけだな?」
「他に、要となる地形にも、手厚い拠点を整備してござるか……。」
「せめて近づくまでは我慢しなさいよ、もったいない。紀行文を仕上げて、歌枕として紹介するのがあたしの務めね、これは。」
「平和であればこそ、歌枕にもなります。国境をもう少し北に押し上げる必要、あると思いませんか?」
「分かってるわよ!批判するつもりはないって言ってるでしょ!どうにかならないものかと思ってるだけ!」
レイナとフィリア。
土台の教養レベルは同じなんだけど。その上で文と武と、どっちに軸足を置くかが違うんだよな、この二人は。
近づくにつれ、柔らかな薔薇色のリボンが、武骨な壁としての姿を露にしていく。
「薔薇の城」と称するよりは、「大防壁」と呼びたくなる姿へ、変貌してゆく。
「壁の内側・南側には、連絡所が数十箇所置かれています。その連絡所を統括する砦が、その南側にまた数箇所。そしてその砦を県庁が統括しています。」
トーナメント表のような形になっているというわけだ。「一回戦が大防壁、決勝戦が県庁」的な形に。
トワ系ならではの、システマティックな枠組み。
「守勢に回られたら、手に負えませんね。勉強になりました。」
フィリアによる、敗北宣言。
実際、すでに似たシステムをメル家でも採用し始めている。
「臆病の裏返しです。子供の頃は、それが嫌でした。」
今は違うのだろう。
サラの顔は、誇りに輝いていた。
最東端、海沿いの防御施設……ちょっとした城だが、そこに入る。
昼食の後、グリフォンの背に乗って、上空から確認したのだが。
絶句した。
南から見た大防壁は、まさに薔薇の城。
優美な貴婦人であったものが。
北から見た大防壁たるや。
これは、悪辣な大蛇。
薔薇色は、あたかも毒蛇の警戒色。
海沿いの城、その北方には菱形に3つの小城が張り出していて、相互に連絡を取り合っている。
その様たるや、北を向くマムシの頭の如し。
延々続く蛇の体も、突かれれば即、周囲が反応して包囲の体制を取れる構造。
その包囲を抜けるのにぐずぐずしていれば、頭としっぽ、海と山、大防壁の両翼から援軍が出てくる。鉄環が形成されてしまう。
「北賊がこちらに来ることは、あり得ませんね。」
結論が、出た。
大戦の主戦場は、ウッドメルになる。
そしてシオネの予報どおり、午後は雨になった。
グリフォンも、鳥類(?)。雨の中飛ばすわけには行かない。
俺達も当初は、建物の中で見学をしていたのだが。
窓の外に見える兵士達の姿が気になったので、頼み込んで単独で視察した。
単独と言っても、ユルとピーターはついて来る。悪いことをしたとは思うが、必要なことだ。
案の定。
兵が立つ見張り所には、小さくとも屋根が設置してあった。
もちろん、周囲に斥候に出ることも必要であり、その際に濡れるのは仕方無いところだが。
歩哨に立つポイントには、屋根がある。連絡所ともなれば、小屋が建てられている。
「長期戦になれば、士気や消耗に違いが出てくるというわけにござるか。」
「ひとつひとつの施設も大切だけど、守備に対するその思想こそ、学ぶべきだと思わないか?」
「ミーディエ辺境伯家との提携は必須ですか。……軍事はともかく、少なくとも、家同士の交流は、進めていく必要があるようですね。」