第九十四話 歓迎 その1
12月。
仮採用の3ヶ月が経過したから……というわけでは、ないけれど。
ユル・ライネンを我がカレワラ家の郎党として正式に迎えるべく、彼の実家に挨拶しに行った。
俺としては、「お嬢さんを僕にください」的な緊張感を覚えつつ、ライネン家の敷居を跨いだのだが。
皆さん平身低頭せんばかりの勢いでこちらを迎えてくれたものだから、少し拍子抜けしてしまった。
そういうものか。
向こうにしてみれば、俺はユルの「あるじ」だし。
それも、行き場を見つけられずにいた「三番目の子」を、雇ってくれた恩人ということでもある。
威張りかえって良いわけはないと思うが。
「謙譲」を示すのも、良くないのかもしれない。
従卒諸君に常々要求されている、「威厳ある態度」を示すべきところだと。そういうことなのだろう。
ともかくひとわたりの挨拶を済ませ、おもむろに本題に入る。
「武術大会での見事な成績。それ以上に、ウマイヤ将軍の誘いを断る心映え。ユル君を郎党に迎えられることを、誇りに思います。」
……「くださいな」とか「お願いします」とか、そういった言葉をNGワードとしつつ挨拶するって、難しいなあ。
「この若さで十人隊長にもなった、家名持ちの少年です。カレワラ家としても、待遇で報いるべきところ。さりながらライネン先生から、『今しばらくは、切りの良い数字で』と伺っておりますので。……ピーター。」
俺のほうが年下で、十騎長なのだが。貴族社会とは、「そういうもの」らしいので。
ともかく、「物とお金」の話はピーターから。
「ご紹介に預かりましたカレワラ家の従僕、ユル君の同僚の、ピーターです。今後、よろしくお願い申し上げます。早速ですが、こちら、カレワラ家からの支度金です。」
ピーターが、包みを前に差し出す。
支度金が大金貨5枚であること、月の手当てが小金貨1枚であることは、あらかじめユルを通じて伝えてある。
お金の話は、もちろん正確に詰めておくべき問題ではあるのだが。
家名持ち同士が挨拶の場で表立って口にするのは、多少アレだというところがあるのが、王国社会。
「そしてこちらが、ユル君への引き出物となります。月々の待遇に代わる報酬という意味もあります。」
取り出だしたるは、タワーシールド。
正確な定義の問題として、「タワーシールド」と言い切れるかどうかは、分からないが。
ともかく、大きな盾。
その大盾を、ピーターが披露する。
小柄なピーターでも、取り回すことができる軽さの大盾。
「軽い大盾」。どこか矛盾が感じられる表現である。盾だけに。……失礼しました。
ともかく。
ユルは大柄な、重装騎士だ。
戦場を想定すると、足腰への負担を考えてやらなくてはいけない。
だから「軽い大盾」をプレゼントしようと。8月の末に、そう決めていた。
作成を依頼したミーナには、微妙に文句を言われたものだ。
「簡単だけどさあ。腕の見せ所があまり無いと言うか……。いや、いかんいかん。基礎をおろそかにしちゃあ、いけなかった。」
言葉通り、材料を調達したその日のうちに、大盾は完成した。
堅く軽い木材に、海竜の鱗を貼り付けて、鋲で固定。以上。
ごくごく簡単なつくりなのに、素材のおかげで「高級品」。
作り手としては文句を言いたくなるのも、分からなくはない。
が、受ける側とすれば、これは感動もの。
そりゃあ、「貰う」というだけでも、感謝を口にするであろうし。高級品だとは、俺も分かっていた。心理的効果を狙っていなかったなんて、口が裂けても言えないけれども。
それでも。
大柄なライネン家ご一同が、まさに鞠躬如。身を小さくするようにして、感謝と感激の言葉を口にするのに向かい合うと、少しその。
しかし、その言葉を当然のように受けるのが、「威厳」であって。いや、それ以上に、「主家としての誠実」なのであって。ここで照れてはいけない。
「ユル、君の技能であれば、万全に使いこなせると思う。励んでほしい。」
この日ばかりは、最後まできっちり「決める」ことができた。
フィリアと千早がいない時に限ってこれだから、困る。
帰り道は、寒風に吹かれながら。
馬上は尚更、身に沁みるけれど。
馬子を務めるピーターの歩みが、心なしか軽やかに見えるおかげか、こちらの気持ちも軽かった。
12月は、「聖人の贈り物」の季節。
先任従卒(?)であるピーターにも、何か贈らなければいけないかな?
