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第九十八話 来訪 その1


 交流会は、無事に終わった。


 船便を利用させてもらう了解をメル総領ご夫妻から取り付けたので、生徒達の帰りの旅費はだいぶ軽減できたと思う。

 この船便は、いわゆる戻り駕籠。「メル本領から、郎党を極東に送り込んでいる船便」の、帰り道を利用するものだ。

 もともとメル家としては織り込み済みの負担ゆえ、快諾してもらえた。



 なお、エドワード・B・O・キュビは、このまましばらく極東に留まると言う。

 「どうせ後は卒業証書受け取るだけだし」とのこと。


 そのエドワードについては、位階が上がる旨の内定があった。

 仮にもキュビ本家の息子が、庶子とは言え社会人(?)デビュー時に六位はまずいと、それが実質的な理由。

 形式的な理由はと言うと。

 「ダグダの件で王都から新都へ使者が送られたならば、当然、太子殿下も国王陛下に返答の使者を送る必要がある。使者の随員(伯爵の護衛)としてやって来たエドワードは、帰りも随員であるが、今度は国王陛下に謁見する可能性がある随員だ。謁見の可能性があるならば、その使者には五位の格がある。」と、そういうわけ。

 詐欺師の如き論理操作だが、ともかくエドワードは、従五位下を得ることとなった。


 「どうでもいいと思うんだがな。キュビ家の兵を率いて戦に出れば、いずれ位階も上がっていくだろうし。」

 などと、エドワードは言っていたのだが。

 エドワードに「この時点」で「五位」を与えておいたのは、政権要路にある高位貴族全体の合意によるものであったということを、後に俺は知ることとなる。



 まあ、それは後の話。

 この年の2月後半は、それどころではなかったのだ。


 極東道の政庁を来訪した客人が、引き続いてネイト館に現れたから。


 その客人、謹厳そうだが神経質には見えぬ、整った顔立ちをしていた。

 俺と変わらぬ身長。だが、年上であろう。体に厚みがある。

 それなりには「使う」ようだが、一見した印象としては、武人と断言するには躊躇いを覚える。

 誰かに似ている。イーサン、かな?……そうか。「鍛えた文官」的なイメージなんだ。

 いや、イーサンとも違うな。気になるのは口だ。引き締まった、いかにも強情そうな口元。誰かに似ているんだけど……。


 パッと顔を合わせて会釈を交わしている間に頭を駆け巡ったそんな想念は、ソフィア様に遮られた。


 「ドグラスさん、紹介します。こちらは末の妹、フィリアです。左右が、客人の千早さんと、ヒロ・ド・カレワラさん。離れて立っていらっしゃるのが、キュビ家から極東に遊びに来られた、エドワード・B・O・キュビさんです。」


 向き直ったソフィア様から受けた紹介は、シンプルなものだった。

 「皆さん。こちら、ドグラス・(略)・ド・ミーディエさんです。ミーディエ辺境伯閣下のご長男です。」


 少し、気を呑まれた。

 ミーディエ辺境伯の跡取りが、なぜメルのネイト館に?

 

 「驚かれるのも当然です。メル家の皆様が我らに抱いている感情を、私とて知らぬわけではありませんので。侯爵閣下(ソフィア様)と将軍閣下(アレックス様)にはすでに申し上げたところですが、人質として参りました。」

 

 ドグラスが俺達に施したのは、社交的儀礼などかなぐり捨てた、単刀直入なご挨拶であった。

 しかし、それにしても、人質って?


 疑問を口にする前に、ソフィア様が種明かしをした。

 「ミーディエ辺境伯閣下から、フィリアに『遊びに来てはいただけないか?』とのお誘いです。ダグダ遠征にサラさんをお招きした答礼であるとのお話ですね。」


 「代わりに、跡取りのご嫡男をひと月ほどネイト館に遊学させたいとの仰せだ。」

 アレックス様は、実に楽しそうな笑顔を浮かべていた。


 なるほど。メルとミーディエは、仮想敵とまでは言えないが、これまで関係は最悪に近いものがあった。

 ただフィリアを招くのでは暗殺だの誘拐だのの疑惑を招きかねないから、「フィリアに何かあったら、跡取りの首で責任を取る」と。最高のカードを切ってきたわけか。

 関係強化が必要とは言え、一気に踏み込んできたものだ。

 やるなあ、辺境伯。


 アレックス様と、目が合った。

 「みな、同じことを思ったようだな。」

 

