第九十四話 歓迎 その7
「デクスターやセシルと会談し、その後大将軍殿下を通じて正式に、ということになりますが。ダグダは準州から、メル家の領邦へと扱いを変えることとなります。」
「よろしいのですか、アルバ閣下?」
アレックス様の声には、驚きの色がなかった。
公爵閣下と連絡を取り合っているんだから、当然か。
「新都に入る前、確認して参りましたが。やはり、あれではとても。コストばかりが大きく、実入りが少ない。諸豪族の勢いもだいぶ殺がれたようですが、我々トワ系官僚団では、手に余ります。」
基本的に言って、王家に(そして、結果的にトワ家にも)献上される領地は、いわゆる都市部・商業地域が多い。
それではメル家が損ではないか、とも見えるかもしれないが……。
王国社会では、商業資本が高度な発展を見せていない。
それに、トワ系は王都の人。遠隔地に広大な領地を貰っても、困る(そちらに居着くこととなる辺境伯家は、例外だ)。
対してメル家は、武家。郎党の末端に至るまで、小なりとも約束の地を得て、一国一城の主に……という思いがある。
そういうわけで。
広い農地と、狭い商業地と。これでフェアなトレード、というところがある。
が、それでも。
「厄介を押し付けると、そうおっしゃいますのね?」
ソフィア様が、笑顔でジャブを放った。
見せているのは「社交の笑顔」。これは本気ではない。
「代わりというわけでは、ありませんが。以前から出ていたお話を、進めようということにもなりました。これは、キュビにも関わりあるところですが……。」
「さて?」
エドワード・キュビが、俺と千早に目を向けた。
「あの2人は、フィリアと一体であるとお考えください。軍事機密でもなく、遅かれ早かれ公表される話であれば、聞かせることには何の支障もありません。」
「これは失礼を。お願いいたします。」
ソフィア様の言葉を受けたエドワードが、すんなりと引き下がる。
やはり、メル家直系については、それなりに情報を持っているようだ。
了承を得たアルバ伯爵が、語りだす。
「若い皆さんはご存じないでしょうから、一から説明しますよ。王畿には、いくつかメル家所領の都市が存在します。累代、何かの機会に王室から贈呈されてきたものです。その都市と、カンヌ州を交換していただけないかというお話なのです。キュビ家にも同様のお話が出ています。」
「伯爵閣下。するとキュビ家は、フェイ州をいただけると?」
「そうなりますな、エドワード君。」
「キュビが羨ましい。王畿四市とカンヌとでは、引き合いがつかぬ。」
「これは将軍閣下らしくもない。談話室で腹の探りあいをして何になります。カンヌの伸び代の大きさは、我らみな知るところではありませんか。ダグダとて、王室と官僚団には厄介でしかありませんが、実力ある郎党をお持ちのメル家にとっては、良いお話でしょう?」
「王畿には、多くの都市がある」ということだけは、知っている。
伸び代はともかく、そのうちの四都市だけで、現在のカンヌ州全体の経済力を上回ると言うのか?
軍事力はいざ知らず、王家の経済力は、相当に大きいと見るべきかもしれない。
そんな頭を動かし続ける間は与えてもらえないのが、談話室の会話テンポ。
アルバ伯爵に呼応するかのように、エドワードの声が、飛んできた。
「おめでとうございます。聞くところによれば、カンヌ州に大城を建設中でいらっしゃるとか。ダグダとカンヌ、2つの前線陣地を得て、これで備えも万全ですね。」
春に、高岡への修学旅行で聞いた話か。
エドワードは、修学旅行でイーサンが見せた思案顔を、言葉に乗せてぶつけてきたのだ。
「なぜ南に、王都側からの侵入を防ぐ位置に、大城を?必要ないはずだ。そちらを前線と考えているのか?王家に備えているのか?」と。
一旦引いて、情報を集めて整理して、それから聞くのがイーサン。
いきなり切り込むのが、エドワード。
個人的な資質の違いか、それともこれがトワとキュビの違いなのか。
いずれにせよ、やってくれるものだ。年はいくつだろう?