いや、それは違うか。
ユルは家名持ちだし、従卒ではなくて郎党だ。当然のように待遇に差をつける「べき」なのが、貴族社会である。個人同士、俺とユルとピーターの日頃のやり取りがどうあるべきかは別として、公的には差をつけねばならぬのだ。
「そういうことよ、ヒロ。分かってきてるじゃない。」
アリエルの、嬉しそうな声が聞こえてきた。テレパシーで。
「ただ、数年後。戦場に出ることを考えると。ピーターの防具も考えておかなくちゃいけないよな?」
「さようよな、ヒロ殿。だが『あるじ』たる者、下に行動を全て予測されてしまうというのも、よろしからぬのよ。それでは、舐められるゆえ。『ユルに下賜したから、ピーターにも』という考え方は、甘い上に、理屈が分かり易すぎる。お勧めはいたしかねるでござるよ。ピーターの防具を作っておくこと自体は、構わぬ。ただ、『それをいつ下賜するか』が、あるじの腕の見せ所。本日のユルへの下賜、まことに効果的であった。アリエル殿の言われる通り、『分かってきておる』ようで、何よりにござる。」
「下賜」、ね。
引き出物を「贈った」という表現は、不適切なんだな。
「でも、絵になると言うか、響きが良いよね。『海竜備えのカレワラ家』って。創作がはかどりそう。」
「そうだね、ピンク。普通なら『超』がつくほどの贅沢だけど、我がカレワラ家の場合は、それが一番安上がりなんだよなあ。素材持ち込みだから。まだ何十枚とあるし。」
ありがとうな、ピンク。気が楽になった。
そうだよ。今年も、幽霊の皆さんにはお世話になってきた。
「皆に『贈り物』をしたい。当然だけど、『下賜』じゃなくて。受けてもらえるかな?」
「え、いいの?欲しいペンがあるんだよねー。」
「俺様はもう、欲しい物があまりないなあ。でもそうだな、それなら打ち粉だの懐紙だの、お手入れ用具を少し高級にしてもらうかな。」
「あたしも、あんまりないけど。そうね、じゃあ。私が死んでいる間に出版された、立花家当主の詩集でもお願いしようかしら。夜中、することないから図書館に通ってたけど、やっぱりねえ。貴族なんだし、立ち読みはちょっと恥ずかしいわ。」
「某も、あまりないでござるなあ。代わりに孫の千早に何か贈ってやってくだされ。」
みんな、欲が無い。
生前もそんな調子だったのだろうか。
「ヒロ君、あたしが無欲に見える?まだいくらでも描きたいんだけど。」
「お前を一人前にしなくてはなあ。で、強いヤツともっと勝負したい。」
ピンクと朝倉は、生前とあまり変わってない、か。
「あたし?ヒロみたいな草食系と一緒にしないでよ。歌に生き、恋に生き。『あれもしたい、これも欲しい』で生きてきたんだけど。」
「某も、一尺一寸でも、佐久間家の領地を広げたかったでござるなあ。銅貨一枚でも蓄えを増やし、赤子一人でも領民を増やしたくて……欲の尽きることはなかったでござるよ。」
そんなことを言っているけれど。
今のアリエルとモリー老は、少し枯れているような。
「幽霊としてこの世に留まるにはね、強い想いが必要なの。生きている人間で言えば、『目的意識が強い』とか。そうよ、あれよ。『意識高い』とか、そういうのじゃないと、留まり切れないのよ。」
その分、他の欲望が薄くなるってこと、なのかな。
馬の側を歩む、ジロウを見やる。
ジロウは、犬だ。動物だ。
本来ならば、人間に比べて「三欲」に忠実なはずなのだが。
骨を与えれば喜んでかじるけれど、腹をすかせる様子は無い。「十分にかじったら、どこかに埋めに行く」ことも含めて、生前の行動をなぞっているようなところがあるのかもしれない。
幽霊だから、睡眠も必要としない。
性欲……そういえばジロウが盛っているのを、見た事が無いなあ。
躾が良い犬なのだろうと、思っていた。
でも考えてみれば兄弟犬のタロウは、人を見れば遠慮なく飛びかかってウレションをするぐらいには、やんちゃであった。
ジロウだって、おおらかに躾けられていたはず。
ちょうど、犬の散歩をする貴族が通りかかった。
足元をちょこちょこと歩いているのは、キレイにお手入れされた愛玩犬。
ジロウが足を止める。そっちを眺めて、結構な勢いで尻尾を振っている。……が、近寄ることはしない。指示が無い限り、ジロウが俺から遠くへ離れることはない。
可愛らしい犬が、体の大きなジロウを警戒して、唸っている。吠え出した。
「どうしたの、チャビー?何もないわよ、そっちには!」
まさか、ね?
日本でも犬や猫があらぬところに向かって唸っているのは……?
ともかく。
ジロウは、「あるじを守る」という目的意識ばかりが残ったということだろうか。
モリー老の場合は、「佐久間家の将来を見守りたい」という意識が凝り固まった。契約によって、「千早の将来を」と、方向性が少し変わったけれど。それぐらいならば葛藤にはならない、ということか。
ピンクと朝倉は、いわゆる「無念」。これも、強い思いには違いあるまい。
では、アリエルは?
詩人アリエル、名人アリエル(アリエルは、「名人久太郎」と称する時のニュアンスにおける、「名人」だ)。
こだわりなく、わだかまりなく、とどこおりなく。何事もさらりとやってのける男、だったはず。
いや、いけない!
「済まない。穿鑿はしないと、約束したんだった。」
「ううん、いいの。ありがとうね、ヒロ。カレワラ家のことと言い、感謝してる。」
「何の。『イースの誓約』を破るところでありました!」
「おおげさねえ。でも、いいじゃない。『湖城イースの誓約』。そういう表現が、王国では受けるのよ。立花の詩集は、ヒロこそ読む必要があるんだから!」
新たにユル・ライネンを迎え入れたカレワラ家。
と言うか俺、ヒロ・ド・カレワラ。
馬を曳くピーターに、幽霊諸兄のこともある。
生き延びて、家を繁栄させていく義務がある。
為すべきことは、多い。
……なんてカッコつけてられないほど、この年の12月は大忙しであった。
「師走」の語源に違うことなく。