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第九十九話 霞の里 その1


 島々に停泊しながら進むこと数日、横に長く広がる陸地が見えてきた。

 ミーディエ辺境伯領だ。

 

 快速帆船が、速度を落とす。金管楽器の音が、大きくなってくる。

 一同が甲板に整列して笑顔を振りまく中、船が穏やかに繋留された。


 敷かれた赤絨毯の上を、サラがフィリアの手を取るようにして進んで行く。

 数歩も進まぬうちに、正装した壮年男性がにこやかに寄って来た。カガイ県知事だと言う。



 台形の上に長方形を乗せたような形をしたミーディエ領は、行政区分としては5つに分けられている。


 北の長方形は、南北2つの正方形に近い形に分割されている。

 北側の正方形、北賊との国境に面しているのが、リリュウ県。

 南側の正方形が、ミーディエの首府、ミーディエシティ。


 東ティーヌの流れをその長辺とする南の台形は、東西方向に3区分されている。

 一番西側が、バンド県。中央が、カガイ県。東側が、霞水地域。


 首府を除いた各地域を「県」と名づけ、知事を派遣している辺境伯だが、一箇所だけは、区分も特殊であれば知事も派遣していない。地域名への配慮も見られる。

 封建領主にそれだけの「はばかり」を感じさせる存在、それが「霞の里」というわけだ。


 霞水地域の西隣であるカガイ県は、ミーディエ領の玄関口。

 ミーディエシティと並ぶ、辺境伯領における経済的中心地だ。

 馬車からの眺め―各種施設や街並み、一行を歓迎する市民の様子―は、この地域の豊かさを感じさせるもの。 

 

 パレードの先頭を行くのは、主賓フィリアと伯爵家令嬢レイナ、そして歓迎役(ホステス)のサラに、カガイ県知事を乗せた馬車。すぐ後ろを、侍衛の千早が騎馬で進む。

 華やかだなあ。


 続く2台目の馬車には、古き家柄の王国直臣・カレワラ家の当主である俺と、霞の里の若君・ヒュームに、歓迎役のバンド県知事と霞の里の先代当主が乗り込んでいる。


 ミーディエ領南西部にあるバンド県には、豊かな農地が広がっている。兵士や領民の胃袋を満たすという重大な責務を負っている県知事は、いかにも「農政担当です」という雰囲気を漂わせていた。……憎めない笑顔を浮かべる、煮ても焼いても食えないタヌキ。


 もう一人の歓迎役、霞の里の先代当主とはすなわち、ヒュームの祖父。

 ヒュームに似ているような、似ていないような。

 眉毛が垂れ下がっているために、目をうかがうことができない。顎も真っ白なひげに覆われていて、顔の輪郭がつかめない。これぞニンジャマスター。……やっぱり、煮ても焼いても食えそうに無い。


 彼らと向かい合うようにして、無表情のヒュームと薄い顔をした日本人が乗り込んでいるわけで。

 華が無い。どうしようもないほどに。

 沿道の歓声も、俺達が通過する段になると明らかにトーンが下がる。

 馬車の振り分け、少しは考えろよ。


 「失礼をいたしております、カレワラ様。カガイ県は商業地域ゆえ、知事も市民の人気を気にせずにはやっていけないところがあるのです。」

 

 日焼けした笑顔から掠れた塩辛声で語りかけてくる、バンド県知事。

 俺の心中の愚痴など、お見通しというわけね。

 ついでに、「私は人気など気にせずやっていける政治家だがね」と来たものだ。


 「それにしても、あやつめ。役得が過ぎますなあ。……カレワラ様は、学園であちらの令嬢方とお過ごしなのでしょう?羨ましいお話です。」


 おっさんトーク。

 社交向きでない自分のキャラを理解しているからこそ、だろうな。

 羨ましいなんて、実際には欠片も思っていないはず。だから下品に聞こえないのだ。

 そんな彼に、すこしばかり興味を惹かれた。


 「気苦労ばかりですよ。おっと、これは失礼。こと辺境伯家ご令嬢におかれては、さすが率直なお人柄。何度も助けていただきました。」


 何の話に食いつくか。とりあえず、サラの情報か?

