第一話 老人 その3
場所を教えてもらい、ベッドから立ち上がろうとして、ふらついた。
何かおかしい。目に見える世界がいつもと違う。
両足を踏みしめたところで、ベスが近付いてきた。
「大丈夫?」
あれ、ベスってこんなに大きいの?どう見ても子供だし、ベンさんと比べても、頭身的にも、それほど背が高くは見えなかったんだけど……。間近に見ると、一応平均身長以上(172cm)はある俺と、目の高さが変わらない。
「ん、ああ、大丈夫。」
そう答えて、トイレに向かう。やはりどうもおかしい。
そうか、この家の人はみな背が高いのか。家具も間取りも、全体的に大きく作ってあるんだな。
用を足すべく、ズボンを下ろし― 寝ている間に、着替えさせてくれたみたいだ ―悲鳴をあげそうになった。いや、小さく悲鳴を上げた。
「ヒエッ」
高い声。自分でも情けない。ただ、情けない声になるだけの理由はある。
小さい。生えてない。
子供かよ!
そう口に出して、悟った。
ありえるはずなどないことが、この身に起こっている。頭は認めることを拒否しているのに、感覚的には気づいてしまった。いや、ほんとうは、ベッドから身を起こした時点で、分かっていたのかも知れない。
俺は、子供になっている。
映る物を探して、陶器の表面を覗き込む。やはり間違いない。そこにあるのは、アルバムにしか残っていないはずの顔だ。
「まるっきり知らない、よその子供になったわけじゃないんだな。」
つぶやいてみて、ふと気づく。そんなことに思い至る程度には、冷静みたいだ。
とりあえず用を足そう。
……背が一気に伸びたのは、中3だ。毛が生えたのは、中2に入った頃。割と遅かったんだよな。声変わりも同じ頃だったか?他に、何かなかったっけ。今の身長、正確には分からないし……、そうだ!
半ズボンから見えている、右膝を確認する。見慣れたひっつれがそこにはあった。小6の時、階段でコケて、何故かスッパリと開いてしまった、そのなごり。
どうやら、今の俺は13歳、中1前後ということらしい。
上下にしっかりと振るって、そう結論づけた。
頭も膀胱もスッキリしたところで、急にうそ寒さを覚えたのは、用足しに伴う放熱によるものではない。
大人が子供になってしまった。そんな不思議がまかり通っている「ここ」は、いったい「どこ」なんだ?
建物・内装・ベンさんやベスの服装……ここが現代の日本でないということは、認めざるを得ない。
トムじいさんもそうだ。幽霊が見えるなんて、いったいどういうことなんだ!
思考がそこまでたどり着いた瞬間。
便器の上に福禄寿のどアップが浮かび上がった。
「呼んだか?」