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第九十四話 歓迎 その4

 


 「ウォルター様。こちら、やはりクラスメートのスヌーク・ハニガン様です。ハニガン準男爵家のご長男で、軍人志望。先ごろ十人隊長に昇任されました。」 

 

 先ほどと同様の、ご紹介モードに入ったレイナ。


 「スヌーク様。こちら、ウォルター・ド・リーモン様。私の親戚、立花系の有力貴族のお一人ですわ。リーモン家は、建国王の侍衛であった立花家開祖の弟が建てた家として知られています。」


 「お会いできて光栄に存じます、リーモン子爵閣下。」

 

 「軍人志望なら、爵位で呼び合うこともあるまい。名前で呼んでくれるか?」


 「はい。それでは、その、ウォルターさん。ぜひ今度、我がハニガン家に。」


 焦りすぎだ、スヌーク!

 いきなり家に誘うバカがいるか!なんでもいいからその前に話題振れ!女性を口説くのと同じだ!

 って、童貞の俺が何を言ってるんだか……。  


 「その、ウォルターさん。スヌーク君は、非常に料理上手で。王都からお出での方にも、きっと楽しんでいただけるかと。」

 

 テンパっている少年2人を目の前にしたウォルターが、噴き出した。


 「正式な挨拶の仕方も知らなかった子供が、2年もせぬうちに社交を覚える、か。」

 

 「このヒロは、少しいやらしいところがありますのよ、ウォルターさん。」


 またかこのヤロー!


 「友を思ってのことだろう?軍人なんだよ、レイナさん。ヒロ君も、私も。スヌーク君も、だ。……君がしたいのは『そういう話』だろう、スヌーク君?子爵と準男爵家の長男と、そちらの会話をする必要はない。早速聞くが、腕は?」


 「得物は、レイピア。昨年までは、ナイト技能を。」 


 「ふむ?」

 ウォルターの眉が、曇った。

  

 「今は、騎兵です。」


 答えたスヌークを見ていたウォルターの目が、俺に向く。

 評価を述べよ、か。

 冷徹なものだ。これは確かに、軍人だ。

 

 「ダグダ遠征はご存知かと。彼には伝令を任せました。十分な技能です。」

 

 「で、金を持っている、か。何人動員できる?」


 ウォルターのあけすけな問いに、スヌークの顔が、歪んだ。


 「スヌークさん?」

 厳しいが力強い声。

 フィリアの催促に、スヌークが、声を振り絞った。 


 「100人を、3ヶ月。その準備を、ハニガン分家では進めています。……物流とキャッシュのフローで見えてるんだよ、フィリア。そうなんだろう、イーサン?」


 フィリアが、口を引き結んだ。

 イーサンが、笑顔を浮かべる。

 ウォルターは、その全てを視野に捉えていて。


 「メルを、へこませるか。経済を見極める目があれば、軍人なぞにならんでも。……いや、済まん。必要があるのだな?私と同じか。ならば、力を貸してくれ、スヌーク君。」


 「一朝、事あらば。」


 「かっこつけちゃって。……って、そういう話と知って紹介した私が、言えた義理じゃないか。」


 口にしたレイナが見せた、皮肉な表情。

 場の取り持ちを務めあげた誇らしさの照れ隠しと称するには、少しばかり苦味が優っていたような。

 そんな、気がした。



 

 「あれが、郎党をほとんど持たぬ立花家の、戦争のやり方なのです。」

 

 ウォルターが、「フィリアさんがお出でくださったことでもあるし、メル家に挨拶に行く」(答礼の体を取って、フィリアに挨拶の仲介をお願いする)と言い出したので、分乗した馬車の中。

 遠慮を要せぬ「いつもの3人」に戻ったフィリアが、口を開いた。

 形の良い眉が、悩ましげに寄せられている。



 「と、言うと?」

  

 「例えば、ジャックさん。トワ系であるがゆえにメル家に参加できず、かと言ってミーディエにも加われない。他にも同様に、関係の良い家が無い人。信用が得られず、参加を断られがちな家。そうした人々も、貴族の義務にして権利として、戦争に参加する必要があります。」

 

 「それを引き受けるのが、立花家か。」


 「立花は、どこの家とも縁が薄い。郎党もいない。それは逆に、しがらみが無いとも言えます。」


 「なれど、家格が高い。旗頭には最適でござるな。」

 

