第九十三話 半ズレ珍妙団 その2
「なるほど、目が届きにくいところであったな。」
流通経路の調査を依頼すべく、メル家に報告を上げた、霜月初めの寒い夜。
返ってきた反応は、アレックス様のしかめっ面であった。
イーサンが指摘した、流通経路に関わりありと思われる、「目が届きにくいところ」とは。
3人の男子生徒が、薬物を入手した場所であり。
マロ先生が、暴れる友人を目撃した場所であって。
それすなわち、ヘンウッド。
北ネイト、並木街と並ぶ、新都の三大繁華街の一角である。
グリフォンの代紋、もとい、メル家が取り仕切っている北ネイトや、広域指定……、もとい、天真会が取り仕切っている並木街とは異なり、誰それの縄張りという性格を持たぬ街。
「それでも、調べなくてはいけません!」
声を張り上げて、具申した。
「危険性が判明していないのに、ですか?他に優先順位が高いことがあるのでは?」
「間違いなく危険です、ソフィア様。広がる前に、最優先で根を断つ必要があります!」
根拠を聞かれたら、答えようがないけれど。
よく言うじゃないか。「ダメ、絶対」って。
ここは学園長式修辞法(気合いとも言う)で、押すしかないのである。
おふたりが、顔を見合わせた。
こちらを向いた時には、非常に良い笑顔になっていて。
「珍しいほど前向きだな。ならばヒロ、君に任せる。」
「成果を期待しています。」
胃が痛い……などと、言ってはいられない。
とにかく、「ダメ、絶対」なのだから。
さて、どうしよう。
薬物犯罪と言えば……「おとり捜査」か?
と、そこまで思いついたのは良かったのだが。
困ったことに、適任者がいない。
ヘンウッドという街の雰囲気にふさわしい者が、俺の友人にはいなかったのだ。
ヘンウッド。
若者の街、芸術家の街である。
しかし、一流芸術家である立花伯爵に言わせると、「鼻持ちならぬ」街なのである。
どう言えば良かろうか。
ヘンウッドに出入りしているのは、やや「不まじめ」な、貴族の子女である。
あるいは、おしゃれな芸術家や芸能人である。
庶民や、家格の低い貴族、田舎者には、「敷居が高い」。
こじゃれた金持ちや芸術家達、俳優達が絵画論や音楽論、演劇論を戦わせ……。
立花伯爵に言わせれば、「益体も無い」作品を次々と生み出しているのが、ヘンウッドの風景なのだ。
そこまで言わなくても、とは思う。
鼻持ちならないかもしれないし、立花伯爵のお眼鏡には適わないかもしれないけれど。
彼らも一生懸命だし、次代の芸術というものは、そういう中から生まれてくるのかもしれないし。
現にマロ先生も、その、何だ、「耽美的」な名作を、ヘンウッドから発信してみせた。
ともかく。
ヘンウッドの問題点とは、そうした、「芸術の街」という部分では、ない。
たとえば若手芸術家・芸能人である、レイナやマリア・クロウは、絶対にヘンウッドに近づこうとしない。
「危なっかしくて。あいつら、限度って物を知らないから。」と、そんなことを口にして。
ヘンウッドは、新都には珍しく、治安が良くない。
それも、陰に回った治安の悪さを有する街なのだ。
比較するに、例えば並木街は、危険性皆無である。天真会が、「おいた」を一切許さないから。
北ネイトは、「カツアゲ」や「ケンカ」的なことは、起こりうる。が、監禁だの殺人だの、そういう大事件になることは、まず滅多にない。メル家が、「適度なコントロール」を心掛けているから。
ヘンウッドは、その点言わば、「半グレ」の街なのである。
街の住民は、出入りする若者は、暴力や性の問題について、限度を知らない。
貴族の威光を笠に着て、やりたい放題。問題が浮上すれば、実家に泣きついて揉み消しにかかる。
新都の警察部門も、問題視はしているのだが。家同士で「示談」されてしまうと、取締りようがない。「事件など無かった」ということにされてしまうから。
そんな街に、誰を潜入させれば良いのか。
フィリアや千早は、ダメだ。
危ない目に遭わせるわけには行かない……いや、大丈夫か。
何かあったら、躊躇うことなく、それこそ限度を知らぬ暴力を振るうのは、2人のほうだ。
