第九話 「はぐれ大足」 その5
集落では、大ジジ様による儀式が行われた。
「山の民の間では、動物の霊もこの世に留まりうるということが、分かっていたのですね。」
「そのようでござるな。これは慰霊の儀式。説得して浄化しようとする試みでござろう。」
「今回は、お主らのおかげで、必要ないがのう。ま、形式も大事じゃ。」
大ジジ様にはそう言われた。
「ヒロ!後で支払うから、塩を先に渡してくれないか!」
「鷹の翼」に声をかけられた。
保存食作りに、集落中がてんやわんやである。
燻製にする分もあるが、塩漬けにする分もある。塩が足りないのだ。
「ああ、使ってくれ!」
渋い顔はしていたが、ハンスも了解する。
ひと段落したところで、傷みやすい部位を肴に、宴会が始まる。
つまりは、モツ鍋。
煮えるのを待つ間に……。
論功行賞のお時間である。
MVPは、胆嚢をもらえる慣わしだ。滋養強壮の薬になるのだとか。
「大足」、やっぱりヒグマなんじゃ……。
「誰、というところまでは詰められないが、一番の手柄がヒロのチームであることは間違いないな。」
これは、衆目の一致するところ。胆嚢をくれようとするのだが……
フィリアと千早が、断った。
「みなさんで、使ってください。」
「本調子でない御仁も、多いようでござるし。」
一同、渋い顔をする。
「慣わしだからなあ。」
「お前たちのリーダーはヒロだ。ヒロ、どうする。」
そう、水を向けられた。
「じゃあ、俺達がもらって、それをみんなに渡すってことでどうだ。」
「ただで施しを受けるわけにはいかん……そうだな、それでは代わりに毛皮でどうだ。丸々一頭分。」
「まあまあ、というところかな。」ハンスが口を出す。
MVP賞なのだから、胆嚢が一番価値があることは確かだが、毛皮はそれに次ぐだろう。
特大サイズである「はぐれ」の、形が残った丸々一頭ぶんの毛皮ともなれば、「まあ釣り合うんじゃないか」との見立てである。
しかし、フィリアからは、「過大でしょう。」と口添えがあった。
「持ち込むところに持ち込めば、胆嚢以上の価値が出ます。サイズがサイズですし。」
フィリアには、ハンスとは違うものが見えているようだ。
「塩の対価の分を合わせても?」
「まだ釣り合いが取れませんね。」
フィリアは言う。
それほどか?どういう価値があるのだろう?
「待て。浄霊の礼金の分もある。こちらはお前たちの旅路を邪魔しているのだ。それに、俺達にとって、毛皮にはそこまでの価値は無い。むしろ塩や胆嚢の方が貴重だ。お互いに、『それなりのもの』を出し合って、『貴重なもの』を受け取りあう。釣り合いが取れるのではないか?」
そういう見方もあるのか。さすがに折衝上手の「鷹の翼」。
それならば、こちらとしても。
「わかった。そうしよう。鍋を前にして、狩を共にした者が、あまりくどくど言い合うような話でもないだろう。」
と、前置きを入れておいて。
「整理するぞ。こちらからは塩と雑貨と胆嚢と、浄霊の手間を。そちらからは毛皮を。この条件で取引成立。それでいいか?」
「ああ、問題ない。申し訳ないぐらいの取引だ。」
山の民一同、深く頷いている。
「ヒロさん!」フィリアは納得していない。
「だが、もし里で毛皮が驚くほど高く売れたときには、そちらに何か贈り物をすることを許してほしい。施しではない、贈り物だ。天真会の説法師に届けてもらう。」
これでどうだ。
「それはようござるな。」
「まあ、それならば良いでしょう。」
「分かった分かった!ヒロは商人にはなれそうもないな!」
「見立てが甘すぎるって!」
「期待せずに待ってるよ!」
山の民が爆笑した。
ハンスは恨めしそうな表情で俺を見ている。
まるで幽霊である……というか、幽霊である。
「ヒロ……もう少し頑張れよ。」
呻くような声であった。こちらはフィリアとは逆の理由で納得していない。
「胆嚢は、まぐれみたいなもんだ。商売とは関係ない。毛皮は、塩の対価としてはできすぎなんだろう?いいじゃないか。ハンスとの契約を果たせるなら十分さ。」
「そう気前の良さを見せられてもたまらないな。他にも何かひとつ、好きなところを持っていってくれ。」と、「鷹の翼」から提案される。
「こちらからも、贈り物だ。」
目の前にあるのは大量の肉と骨。
「それでは……。」
「これでござろう。」
フィリアと千早が、声をそろえ、指をさす。
その先にあったのは、「はぐれ」の頭蓋骨。
「ヒロ殿の兜に良いでござろう。よくよく頭を打つ御仁ゆえ。」
「ええ、また飛び出されてもかないませんし。」
「契約を果たす前に、落石にやられてもらっちゃ困るしな。」ハンスも言う。
「よし、じゃあ毛皮と頭蓋骨の処理はこっちでやっておく。腹も減ったし、始めるか!」
恐ろしかった、あの「はぐれ」が胃袋の中に。何か不思議な心持ちであった。




