第九十四話 歓迎 その3
レイナが、交流会のスケジュールをてきぱきと詰めていく。
「基本は学園に滞在してもらうんだけど、新都の代表的な施設だけは、観光させないと。宗教関係として、クリーシュナグの極東大司教区座聖堂と、天真会極東総本部。政治関係では、極東道政庁。新都政庁と、メル館はどうする?経済や娯楽は、並木街か。……問題は、あたしが仕切ってるってのに、案内できる文化施設が無い事なのよ!立花の名折れじゃない!フィリア、いくら軍都だからって、そっちの建設を疎かにしないでよ!実利主義にもほどがあるのよ、メル家は!」
「いや、レイナ君。軍都だからこそ、質朴な文化をアピールすべきではないかな。フィリア君が立ち上げた市民図書館や、こちらの建築文化……いや、整備されたインフラを見せるのは、どうだろう?」
「イーサンまで!何よ、ちゃっかりトワ家をアピールして!ますますあたしの立場がない!」
レイナ嬢は、ご機嫌斜めにあらせられる。
とばっちりは避けねば。
「ハード面がダメって言うなら、ソフト面はどう?マリアの歌を聞かせるとか、ダニエル(・コクトー)先輩の服を見せるとか。そっち方面なら、レイナも実力を発揮できるだろう?伯爵閣下にも参加していただいて。」
歌や被服の文化であっても、ジャックの歌を聞かせるとか、女装喫茶とか。
そういう「悪趣味」を口にしないことが、貴族の良識なのである。
「ソフト面にござるか。音楽、絵画、彫刻、文学、後は何でござろう。」
「手芸、服飾、料理に工芸とか?」
「身体芸術もありますよ、スヌークさん。演劇、舞踊に演武。」
「だからどうして、そこでまた『武』になる!」
どうあっても、レイナ嬢はイライラしていらっしゃるようで。
話題を変えねば。
「観光は良いとして、学園では何をするの?」
「連夜のパーティー。以上。」
「レイナ君、間違ってはいないけれども。」
「飲食しつつ歓談、あるいはダンスパーティー。で、三々五々談話室やサロン、でしょうか。それとないマッチングを誘導するのが、私達の仕事になりますね。」
ダンス!そうよね!……仕込むわよ、ヒロ。
アリエルの声は、浮き立っていて……。そのせいで、重低音に下がりきれず、バリトンボイスとなっていた。
アリエルの指導は、厳しいけれども必ず得るところがある。楽しみだなあ(棒)。
ともかく、準備委員は、自分のことだけ考えていてはいけないのであって。
「それさあ、ヴァガンにはつらくないか?ヴァレリアみたいな連中も、退屈しそうだし。」
「昼の間は、演武場を解放すればよろしかろう。図書館等も同様。それぞれ好みに応じて、自由行動にござる。ヴァガン殿のような、動物好きもあろう。そちらで交友を図ればよろしいのではござらぬか?」
千早の提案に、一同が頷いた。
悩ましい問題であったようだが、思いつけば一発だ。
コロンブスの卵……ってほどではないにしても、冴えていることは間違いない。
発想が貴族寄りになりすぎるのも、問題かもしれないな。
やるべきことは、いくらでもある。
レイナの指示は、まさに怒涛の如き勢いを帯びていた。
「それと、来客を覚えとけ!全員を完璧にってわけには行かないだろうけど、絶対に押さえておかなきゃいけない輩ってのがいるのよ。王都方面は……あたしとイーサンは、めんどうな上流貴族とは知り合いだし。フィリアと千早は、王都の学園出身だから、中流も含めて知ってるでしょう?問題は率府、特にキュビ系だけど。従兄弟から、いちおうは情報を仕入れてあるから。はい、これ。」
「輩」って、レイナさん。……それと、従兄弟ですか。
「とりあえず、教えとく。名前はシメイ・ド・オラニエ。15歳、3年生よ。」
どんな人?
「10代の、ウチの親父。ただし文才は無い。そう思っとけば間違いない。」
「風流人」ということにしておけと。
しかし、さすがはジャーナリストの立花家と言うべきか。
「立花は、3地域それぞれに、一族を置いてるんだな。」
「置いてるんじゃ無くて、勝手にそれぞれほっつき歩いてるの。分かるでしょ?」
そういやあ、そういう人たちだわなあ。
ともかく。
休日出勤の甲斐あって、概容はほぼ決まった。あとは、細かいところを詰めていくのみ。
「そこが面倒なの!気を抜くなー!」
「我が一族ながら、トワ家には小姑みたいなところがあるからねえ。まあ、そういうのを詰めるのは僕も得意だ。後は、ヒロ君のアイディアに期待するよ。」
「ここでは詰め切れませんね。現場を見ながらでないと。」
「お開きにしようよ、レイナ。リーモン子爵閣下を、紹介してくれないか?……ヒロも一緒に来てくれるかな。」
スヌークが、やけにそわそわしていた。
そりゃあそうか。上流貴族と知り合えるチャンスだもんな。
「スヌーク?こっちでいいの?あ、いや、選択の幅は広げといた方がいいか。」
「そういうこと。頼むよ、レイナ。」
また何かあるんだな?