 それが、「あの」オサム・ド・立花氏が、千騎長の職階にある理由。

 以前聞かされた、「ない」ことに意味があるという話の、正体。


 「立花家にしても、あの調子でしょう?頼ってきたからと言って、恩を着せるようなまねをしない。酔客が意気投合して宴を共にしたように、終われば水の如き付き合いに戻る。だから皆、気軽に集まってくる。」


 「『恩を着せる』と申さば耳触りが悪しうござるが、信賞必罰とも申すでござろう?そのような有り様で、統率が取れるのでござるか?その……レイナ殿のお父君に。」


 「そのための、リーモン家なのですよ、千早さん。後方の旗頭は立花、現場の指揮官はリーモン。」


 「なら、何も問題は無いんじゃ?立花も大貴族の義務を果たせるんだし、メル家としても、兵の数が多くて悪いということはないんだし。」


 「寄せ集めならではの問題として、戦力が安定しないのです。数も、質も、計算が立てられない。凄まじいまでの爆発力を発揮することもあれば、総崩れして戦場に混乱をもたらすこともある。参加を断るわけにはいかないけれど、数が多くなるほど、『厄介な味方』になるということです。」


 「アレックス様とウォルターさんの連携は必須、か。用兵の癖やら何やらのすり合わせ。」


 感情の揺らぎを一切感じさせない声が、返ってきた。


 「それ以前に、見極めが必要です。」


 上流貴族として交友があって、親しげに会話も重ねて。

 それでいてなお、その点での妥協は、許さない。


 ……ジョーが上に求めるのは、こういう資質なんだろうな。


 ひるがえって顧みるに、俺ときたら。

 「オサム閣下の指揮ではない」というだけで、安心してしまっていた。

 なんと巧妙なトラップ。立花、恐るべし。

  


 「ティーヌで見た限り、ウォルター殿の個人的武勇は、全く問題ござらぬな。見えぬはずの霊を、迫る気配で斬り捨ててござった。統率にしても、教育を受けておいでのはず、なれど。」


 フィリアが、頷いた。

 「累代の教育である、という点での違いもあります。信用したいところではあるのですが。」

 

 二人とも、名は出さなかったが。

 頭に浮かんでいるのは、ミーディエ辺境伯のこと。

 

 辺境伯、つらい思いをし続けているんだろうな。

 跡継ぎの長男も、王都の貴族に嫁いだと聞く長女も、末娘のサラも。

  

 「誰のことを思うておいでにござるやら。」

 「閉鎖空間で鼻の下を伸ばすとは、犯罪的なまでの不愉快さですよね。」


 失礼いたしましたっと。

 


 幸いにしてその後間もなく到着したネイトのメル館でも、挨拶はとどこおりなく終わった。

 立花家から、エメ・フィヤードが先触れの騎馬として飛ばされていたので、メル家としても準備万端であったというわけ。

 こういう配慮を、「習慣」レベルにしなきゃいけないと。そういうことね、アリエル?

 

 「そうそう。だから、郎党とか従僕とか、どうしても数が必要になるわけよ。」



 まあ、元々リーモン家も子爵格の古き家柄。

 メル家の総領ソフィア様や、征北将軍アレックス様とウォルターさんとの間に、交流が無かったはずもない。

 挨拶がスムーズなのは、当然なのだが。


 「ウォルター、先ほどのエメ・フィヤード君と言ったか、彼も?」

 

 「そうだ、アレックス。ここ2年は私が鍛えた。」


 互いに、随分と遠慮が無いように見受けられる。

  


 「あの人は?」


 「相変わらずだよ、とても敵わない。けちょんけちょんにされっぱなしさ。」


 「こればかりは、ウォルターが羨ましくなるな。こちらでも鍛錬を積んではいるつもりだが、たまに手解きを受けたくなる。進境があったと感じられた時など、確認するためには、どうしてもな。」


 「離れているからそんなことを言っていられる!毎日顔を突き合わせてみろ、たまらんよ!しかしアレックス、こちらに来てからも腕を上げたのか?」


 「極東も悪くないぞ?歓迎するよ、ウォルター。こちらは、特に刀術が盛んだ。他流から学ぶことも多いものだと、思い知ったよ。」


 ああ、流派が、道場が、同じだったのか。片手剣の。

 年齢にも大差ないし、それは親しくて当然だ。

 すり合わせもスムーズに行くんじゃないかな、これなら。

 


 「今日は奥方と2人、泊まっていってくれ。明日、王都から客人が来るんだ。数ヶ月、こちらに滞在する。」


 アレックス様のその言葉に呼応するかのように、ソフィア様が俺と千早を見た。


 「週末ですし、お二人も滞在して、会っておいてくださいね?」ですよね、やっぱり。

  

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