第九十三話 半ズレ珍妙団 その3
推理小説の鉄則であったか。
「中国人を登場させてはならない」と言うのは。
異能者だの、不思議パワーの持ち主だなんてのは、本格推理では反則だと、そういうことらしいが。
しかし困ったことに、俺は死霊術師。紛うことなき異能者なのである。
と、言うわけで。
ぽつぽつと灯がともる薄暗闇の帳の裏、猥雑に性と暴力がうごめくヘンウッドの街にあっても。
末端の売人数人と、その上の卸までは、すぐに把握できたのであった。
最初に接触してきた売人は、クラブにいた。
『夜光杯』のクラブではなく、踊るほうのクラブである。
こっちにも、あるんだな。そういうのが。
いや、それこそ推理小説なんかによれば、19世紀のロンドンにもあったらしいし。フランスなんか、たぶんもっと早かったはず。中国でも、阿片窟とかあったらしいしなあ。
そう考えれば、異世界も、案外変わらぬものなのだろう。
クラブのような、ある種の社交場(?)で広まるというあたりは。
叔父の話を、思い出す。
俺の叔父は、氷河期世代だったか、その少し上だったか。
ともかく、クラブの夜間営業が禁止されていなかった時代に、学生をやっていた。
その叔父が、一人暮らしを始める俺に、わざわざ会いに来て注意してくれたのが、「ソレ」だったのだ。
いまでこそ、スーツを着てサラリーマンをやっている、叔父。
見せてくれた当時(20世紀末)の写真は、申し訳ないが失笑ものであった。
ティン○ーランドのブーツに、サ○スポールの極太ジーンズ。左脚だけを捲り上げ、すねを見せている。
で、Tシャツは良いとして。
松○しげるなみに黒いガングロに……ドレッドヘア。
黒歴史にしても、黒すぎる。
そんな恥を曝してまで、叔父はわざわざ注意しに来てくれたのだ。
「ヒロ。全部が全部、そうだと言うわけじゃない。だけど、そういうヤツがいるクラブってのが、あったんだよ、俺の時代には。今もないとは言い切れない。キャンパスや他のところに、場所を変えているかもしれない。俺は小心者だから、話しかけられたらすぐ逃げたし、そういうところには二度と行かなくなったけど。……隣に写っている、コイツ。死んだよ。21歳だった。確証はないけど、おそらくクスリだ。いいかヒロ、バカやってもいい。酒の上での失敗なら、取り返しがつく。だけど、クスリとかその類は、その……ダメなんだよ。絶対に、ダメだ。」
俺が薬物に強い拒否感を覚えるようになった原因は、ドレッドヘアの衝撃だと思う。
写真の中、叔父の胸に拳を当てていた若者。やっぱり、ドレッドヘアで。
21歳で死んだ。俺と、同じ。
俺はクスリも何も、やっていなかったけど。
……ともかく、クスリは、「ダメ、絶対」なのだ。
接触して来た売人から、何も知らぬ体で、薬物を購入した。
その薬物は、後で分析に回すとして。
売人に幽霊を貼り付けて、尾行させた。
で、直接の卸売人までは辿り着いたというわけだ。
が、そこからがなかなか進展しない。
卸売人め、動こうとしないのだ。
「しかし、この街の連中、案外大人しいねえ。」
常に集団の先頭に立ち、一団のリーダーとして振舞っていた年長のジグムントが、あくびをした。
当たり前だ。あんたの地金は、ドスが効きすぎている。
本場・王都の元半グレにして、大戦経験者。
誰がケンカを売るものか。
「全くだ。声かけてくる男、いないじゃねーか!」
違う意味で不満を漏らすティナに、通行人が驚いて振り向く。
おとり捜査になるのかね、これで。
俺と同じ心配をしたのだろうか。
フレデリクが、如才なく機嫌を取りにかかる。
「ティナ先輩、誰かの彼女だと思われてるんじゃ?それで声をかけてこないんですよ。」
「それはあるかもな。よし、ダミアン。責任取れ。いいだろ、減るもんじゃ無し。」
「男は減るんだよなあ。数ミリリットル。」
えげつない呟きに、アンヌまでが騒ぎ出す。
「生々しい話はやめてよアルバート!イケメンがそういうこと言うとさあ、本当に下品に聞こえるんだから!人にはね、キャラってものがあるの!分かる?地位だけじゃなくて、顔に相応しい態度を取るべきだと思わない?」
芸術家サロンでも、何か言い出そうとしていたヤツの鳩尾に、拳を叩きこんでたしなあ。
どうする、アルバートくん?そっちのキャラで行く?