どうせ後で判明するんだろうけどさ。
と。部屋から出たところで、折り良くウォルターに出くわした。
いや、出くわしはしたのだが。折り良く、では無かった。
「レイナさん?そうだ、君にも伝えるべきであったかな。伯爵閣下にお言伝てがありますので、おいでいただけますか?」
「これは……かしこまりました。支度の時間をいただきたく。閣下におかれては、そちらの部屋にてお待ち願えますか?」
レイナの口調が、随分と堅い。
ウォルター・ド・リーモン子爵閣下も、正装していた。
何事かは分かりかねるが、紹介だの雑談だの、そういう雰囲気ではない。
レイナの目配せに従い、イーサンが先に立ち、フィリアが側方やや後ろに立つようにして、先ほどまで俺達が会議していた客室へと戻る。
残りのメンバーは……。
と、迷っているところに、アリエルのテレパシー。
「ヒロ、あなたはフィリアちゃんの逆サイド。千早ちゃんと……スヌーク君も、分かってるじゃない。立派なものね。」
ゆるやかに部屋に入り、ウォルターを席に着かせたのも束の間、レイナが再登場した。
学園の制服を着込んで。なんたる早着替え。
「それでは、失礼いたします。父伯爵共々、お待ち申し上げます。」
言い残して、扉の向こうに消えて行った。
あっちの小部屋は、大惨事であろう。
レイナは「片付けられない女子」だから。
なんて失礼な想像をめぐらせること、しばし。
「では、先導を務めます。」
そのイーサンの声に従い、先ほど同様の隊列を作って、ウォルター・ド・リーモン子爵閣下を、奥の間へとご案内。
ああ、肩が凝った。
と、気を抜くのは早かったようだ。
ウォルターが、俺達の方に振り向いた。
「直臣の諸君も、共に。」
何事ぞ?
「証人、でしょうね。思ったよりおおごとかも。立花伯爵閣下、いい加減な人でしょ?後で言い逃れさせないためってことだと思うわよ。」
アリエルからの、そんなテレパシーに気を取られていた俺に、ウォルターが視線を向けていた。
「ああ、まあねえ。まだお目見えもしてないし、六位だし。直臣と言えるか微妙ってところはあるわね。」
面倒は御免……いえ、お役御免でありますか。残念だなー(棒)。
「子爵閣下。彼はすでに、王太子殿下への拝謁の栄に浴しております。」
フィリアー!
「マナーの勉強と思いなさい!王都へ行ったら、こんなんばかりなんだから!」
アリエルのお叱りを受けつつ、おっかなびっくり奥の間へと足を踏み入れる。
正面に座っていた立花伯爵閣下が立ち上がり、リーモン子爵閣下に上座を譲る。
さまになっていた。
申し訳ないけど、予想外なまでに。
で、俺は?
「イーサン君の隣。下座のほう。」
ありがとうございます、アリエル先生。
一同が場を占めるや、リーモン子爵閣下から宣言があった。
「治・ド・立花に、陛下のお言葉を伝える。勅命にあらず。お言伝てゆえ、楽にされよ。」
「どこが楽なんだ」って思っては、いけないんだろうなあ。
「『立花伯爵。そろそろ、良いのではあるまいか?卿の顔を見たくなった。王長子の帰還に付き合ってはもらえぬだろうか。旅の無聊を、慰めてやってほしい。』」
こないだのライネン一家ではないが、伯爵閣下が、それこそまさに鞠躬如。
「王の友」って聞いていたけど、それはお題目ってことなのかな。
「かしこんで、承りました。お言葉に従います。」
立花伯爵閣下の答えを得て後、数拍。
リーモン子爵閣下の気合声が響いた。
「では!」
「終わりですかな?あ~、肩凝った。勘弁してくださいよ陛下。ウォルター君のような堅物を使者に立てられては、誤魔化せない。若い諸君を引き連れてきたのも?」
「私の差し金です、オサムさん。証人になっていただきました。」
「いつの間に策略を身につけたのか。素直な若者だったのに。これだから軍人は!」
笑顔でやり取りしている。
「しかし陛下も相変わらずだ。こっちではみんな、『王太子殿下』って言ってるよ?だいぶストレスをためていらっしゃるのかな。うん、そろそろ戻って差し上げなければ。」
「勘弁してくださいよ、オサムさん。お忍びの護衛をやらされる身にも……って、私はしばらく極東に滞在するんでした。王都の若手諸君は、苦労させられるであろうなあ。」
どうやらお題目ではなく、実際に「王の友」であったらしい。
それも、悪友の部類。
「さて。そうなると、帰り支度か。殿下の御帰還は……。」
立花伯爵が、イーサンに目を向けた。
「来年7月に、出発されるご予定です。」
「なんだ、まだ半年以上あるじゃないか。」
「どうせ、ギリギリになって大慌てするんでしょうが!ちゃんとしなさいよ!」
「玲奈は独り暮らしか。遊ぶのは構わんが、ほどほどにな?」
「あんたと一緒にするな!ともかく、堅い話は全部終わったんだし、お茶にしましょ?」