 「ええ、お義兄さま。喜んで辺境伯閣下からのご招待にあずかります。」

 フィリアが、間髪入れずに答える。


 「だが、義父上が目に入れても痛くないとお考えの、末娘。その保護者代行としては、簡単には許可を出しかねる。」


 「将軍閣下。父も、似たようなことを申しておりました。『公爵閣下のお気持ちを思えば、サラも遊学させるべきところか』と。」


 妹の命も預ける、か。

 ドグラスは重い決断を叩きつけてきた。サラそっくりの引き締まった口元から。

 退く気は一切無いようだ。

 


 「そこまでしていただく必要はありませんわ。フィリアが遊びに行くのとご一緒に、サラさんは里帰りをなされてはいかがでしょう?」


 ソフィア様、それは譲歩とは申しませんよねえ。

 「サラはフィリアの傍に置いて人質にする」って。


 「ちょうど去年の今ごろでしたかしら。南ファンゾの紀行文、素敵でした。旅遊とあれば、レイナさんを置いて行っては恨まれてしまいますわね?」

 

 さらにレイナも人質ですか。

 「追撃をかける時は、徹底的に」というわけですね。勉強になります。

 

 だが、ここまで言われても、ドグラスは一切動じていなかった。


 「辺境伯家としては、そのご提案全てを受け入れる準備があります。両家の友好のために、ぜひお出でいただければ、これに勝る幸いはございません。」

 

 「準備がある」と言ってはいるが、予め決めておいたことではなかろう。

 「何があっても話をまとめろ」と指示されていて、ドグラス本人も不退転の決意をもって臨んでいる。それだけの話だ。


 そのドグラスの気合に、アレックス様が再び笑顔を見せた。


 「私達の負けだな。初めは文官かと思ったが、さすがは辺境伯閣下のご嫡男。見事なお覚悟だ。」

 「ですわね、アレックス。……ドグラスさん、改めてこちらから使者を出し、細かい話を詰めていきます。どうぞのんびりと、ご滞在くださいね?」

 

 

 

 と、なれば。

 メンバーは……いつもの3人に、レイナとサラは確定。

 それぞれのお付き、クレア・シャープにお珠に、ピーターにユル。エメ・フィヤード。ティナ・ウィリスにクリスティーネ・ゴードンか。ヴァレリアはどうだろう。千早は彼女を従卒にするつもりであろうか。


 地元のヒュームと、ハクレンは当然。

 これは、霞の里も訪問することになるな。

 逆にジャックは連れて行けない。微妙すぎる。


 マグナム、ノブレス、キルトあたりをどうするか、だなあ。


 問題は、ヴァガンだ。

 ソフィア様からは、「是非お願いしたい」との内意を受けている。

 何かあった時フィリアを逃がすには、グリフォンは最適だから。


 だが、千早はその話をヴァガンと天真会に言い出せずにいた。

 まつが、出産後に体調を崩していたから。


 赤ん坊(男の子であった)は、健康そのもの。それが慰めではあるのだが。

 ヴァガンはここのところ意気消沈し、なかなか学園にも出てこない。ずっとまつのそばにいる。

 3年生のヴァガンは、「あとは卒業証書だけ」なので、それは構わないのだが……。


 まつの容態は決して油断できるものではない。ヴァガンをそこから引き離すなど、とてもできない。

 その気持ちは、千早だけではなく、俺もフィリアも抱いていた。

 とは言え、ソフィア様の内意を伝えぬわけにも行かない。

 と、なれば。口にしづらい話をするのは、俺の役目というわけで。 


 「難しい、の。」

 俺の話を聞いた李老師の返答は、沈んでいた。


 「私としても、今のヴァガンを連れ出す気持ちにはなれません。」


 「グリフォンだけ連れ出すということはできぬかのう。」


 「はい!?ああ、あらかじめヴァガンを交えてよく打ち合わせをしておけば。」


 「何とかなると、思うがの。……難しいが、の。」


 二度目のつぶやきに、引っ掛かりを覚えた。

 まさか、老師……。

 「難しいとは、その。」


 「軽々に口にすべきではなかったか。許してくれ。年を取ると堪え性が無くなって困る。」


 「ええ!そうですよ。大丈夫です!皆さんがついているんですし……。そうだ!ネイト館のお医者さんに話をしてみますか?それとも聖神教の研究所とか。」


 「そこまで大げさな話ではあるまい。まあでも、そうだの。『病は気から』。そう、大丈夫よ。……グリフォンとの対話の試みなど、我ながら聞いたことも無い。ヴァガンにも良い気晴らしになるであろ。」


 少し、ほんの少しだけではあったが。

 グリフォンと会話するヴァガンの声には張りが戻っていたような、そんな気がした。 




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