第百一話 フォート・ロッサ その1
「いくら談話室でも、そこまで明かすものなのかな。」
北のかたリリュウ県へと向かう俺達に、辺境伯は同行してこなかった。
手放せない仕事でもあるのか、客人への配慮か。
理由はともあれ、本人がいないからこそ口に出せる疑問。
「辺境伯と夫人の不仲、文官と武官の対立は、有名な噂よ。隠したって無駄。」
レイナだったら、談話室でもこのノリで会話できたはず。
やっぱり俺とは違うんだよなあ。
「裏を取るために、辺境伯と夫人の馴れ初めからその後の経過までを全て洗い直せば、不仲が不自然であるということも分かります。」
「演技であるという推測は、簡単に立てられるということにござる。」
フィリアも、千早もか。
口にしなかったのは、分かっていたからと。
「ばれてしまっているならば、隠すよりは明かした方が良い。無駄が省けるし信用もされると、そういうわけか。」
俺だけが周回遅れというわけね。
「『全部見せる』ことにも、意味があるわけ。跡取りを人質に差し出すことも含めて、辺境伯は本気ね、これは。」
「実際に武官を見せてもらわなければ、信用できません。」
「カガイから霞の里への行軍、フィリアだって見てたでしょ?数はともかく、質ではメル家も油断できないんじゃない?」
キッチリと痛いところを突く、レイナ。
「ミーディエの方が上」とまで言ってしまうと、フィリアも突っかからざるを得なくなるから、そこは控える。
「ぐぬぬ」顔をさせるにとどめるあたりが、性質の悪い……いや、配慮のゆきとどいたところというわけで。
「中核部隊は、質でもメルの方が上だろ?ダグダは若手のための演習だぜ、レイナ。」
「旅先でも『少しいやらしい』でござるな、ヒロ殿は。」
俺が叩かれることで、代わりに誰かが不愉快さを感じなくて済む。
俺はそういうことに、幸せを感じるんだ。
ともかく。
「後は、文武の対立が解消できれば、いちおう信用できるわけだよな?文官の方は納得ずくだから、形だけメンツを保ってやれば良いだろうけど。」
「武官については、説得の方法は決まっておるでござろう?」
「千早もやっと元気出てきたじゃん。」
方法は『それ』でいいとして、誰が説得するんだよ。
片意地の強い軍人のこと、フィリアを迎え入れる目はいかなるものか……という、心配はあった。
それこそ、千早や俺が「拳で語る」必要もあるかと構えていたのだが。
これが案外、拍子抜けするほどに素直な歓迎を受けた。
サラがいたからかもしれない。リリュウ県知事がうまく間に立ってくれていたということも、あるかもしれない。
が、ともかく。妙な腹の探りあいをする必要は、なかった。
武官にありがちな「突っかけ」もしてこない。
「それはそれで、問題ではあります。身内の文官よりも、ライバルの武家の方に親近感を覚えているようでは。」
歓迎の宴の後、宿舎のロビーに帰ったフィリアが見せた表情は、かなり渋いもの。
「対立は深刻か。……と言って、俺達に何ができるわけでもなし。」
「ええ。このままであれば、(対北賊の)構想からミーディエを外すだけのこと。フォート・ロッサに籠もってもらって、(敵主力は)メル家で引き受ければ良いのです。」
サラがいる前で、表情を繕うこともせず。
フィリアがぴしりと極めつけた。
「ちょっと、フィリア!」
「いえ、レイナ先輩。ウッドメル伯を見殺しにしたミーディエは、構想に入れてもらっているだけでも、感謝しなくてはいけないんです。口にしていただけるのも、まだ見放されてはいないということ。」
フィリアが、あえて返事をせぬまま、背を見せた。
千早と共に、寝室へと入っていく。
それを見届けたサラが、ため息をついた。
「父は武官寄り。母は文官寄り。跡取りの兄が不在のいま、これは私の仕事ですね。……フィリア先輩は偉いなあ。初陣も、ファンゾ島も、単独で責任者を務めて。ダグダでは、ソフィア様の代行。失地を挽回しなくてはいけないのは、ミーディエなのに。同じ末娘でも、私は何もしていない。」
「ご当主・父上がいるかいないかも、大きいと思うよ。辺境伯閣下とお兄さんがいるなら、サラが仕事をする必要はない。フィリアにかかっている負担が異常なだけだ。サラだって普通以上に努力してる。」
「ぢっと手を見て」いた、サラ。
その掌は、当然上を向いていて。つぶれたマメが、衆目に曝される。
「お姫様」らしからぬその手は、痛々しくはあったけれど。でも、好ましいもので。
「あたしらがいる前で口説きにかかるとは、いい根性だよ。部屋はすぐそこだし、何なら外そうか?」
「大丈夫よ、ティナ。ヒロにそんな根性あるわけないでしょ?」
「レイナ先輩、ティナさんも分かってますから。……サラ様、できることをひとつひとつやっていきましょう?」
「そうね、クリス。さし当たっては、フォート・ロッサの案内から。評判の眺めなんですよ?」
空気を読んで、みなそっと退出していたのだが。
気まずげに残っていたシオネが、ようやく口を開いた。
「そのことですが……明日は、午後お茶の時間頃から、雨になります。行動は早めにされる方が良いかと。」
義務は、仕事は、果たさねばならぬ。
たとえ面倒な貴族女性達を目の前にしているとしても。
シオネよ、「ひと交わり」については、君はヴァガンよりも、見込みがある。
「バカ話振ったあたしが、悪者みたいじゃないか。どうしてくれるんだよ、ヒロ。」
「おかしな雰囲気にしたのは、ヒロよね。」
「口説かれる前に、部屋に入りますね?ヒロ先輩。」
分かったかい?シオネ君。
これが我ら男にとっての、人付き合いというものなのだよ(泣)。