 視界の片隅で表情を伺いながら、沿道に手を振ってみせる。

 黄色い声は…おっ、上がった。ごくわずかだけど。



 バンド県知事が、言葉を返してきた。

 抑揚を抑えた声で。


 「ダグダ遠征でご一緒だったそうですな。ウッドメル爵子の若君ともども、カレワラ様には随分とお助けいただいたとか。」

 

 それか。

 彼の関心は、サラ個人と言うより、ミーディエ家とウッドメル家、引いてはメル家との関係。

 ……その件ならば、伝えて広めていかなくてはいけない。

 

 「ウッドメル爵子のセイミ君とは、特に仲良くされていましたよ。遠征の後半には、お二人とも本部付きに昇格され、征北将軍閣下とも親しく会話を交わされたそうです。子爵閣下(ドグラス・ド・ミーディエ。付随爵位)も、メル館で総領ご夫妻と、ずいぶんお話が弾んでいらっしゃいました。」


 前の馬車に目を向け、確認する風を見せつつ、言葉をつなぐ。


 「噂話をしていることがバレたりは……していないみたいですね。レディは勘が鋭いのが恐ろしい。サラさんは最近、生徒会の執行部入りしました。フィリア、いえレディ・フィリアとも、楽しくお過ごしです。県知事閣下におかれては、生徒会執行部など、子供の遊びにしか見えないでしょうけれど。」



 言葉を返してくるバンド県知事の声には、抑揚が戻っていた。

 「カレワラ様は、確か独身でいらっしゃるとか。女性の真の恐ろしさを、まだご存知ありませんな?断言してもよろしい。セレモニーが終わり、宿舎にお帰りになった後、必ず言われますよ。『馬車では随分お話が弾んでいらっしゃいましたね?』と。」

 

 伝わったとみて良いのか?これは。

 確認ではないけれど。もう一度だけ、パスを出してみる。 

 

 「あいたたた。目に浮かびます。」


 タヌキが、笑顔を見せた。

 「まあ、そのような他愛も無い会話を交わせるなら、良いのです。冷戦状態になり、顔色を伺うようになり、発言を憚るようになってしまっては、もう。」


 良し!

 

 「ええ。罵り合いであっても、『付き合いがある方がマシ』。それは私にも分かります。」


 「『ご近所にまで、聞こえるぐらいが良い』。そうですな?カレワラ様。」

  

 これぞトワ系。

 郎党に至るまでこの伝だから、たまらない。

 


 欲しい情報が得られたところで俺との会話を断ち切ったバンド県知事が、老人の耳元でがなり出した。

 「ご老人。歓迎役が居眠りは、感心できませんな。馬車にただ乗りするつもりですか?起きたふりでもしていてください。寝たふりも起きたふりも、お得意でしょう?今度はあなたの番ですよ?」

 

 それにしても大きな声だ。

 「ワシが引き出した情報にただ乗りすることは許さん」と、そういうわけか。

 通常ならば老人虐待に近い光景だが、相手はニンジャマスター。まるでこたえていない。

 


 「何度突ついても、私では歯が立たないのですよねえ。お孫さんとは会話が弾めば良いのですが。」


 顔を向けられたヒューム、相変わらずの無表情で。

 「今のお話、大変に有意義ではござったが。某も手紙で里に送っていた話ゆえ、聞き飽いていたのやも知れませぬな。」


 「皆さんと同学年。ちょうど良い年にお孫さんが生まれたものだ。……何か面白い話はありませんかな?」


 ヒュームの目が、眠そうに細められ。

 そしていきなり、爆弾を放り込む。

 「ミーディエ南部の天候、今年は順調だそうでござる。新都の研究機関からの情報にござるが。」


 「ほう!?まことなら、これは貴重な……。」

 

 ヒューム!船が港に着いた瞬間に、シオネから天気予報聞いたんだな!?

 農政担当相手なら、その情報は千金の価値があるからって!


 「何せ天候の話ゆえ、確証が取れるわけもござらぬ。情報のルートが断たれてしまいましたゆえ、来年以降は聞き出せませぬ。継続的に得られる情報ではないゆえ、大した価値にはなりませぬが。それゆえにこそ、雑談向けの話題かと。」


 シオネの存在は、隠し抜く。

 だから信用が置けるというところはあるけどさあ……。

 全く、油断も隙も無い。



 霞の里の若君、面目躍如。

 目の前で居眠りしている(?)老人も気になるし。

 いったい、どういう連中の住処なんだか。

 

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