第十話 こども その1
夜が明けた。
あちこち筋肉痛だが、すがすがしい朝だ。
ジロウがこちらに駆けて来る。
「あれ?お前、心残りを果たしたんじゃないの?」
ちょうど近くにいた、「大猪」に、ジロウの性格を聞いてみた。
「犬は、忠誠心が強い。ジロウが幽霊になったわけは、主人である俺を守れなかったという無念にある。『はぐれ』を倒せなかったから、というだけの理由ではないはずだ。今度こそ最期まで守る、ということなんだと思う。俺はそう確信している。少しさびしいが、お前になら任せられる。ジロウを頼む。」
頭を下げられてしまった。
お預かりします、そう答える。
「大猪」の背中を見送りつつ、いまさらながら気づく。
俺は、いつまでこの世界にいるのだろう。
もし、また再び日本に飛ばされることがあったら、ジロウはどうなってしまうのだろう。
痛みを、胸に覚える。
どうすればいいのか、考えても分からない。今はまだ、情報が足りなすぎる。
またあのクズ女神に会った時に聞いてみよう。会いたくはないが、仕方ない。
憂鬱な気分は、朝の日差しには、そぐわない。
そこここを駆け回る子供の姿こそ、明るい日差しには、似つかわしい。
どこから聞きつけたのか、千早のマネをしている。
「だんのーきゃく!」
かかと落としをしようとしては、バランスを崩して後ろにコケている。
そう言えば、子供ばかりではなかった。
昨夜など、大人も、千早の必殺技や、掛け声に興味津々であった。
千早が華やかな美少女だから……という、男の視線とはやや違う。
こう、なんと言うか、変身ヒーローを見るような視線であった。
男というもの、いくつになってもこどもの心が抜け切らないものなのかもしれない。
話題の千早が、フィリアと一緒にこちらへやって来る。
「ヒロさん、頭蓋骨の処理、終わったそうですよ。」
「見に行くでござるよ。」
連れ立ちながら、話を聞く。
「千早のあの掛け声、どういう意味が?」
「掛け声のほうは、理法を説いているのでござる。」
ああ、そう言えばそうでした。
「じゃあ、技名を口にする理由は?」
「気合いを入れるのでござる。気力が充実していなければ、霊力を十分に乗せられぬゆえ。……それに、カッコいいでござろう!」
そんなことを言い放つ。
義務を前にした時の覚悟はおとなであっても、13歳。
「中二」にさしかかるお年頃であることを忘れていた。
「フィリアは?」
「浄霊術は、術式と言いますか、詠唱の手順などがありますから。その点では、あまり融通が効きませんね。」
こちらは冷静か。
処理を終えた、「はぐれ」の頭蓋骨を受け取る。
かぶってみる。やや緩い。大人になっても使えそうではある。
「おお、いいでござるな!」
この問題については、千早への信頼にやや疑問符をつけているところである。
「いかにも死霊術師ですね。『らしさ』というものも大切でしょう。」
フィリアの風向きも、やや怪しくなってきた。
「ヒロ殿も、何かカッコいいことを言ってみるでござるよ。」
千早に勧められる。
「俺には必殺技も呪文も無いよ?」
「死霊術師も、霊力は重要でござろう?」
「はぐれ」の大量の返り血を浴び、真っ黒に染まったローブ。
「はぐれ」の頭蓋骨の兜。
成長期前の、俺の体格。
これしかないであろう。
「闇の(ry)」
かえって気力がガリガリと削られる。
照れてはいけない、こらえろ、耐えるんだ、俺。
「いい!いいでござる!」
千早……。残念な子!
「意外にセンスがあるんですね。」
真顔であった。
ああ、フィリア、お前もか。
「私も何か考えてみるべきかもしれません。」
やめておくことをお勧めしたいが……。霊力がより上乗せされるならば、止めるわけにもいかないか。
この病も、全世界線に共通するものであった。