しかしアレックス様も、当然ながら、やられっぱなしではない。
「そうだな、エドワード君。2つの後背地を得て、新都防衛の任に万全を期せるというものだ。キュビ家も、キルト君の実家よりも東に、大城を建設中なのだろう?後背地に置くにしては、随分と立派な城らしいね。」
北を向くならば、ダグダとカンヌは後背地になる。
アレックス様の「後背地」という回答は、おとぼけにすぎないが。
返す刀で、やはりキュビ家の大城建設を、指摘していた。
キルトを送ってきたことまでチクチク絡めながら。
実に楽しげな笑顔を浮かべたソフィア様が、すかさず話を先に進める。
「父公爵は、何と?」
「ご同意をいただいて参りました。『後は若夫婦の合意を得られれば。極東の現状は、二人の方が良く知っているゆえ。』とのお話でしたよ。」
「父の申すことであれば、私達としては否やはありませんわ。ね、アレックス?」
「そうですね、奥様。細かい話はゆっくり詰めるとして、その方向で。」
大事な話は、舞台裏で決まる。
議会制民主主義ではないのだから、いや、あるいは議会制民主主義であっても、そういうものなのかも知れないけれど。聞かされる話の、毎度大きなこと。
「『こういう場に招いておきたい』と思わせるように、日頃から立ち回るの。分かった?」
身に沁みました、アリエル先生。
お茶も、頬に沁みております。
翌朝、ネイト館から学園へと向かう馬車の中。
最低限必要な情報を、かき集める。
「キュビの、それも大物が、なんで極東に?王家からの内意を伝えに来るにしても、なんだってまた、そんな人選を?」
そしていつものように、フィリアが教えてくれる。
いつまでも甘えてはいられないけれど、今しばらくは、お願いする他ない。
「両家が不信感を募らせ、衝突でもしようものなら、大変なことになります。だから一族の若者を『遊びに行かせる』ことで交流を図り、明かせる手の内は見せ合う。そうして信頼関係の醸成に努めるということですよ。」
ああ、地球で言う、「軍事当局者同士の、ホットライン」ね?
「緊張が増した場合でも、お互いにやりとりの窓口は持っておくと、そういうことにござるか。メル家の側からは、インテグラ様がその任に当たっていると。」
「ええ、千早さん。しかしもちろん、パイプは複数繫げておく必要があります。『現状は』、『主に』、インテグラ姉さまということです。」
超一流の研究者にして、外交窓口か。
才媛ぶりにもほどがあると思うのだが。
おっと、本題本題。
「エドワードの立場というか、キュビの首脳部について、情報が欲しいんだけど。」
「某には聞いておく必要が……いや、ござるか。フィリア殿の護衛としての兼ね合いで。」
「ええ。お願いします、千早さん。それでは。」
キュビ家は、複数の有力支族が並立する体制を取っている。
本宗家と称されるべき家は、無い。
メル家に喩えるならば、ウッドメル家とギュンメル家とメル家と、その各家に力の差が無いような、そんな体制である。
そして有力支族の中から、代ごとに当主が選出されてくる。
あれだ。日本で言う、「氏長者」というヤツだ。
特に有力な家が、4つ。地理と絡めて、説明する。
王都から西は、王都・王畿―西隣道―中西道―西海道(率府はここにある)、となっているのだが。
西隣道の最南東部を発祥の地とする、エドワードのB・O・キュビ家。
その西の隣地を父祖の地とするのが、B・T・キュビ家。
そこから見て北西、中西道北東部に由来するのが、A・G・キュビ家。
その西隣、中西道北西部に生じたのが、A・I・キュビ家。
彼らが話し合いなり、殴り合いなり、多数派工作なりを行った結果、当主が決まる。
このシステムのメリットは、「バカ殿様」が生じにくいところであろう。ボンクラでは、勝ち上がれないのだから。
デメリットは、代替わりの度に余計なエネルギーを使うところ。関係がこじれれば、その後も力を結集しにくくなるということもある。
「なるほどね。だから北賊の社会体制(民主主義)が、キュビ家に似てるんじゃないかと、そう言われたわけか。対等の者同士が、話し合って決めると。」
「大陸の、古き体制であるようにござるな。王家やメル家は、キュビ家に比べれば新しい……いや、失言にござった。家の歴史の長さについては、某は存ぜぬ。ともかく、王家やメル家は、ある時点で新たな体制を採用したと、そういうことにござろうか。」
家の古さは、その家の名誉に関わるらしい。