しかし、顔と名が売れすぎている。
新都執金吾(新都警察長官)の義妹とその側近に、薬物を売りつける間抜けなど、いるわけがない。
柄が悪いと言えば、キルトだが。
あいつの雰囲気は、北ネイトなんだよなあ。「金持ちのボンボンの、鼻持ちならないけど、でも悔しいことにオシャレな雰囲気」ってものが、まるで無い。
同様の理由で、李紘も除外。「田舎者」のヒュームもだ。いや、ヒュームならこなしてみせるかもしれないけど……。
「分かるだろう?メル家がヘンウッドに手を焼く理由が。」
笑顔を見せるアレックス様を、思わず見つめ返す。
この人が、もう10年、いや5年若ければ。そして、身分が軽ければ。
イケメンで、王都の洗練されたオシャレさを身に纏っていて。
当時は剥き出しの刃物みたいなところもあったと聞くし。
ピッタリなんだけどなあ。
そうか。それだ。
「アレックス様。ジグムント・クビッツァさんを、お借りできないものでしょうか?」
ぷっと吹き出したアレックス様。
一拍置いて、爆笑を響かせた。
隙だらけの、滅多にない笑顔。見たことがある者など、新都でも数えるほどしかいないだろう。世の女性達に対して、何か悪いことをした気分になる。
「最高だ、ヒロ!あいつならピッタリだ!聖堂騎士様なんぞやっているより、よっぽど似合っている。しかし、私の顔を見て思いつくか?」
少し気まずい。
誤魔化すためもあって、悪乗りしてみた。
「他に、ダミアンはどうでしょう?案外似合いそうな気がするのですが。」
王都出身のダミアン・グリムを話題に乗せる。
洗練されているし、何事もソツなくこなすから。
ひと段落したアレックス様の笑顔が、再びはじけた。
そんなにおかしいかなあ?日頃、笑いに飢えている……なんてことがなければ、いいんだけど。
「ダミアンがヘンウッド!ガラではあるまい。だが、似合いそうだな。そちらは簡単だ。許可しよう!……だが、ジグムントはなあ。聖堂騎士団や聖神教と、渡りをつけねば。いや、良いかも知れぬ。もともと、聖神教が縄張りにしようと試みた街であったな。」
フィリアと千早にも相談し、生徒会執行部にも連絡を入れたところ。
意外なことに、アルバート・セシルが、ヘンウッドに出入りしているということが判明した。
「いえ、芸術の方面ですよ?音楽が趣味なもので。」
なんてことを言っている。
上流貴族の次男坊。なにかやらかしていたとしても、不思議はないけれど……。
本当はイーサンも、それぐらいでなければいけないのかもしれない。
「そうでなくて、政争に勝てるものか!」と立花伯爵に言われちゃうんだよなあ。
イーサンはともかく。
見回してみれば、フレデリク・タレーランも、適任であった。
これまた何でもソツなくこなす、家格が「中の上」の貴族。
手柄のチャンスでもあるし、喜んで参加してくれた。
困ったのは、女子が数人、参加を申し出たこと。
ガラが悪い街だって言ってるのに。
まずは、ヴァレリアだ。
まあ、いいか。説法師のヴァレリアなら、暴力に対して後れをとることはあるまい。
もうひとりが、アンヌ・ウィリス。
「芸術の街」ということで、出入りしたがっていたのだ。
「ガラが悪い」ことは重々承知で、「でも、聖堂騎士やメル家の幹部、ヒロ君がいるんだから大丈夫でしょ?」と来たものだ。
そこに、アンヌを心配した、従姉妹でルームメイトのティナ・ウィリスが参加を希望。
手柄にもなるし、毛色の変わった男を食えるかもしれないと、そんなことを言っている。
ミーディエ閥ゆえ、情報の欲しいサラがじんわりとプッシュしてくるということもある。
受け入れざるを得なかった。
俺を含めて8名。
なんだか、これまでに無い組み合わせとなった。
はっきりと「半グレ」に近い雰囲気を持っているのは、ジグムントと、せいぜいアルバートだけ。
他にアンヌは、「反抗期の家出少女」の風を装えるかも知れないが。
ヴァレリアとティナが纏っている雰囲気は、都会の「半グレ」ではない。田舎の「珍走団」である。
どこかずれた半グレと、何か妙な珍走団。そういう連中の集まり。
「半ズレ珍妙団」が、ここに結成された。