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第九十六話 予感 その2


 2日にメル館に挨拶に来た者の中には、レオもいた。

 申し訳ないけれど、挨拶の手間が省けたというところは、ある。


 義手の調子を聞いてみたところ。

 「日常生活に支障はありません。少し重たいですが、『軍人さんなら、頑丈な方が良いでしょうな。』と工房の人に勧められて。」とのこと。

 

 なるほど、「篭手で受ける」発想か。

 他にも何か、仕込んであるに違いないのだが……。

 それは「隠し玉」。聞き出しては悪い。

 代わりにという訳でもないが、兵站仕事の様子を聞いてみた。


 「今のところは、倉庫の整理や積み出し、書類の読み方や書き方を学んでいます。忙しいですけれど、皆さん良くしてくださいます。」


 どうやら、うまくやっていけているようだ。

 工兵や兵站は、身内で固まる意識が強い。

 仲間の輪に入れれば、大きな問題は生じない。きっと、大丈夫だ。

 レオは、慌てさえしなければ、優秀な兵なのだから。




 正月2日、フィリアの元に挨拶に来る郎党は、引きも切らぬ。

 それでも皆、長話をすることはない。

 暗黙のルール、あるいはマナーということであろう。後がつかえているのだから。


 だがしかし。

 その流れ作業の煽りを食ったのが俺。


 ダミアンが、王都から来た郎党やら、他家の若者やらを俺に紹介し始める。

 セルジュも、本領から来た郎党を俺に紹介してくる。


 事情は分かる。


 若手の郎党。その多くは、自分からフィリアに声をかけることのできる身分ではない。

 「頑張って活躍して目に止まり、お声がかりを待つ」立場なのだ。


 とは言え。

 その隣に、立っているではないか。  

 外様の男性ということで、郎党の序列や、社交的配慮を気にせず話しかけることのできるヤツが。

 フィリアとの太いパイプを持っている者が。

 コイツを押さえておかぬ手は、無い。


 ダミアンやセルジュにしても、俺の存在を教え、間を取り持つことで、郎党仲間に「いい顔」をすることができる。小さくとも、恩が売れる。

 2人は、幹部候補。そんなことをしなくても良いはずなのだが……。

 いや、そうした労を厭わぬことによって、幹部候補たりえているのだろうか。

  

 「何ぼーっとしてるの、ヒロ!来た人はできる限り覚えるの!ピンク!陰で似顔絵描いて、プロフィール帳を作っておいて!」 

 アリエル先生の、檄が飛ぶ。

 「ピーターは……言わなくても、やってるわね。感心感心。」

 

 貴族道とは営業職と見つけたり。

 


 実際、死生浮沈に関わるものだと改めて痛感したのは、その晩の談話室において。

 ソフィア様が、にこやかにお尋ねになられた、その時であった。


 「私とアレックスは、挨拶するばかりでしたけど。どうでした、フィリア?身分の軽い郎党の中に、見所のある者はいましたか?」


 「私も、流れ作業の挨拶ばかりでした、姉さま。ヒロさんのところには人だかりができていたみたいですけれど。」


 「では、どうだ、ヒロ。誰かいたか?」

 アレックス様の声は、力強く。

 そして、期待に満ちていた。



 正月元旦、俺はお二人の政策―見所のある者を、極東に連れて来る―に、小さなケチをつけた。

 「上」の政策に不満を漏らした者は、その政策を遂行するに当たっては、誰よりも懸命に取り組む姿勢を見せ、結果を出さなくてはいけない。それをせねば、怠慢か反抗か、そう見られても仕方無い。

 見所のある者を探す責務を負っていたのは、俺。

 そのことを、失念していた。

 

 プロフィール帳を広げ、ともかく必死になって、説明する。


 「第一印象で分かることといえば、武術の腕前ぐらいですが。彼と彼、それにこの若者は、特に優れていると思います。他に、会話をした印象ですが、この人物と、そちらの顔の怖い彼は、『ほのめかしが通じる』人物です。脳筋ではありません。他には、あ、そちらの2人は、『計数に自信あり』と言っていました。実際にどうかは、まだ分かりませんが。」

 

 「似顔絵付きか。これは助かる。複製を頼めるか?」 

 

 「良い仕事をしてくれました。」


 お二人が見せた満面の笑顔に、どうにか胸をなでおろした。

 アリエルに、ピンクに、ピーターに、感謝しなくてはいけない。

 いつでもチームで行動できるというのは、死霊術師であり、従者を持っている貴族であることの強みだ。ここは、自覚していかないと。


 ついでに言えば、第一印象で「武術の腕前」が分かるのは、俺にも腕前があるから。修行の賜物である。

 転生ボーナスとして、成長補正をつけてくれた好奇心の女神にも、感謝を……したくない。

 したくないけど、しないわけにもいかないというのが、腹立たしいところ。

 

 

 明けて3日は、主に身分の高い貴族の子弟達が挨拶にやって来た。

 御当主同士は、元旦に挨拶を済ませている。

 子弟達は、元旦は家で留守番、2日は来客の応接。フィリアと同じだ。

 だから3日に子弟どうしが行き来するわけだが、「メル家に行っておけば、他の連中もいるだろう」という次第。

 だからフィリアは、外へは行かない。

 

