第十話 こども その2
「はぐれ」の脅威を排除し、大量の保存食も確保できた「山の民」。
そろそろ次の場所へ移動する、とのこと。
これから暖かくなってくる時節。火山の東北に広がる森を通り、さらに北を目指すのだそうだ。
火山の北を東へと抜ける俺達とは、しばらく一緒だ。
キャンプ地を引き払うまでの2日間、狩に参加した。
弓は訓練が必要なので、投槍を使う。経験が無くても、まだなんとかなる。
体力的にはキツイが、楽しかった。鹿に当てた時はうれしかったなあ。
キャンプ地に帰り着く。
フィリアと千早が、顔を見合わせた。
「男の子でござるなあ。」
「あんな楽しそうなヒロさん、見たことありません。」
狩は男を童心に引き戻すものなのだろうか。
二人は二人で、引越しの準備がてら、女性陣からいろいろ教わっていたらしい。
山の民にとっても、外部の情報は大歓迎。
要は、おしゃべりしていた、ということか。
「ヒロさんも話題になりましたよ。」
女子会の肴。どんな話題かなんて、恐ろしくて聞く気にならない。
「さよう、一端を申し上げるでござる。」
だから、ご遠慮いたすでござるってば。
「記憶喪失と伺ってござるが、何か手がかりはないものかと。」
予想外の切り口だが、冷や汗モノの話題であることは変わりなかった。
今はまだ無理だ。話せない。
「山の民ではなかろう、とのことでござる。体つき、身のこなしが違うとのこと。」
「街場出身ではないかという話をしていたのです。お金や取引の話に適応できていたのも、そのためかと。」
「ただ、職人の家ではござるまい。手が華奢に過ぎる。同じ理由で田舎の農家でもない。商家と思ったのでござるが……。」
「その割には、先日の小隊指揮です。経験か、少なくとも教育を受けていたのでは?」
日本の教育は兵卒や小隊指揮官を作り上げるのには最適である、ということが証明された。
「山道での動きも、商家の出とは異なるものがあるでござる。日頃の鍛錬の跡が窺えるでござるよ。」
サッカーやってたからなあ。走るのは得意だ。いや、見栄を張った。技術がなかったんだよ。
「では軍人の家系かと言うと、詩的なセンスを除いては、貴族らしさがほとんど感じられないのです。」
「で、ござるなあ。先日の決め台詞に垣間見えた詩藻だけは、高く評価できるでござる。」
勘弁してください。私の気力はもうゼロよ!
「どこかアンバランスなのです。13歳ともなれば、家ごと、仕事ごとの特徴があるはず。」
「あるべきものが足りず、ない筈のものを具えてござる。」
俺は、この世界では不自然な子供なのだ。
当然だ。異世界の人間だもの。
あのダメダメな駄女神め、何が「調整した」だよ。
「死霊術師の家系、というものがあるのでしょうか?」
「謎が多いゆえ、分かりかねるでござるが、それならば納得いくところもあるでござる。」
追及はまだ終わらない。このままの流れでは、持ちこたえられそうにない。
「ヒロさんは、不安ではありませんか?」
「ま、分からなくとも当座は問題ないでござろう。」
二人の認識は、異なっていた。お互いに、ややバツが悪そうな顔をしている。どうやらこの話題からは、解放してもらえそうである。
翌日から、移動。
男たちと犬が集団の外周に立つ。ジロウにも哨戒の仕事を任せた。
フィリアと千早は女衆と一緒。山の民は、女衆でも戦闘力を持ってはいる。それでも二人がいれば「心強い」から、と言っていた。
俺は大ジジ様の近く。話し相手と世話を任せる、とのこと。
俺達への配慮だ。客人でもあるし、危険なポジションに置くわけにはいかない。
反発される前に役割を与える。気のきついこどものあしらいには、慣れているようだ。
大ジジ様とは、いろいろな話をした。
大ジジ様、もともとは、「山の民」ではなかったのだそうだ。10歳を迎える前に死霊術師になってしまい、迫害された。使役していた霊の協力を得て、世間で言う「死霊術師らしい」手段によって、必死に生き延びた。
「どんな子供であっても、おとなの教育、しつけ……そんなご大層なものでなくとも良い、『おとなと一緒に暮らした経験』が必要なのだよ。それがないと、得られぬ感覚がある。」
その「感覚」がないから、やりすぎた。
あたりまえの「感覚」が「ない」という隙を突かれて、死に掛けた。
街から逃げ出して、山の民に拾われた。
「我らが慮るは、心根の善し悪しのみ。」その時に言われた言葉だという。
自分では、どう考えても「善い」とは思えなかったが、彼らの見る目は違っていた。
「おとなの体に、こどもの魂が入っている。」そう、言われた。受け入れられた。
やれることをやり、やってはならぬとされたことを守り、共に生きていたら、一番の年寄りになっていた。大ジジ様と呼ばれるようになった。
「ヒロ、お前は姿は子供だが、中身はおとなじゃ。子供のころ、おとなと暮らしてきた、おとなじゃ。きっと大丈夫。つながりを大切にしろ。人を大切にしろ。いや、言うまでもないか。お主は分かっている。幼子の浄化で見せた姿、『はぐれ』に飛び込んでいった姿、ワシもこの目で見た。お前に必要なのは、むしろこちらか。『やり過ぎるな』。」
何なら、山に逃げて来い。ジロウについてくればいい。我らはお主を歓迎するであろう。
そんなことを、言ってくれた。
人のつながり、か。
やり過ぎるな、か。
分かるような気もする。分からないような気もする。
だがしかし、「大ジジ様が口にした」ということ。
その事実が、俺の心に、何かを残していった。
そんな気がして、ならなかった。