ぎゃあぎゃあ騒いでいると、卸の売人がこちらを睨みつけてきた。
近辺に人目が集まることを嫌ったのだろうか。
が、これこそ我らの思う壺というヤツであって。
ジグムントが、卸の売人に歯を見せる。
「何の用だ?」
その笑顔、アレックス様譲り。舎弟だなあ。
目立ちたくない卸が視線を逸らすと、その先にはティナ。
「チラチラ見てただろ?」
ティナさん、それはちょっと……。
いえ、何でもないです。しごく当然の言葉ではありますよね、うん。
薄暗がりから、数人の男が現れた。
それはそうか。
末端の売人との間で、トラブルが起きないとも限らない。取り巻きを控えさせておくのは、当然だ。
「大したヤツじゃない。」
そんな俺の台詞に、連中が凶悪な形相を返してきた。
挑発するつもりも、無かったわけじゃないけど。
これはむしろ、「霊能力者はいない」という意味であって。
その言葉に応えるように、全員が動いた。
アルバートとフレデリクが、アンヌをかばうようにしつつ、退がる。
最初に因縁をつけたジグムントと、ティナだが。
ジグムントは、誰がどう見ても「ヤバイ奴」だし、ティナは体格に優れる。
どうしても人数が集中する。
そのタイミングで、ティナがすっと後ろに身を引き。
代わりにヴァレリアが、前に出た。
あちらさんは、チャンスと思ったのだろう。
ヴァレリアは、見るからに勝気ではあるが、体格は尋常。
だから次々踏み込んでくるのだが……順に壁に叩きつけられて、失神。
ダミアンは、都合よく角材を拾い上げていた。
肩越しに俺を見ている。
夏のダグダでは、短兵で俺に後れを取ったからなあ。
長物の実力を見せておこうという気持ちは、分かる。
……向こうさんには注意を払う必要すらないということも、よく分かる。
2人を殴り倒しただけなのに、角材の方が耐えられなくなった。
舌打ちしたダミアン、近づいてきた奴の鼻っ柱に、どこに持っていたのか石つぶてをお見舞いしていた。
えげつない奴だ、相変わらず。
俺の方にも一人来たけれど。
モリー老が、そいつの足に、槍を絡めた。
転倒したところをストンピング。危険だけど、仕方無い。
手を煩わされなかったジグムントの「ボス」っぷりが、強調される。
みんな自重してたのに、ジグムントだけは遠慮しなかった。
笑顔のまま片手剣を抜いて、卸の眼球に突きつける。
「で?」
「悪かったよ兄さん。勘弁してくれよ。」
売人が、金貨を数枚投げて寄越した。
「足りない。」
「これしか持ってないって。」
「それで人数動かしてたって?ヘタな嘘も大概にしろよ?……おいお前ら、こいつ拉致。金づるから引っ張る。」
ジグムントさん、あんた一応聖職者でしょうに……。
「勘弁してくれって。金づるなんかいない。ヘタ打ったって知られたら、切られるだけなんだよ。これをやるからさ、頼むよ。」
出したのは、白い粉の、塊。
「知ってるだろ?売ればいい金になるぜ?自分で使ったっていい。」
「使えねえ野郎だ。行け!」
走り去って行く卸売人。
その後ろを追う影が、ちらほら。
新都や極東道、征北大将軍府。聖神教に聖堂騎士団。
そういったところの「関係者」である。
「で、こいつを持っていれば、連中が取り戻しに来ると。今度は手強いよ、たぶん。」
手強いことは分かっているが。
宿には、やっぱりこちら側の「関係者」を控えさせている。
準備していたのだが、その晩は、襲撃が無かった。
ならばと言うわけで。
翌日は、朝から「卸狩り」。
おとり捜査のつもりだったんだけどな。
やっぱりこの社会、基本的には脳筋で解決するしか、ないらしい。
薬物を大量に回収して、宿に帰る。
その晩にあった襲撃も、難なく撃退できた。
案外簡単に済むのかなとも思ったのだが。
問題はその後に待っていた。