 イーサンにレイナあたりとも挨拶をしたのだが……。

 やはり今年は、エドワードであろう。


 エドワード・(略)・B・О・キュビ十騎長、16歳。位階は、庶子ゆえに五位ではなく、正六位上。

 貴族社会における地位としては、だいたいのところ、俺と同じ。

 身分の軽さから言えば、2日に挨拶に来ても良いはずなのだ。

 四位・子爵のウォルターさんが許されるのだから。


 だが、それをしてしまっては、「キュビの息子がメルの総領の下風に立つ」ことになってしまうと、そういう次第。


 「めんどうだとは思わないか、ヒロ?俺も東方三剣士や、現場の軍人には会っておきたかったのだが。」


 「塚原先生は俺の師匠だから、機会があれば紹介するよ。真壁先生と郎党は、ネイト館の鍛錬場に顔を出せば、すぐに知り合えるさ。」

 

 エドワードと俺は、ほぼ同じ地位。

 だからこそ、互いにため口。そこは、当然の判断として、そうあらねばならない。

 エドワードの言うとおりだ。全くめんどくさい。


 「この間の談話室、カンヌの大城の話だが。メルも重心を移すってことだろう?」


 しかしエドワードよ。 

 体裁をめんどくさがるにも、ほどがありはしないか?それを聞くなんて。


 「エドワード、俺は一応、他家の人間なんだが。」


 「その口ぶり、聞いてるんだな?レディ・フィリアと千早とヒロ。メルの遊撃隊。それぐらいの情報はキュビだって押さえてる。……おっと、キルトだったか?そのセンじゃないから、あんまりいじめないでやってくれるか?」


 「分かってる。後で紹介するよ。同族なんだから、紹介ってのもおかしな話だけどな。」 


 「ともかく、話を戻すぞ。キュビも同じ事を考えているんだ。王家、いや、今の宮廷の雰囲気とは、少し距離を取りたい。本領と西を固める必要があるからな。一族が少し、ごたついてるんだ。」 


 「おい、いいのかよ。俺に話して。」


 「総領ご夫妻に伺えば、すぐ教えてくれるさ。誰でも知ってる話だ。……キュビ四柱、有力四家のことだが、それは知ってるな?そのうち、A・G・キュビ家だけが、大城を持っていなかった。キュビ家全体で建設費用を出すことで、各家のバランスを取ろうって、そういう話でもあるのさ。」


 「いい話を聞かせてくれたけど、カンヌについては、俺からは言えない。分かるだろう?」


 「言ってるも同然だぜ?十分だよ。」


 会話が弾み出したところで、人の気配が、近づいてきた。なじみの気配が。


 メル館において「腕ある者」が立つところ、真壁の姿あり。

 それは恐らく、アレックス様の侍衛だからという理由ではない。

 何となく嗅ぎ当てて、寄って来るのである。

 ともかく、真壁先生が、のっそりと現れてうっそりと立っていた。

 苦笑を抑えられない。


 「ちょうど良い。エドワード、あちらが真壁先生だ。君らの言う、『東方三剣士』の一角だよ。……真壁先生、こちら、エドワード・B・O・キュビ君です。先生にお会いしたいと。」


 「初めまして、真壁先生。『力の真壁、剛の真壁』の名前は、西海にまで聞こえております。」


 「こちらこそ、よろしくお願いする。キュビ家の方と会うのは、これが初めてだが……さて、何を使われる?」


 真壁先生だなあ。キュビ家も何も、関係ないですよ、それ!


 「メイスです。長物も、鎚矛。ぜひ一手、ご指導を。」


 エドワードも、率直だ。

 大雑把にくくると、真壁先生や千早のタイプなのかもしれない。

 レイナの言う、「典型的な武人にお育ち遊ばされた」って、そういうことか。


 「エドワード君は説法師(モンク)ですな?そこのヒロは、良いお相手と見えるが。」


 「真壁先生。ヒロは、かわす流儀では?打ち合い稽古ができぬかと。」


 きっちりお見通しってわけね、エドワード。


 「説法師相手では、そうならざるを得ないでしょうな、今のヒロでは。あい分かった。それでは早速。」

 

 

 二人が、長い棒を打ち合わせる。

 エドワードは、力負けしていなかった。これは確かに、説法師だ。

 身体能力強化の倍率といい、技術といい、千早には及ばないが。

 ……それすなわち、俺とはいい勝負だと言うわけで。


 何合かの後、どこかで見たような展開に。

 十分に追い詰めた真壁先生、棒を手放すや、今度は真正面からショルダーチャージ。

 胴に一撃食らったエドワード、吹っ飛んで気絶。


 活を入れるべくめくり上げられたシャツの下の腹筋はガッチリと割れていて。

 ……その真ん中に、青あざ。


 呻きながら起き上がったエドワード、そのあざと俺の頬を見比べて……。

 「どうやら先生のおっしゃるとおり、良い相手のようですね、ヒロは。」


 そうだな、エドワード。

 俺と全く同じ展開だもの。

 真壁先生は、今度は社交に配慮して、顔に入れなかったけど。



 エドワードとは、長い付き合いになりそうな。

 それも、この年頭に覚えた、予感であった。


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