千早が気まずそうにしているので、話題を振り直す。
「で、エドワードの、B・O・キュビ家内部での立ち位置は?」
「第二夫人を母とする、三男よ。当代の本家である侯爵家の、それでいて軽い身分ということが、『極東に遊びに行かせる』にはちょうど良いと言うわけ。」
……馬車には、当然の如くレイナも乗り合わせていたのであった。
それはともかく。
そういう意味では、まだ顔も見ぬインテグラ様も、同様の立場だ。
本宗家であるメル公爵家の、それでいて第二夫人を母とする、三女。
「率府に遊びに行かせる」には、ちょうど良い身軽さと、そういうことであろうか。
「そうそう。エドワードも率府学園の生徒よ?あたしたちよりは、1つ上。交流会の事実上の責任者だから、あたしと同じ立場と言うべきかしら?」
「交流会の責任者は、2年生では?ああ、それゆえ、『事実上の』責任者にござるか。」
「そういうこと。トラブルを起こすヤツが出たら、あのエドワードがしばくってこと。うちでその役割を担うのはあんたたち3人なんだから、コミュニケーション取っておいてね。」
「引率責任者が、単独行動して王都からの使者を兼任!?生徒の監督はどうするんだよ。」
「そんなこと、気にしてるわけないじゃん。後で殴ればいいやぐらいのつもりなんでしょ。そもそも、うちぐらいよ?貴族連中が大人しい学園なんて。みんなやりたい放題なんだから。」
「ですね。」
「某が知っておるのは初等部のみにござるが。王都の学園も、さようにござったなあ。」
「エドワードの性格については、従兄弟のシメイが作ったレポートでも見ておくように。第二夫人の子ってことで、家に置いといて冷たい目で見られるよりはってことで、学園に放り込まれたクチ。おかげでひねくれはしなかったけど、のびのびと、典型的な武人肌にお育ち遊ばされたってわけ。フィリアとはいい勝負なんじゃない?」
フィリアというよりも、男でもあるし、アレックス様やウォルターさんのタイプに見えるけど。
いや、問題はそこではない。
レイナの言葉に、馬車の空気が、こう、ね?
冬場だし、そこはかとなく静電気があちこちで発生しているかのようで。
「あ、後さ。カンヌの大城だけど、それを建設する意味は?」
「馬鹿ねえ。これぐらいのやり合いに泡食って。失言よ、ヒロ。あたしのいる前でその話ができるわけないじゃない!」
「いえ、構いませんよ、レイナさん。要は、重心を少し王都から離そうと、そういうことです。これまで、メル家の中心機能が置かれていたのは、本領と王都の2ヶ所でした。これに極東を加えて、本領との双頭体制にする。同時に王畿の都市を手放して、少し距離を置く。そういうことです。王家に含むところはありませんが、極東を一つの領地と捉えるならば、北だけではなく南にも備えを置くのは、武家として当然の心得です。」
現代日本で言うならば……。
発祥の地に本社を残しつつ、大都市にももう一つ「本社」を作るような。
そういう性格の話らしい。
「全く。言えなくて困惑するフィリアを見たかったのに!秘密でも何でもないってわけ?」
「ええ。メルは元々、王家とは別の家でもありました。距離感には気をつけておかないと、取り込まれてしまいますし。何よりも、最近の王都と王畿は、浮華の気風が強すぎます。武家としては、少々距離を置く必要を感じているところです。」
「文化の問題は、立花にも、責任の一端があるわね。一本とられたのは、こっちか。」
「そう言えば、ここのところ鍛錬場に見える郎党衆の数が、目に見えて増えてきたでござるな。うむ、歓迎すべき事態にござる。」
「ダグダの治安維持、オネスとウッドメルの建設。そういった諸事情で、本領や王都から、少しずつ郎党を招いていますから。」
ここしばらく、極東には人が増えそうだ。
ウォルターさんに、アルバ伯爵。
学園生徒に、シメイにエドワード・B・O・キュビ。
そして、フィリアはあえて口にしなかったが、有事に備えて召集されつつある、メルの郎党衆。
手放しで歓迎するには、すこしためらいを感じるところもあるけれど。
カレワラ家の当主として、歓迎いたします、皆様。
それと。
カレワラも何も関係なく、手放しで歓迎すべき人も、やって来た。
予定よりも少しだけ早い、年の瀬に。
ヴァガンとまつの、赤ちゃんが。
B・O・キュビ家とB・T・キュビ家の場所を入れ替えました。
また、スウォミ州をフェイ州に変更いたしました。
ご理解たまわりたく、お願いもうしあげます。