第九話 「はぐれ大足」 その4
「また、飛び出したんだ。」
聞き覚えのある声がした。
「またお前か、性悪ショタ女神。」
「懲りないねえ。そんなにカッコつけたいのか、このロリコンめ。」
だ!か!ら!
俺はロリコンではないと何度言えば分かるんだ!
「いったいあんたは何なんだ!何で俺をこっちに連れてきたんだ!」
「手違い。」
え?
「だから、手違い。」
「着地地点の座標を間違って、というか着地地点が少しずれたせいで、君を巻き込んじゃったの。こちらの手違いとは言え、生き返らせるわけにはいかなかったから……ごめんね、こっちに転生させた。お詫びとして、サービスと言うか、ボーナスと言うか。いろいろ調整しておいたから。能力もつけてあげたでしょ。まだ実感できない?君の大好きな美少女がこうして頼んでいるんだし、許してね!」
短い人生だったが、人並みに、生きてきた。
厳しい人生を送っている人から見れば、そりゃあ生ぬるいものだったろう。
それでも、俺なりに、生きてきた。
死ぬのは仕方ないこと……かもしれない。
しかし、ひとの生き死にを、あまつさえ転生を、「手違い」で片付けるのか。それも、原因を作った張本人が。
「うああああああ!」
叫んでいた。飛び掛かっていた。
「ちょっと、やっぱりロリコンじゃない!」
まだ言うか!許せん!
指先が届く直前で、相手の姿が消える。
そして、俺は落ちていった……。
「ぐはあっ!」
目が覚めた。
「ヒロさん!」
「大事ござらぬか?」
「あ、いや、大丈夫。」
暴れたい気分だったが、その体力が残っていない。
「飛び出さなくても良かったんです。落ちてきたところで、ぶつかるのは『はぐれ』の鼻先だけ。大した重さじゃありません。」
「ヒロ殿には、見極め・見切りの修練が必要でござるな。」
二人が真っ赤になって怒っている。
相変わらずの対応に安心する。無事だったんだな。良かった。
「良かった!」ハンスの声もした。
「ここに落ちてた!」心配していたのは、投げた硬貨。こいつも相変わらずである。
「お、色男がお目覚めだ。」
「とどめは『大猪』の鉈、か。良くやってくれた。」
「これで安心だ。」
どうやら、俺が気を失っていたのは、数秒のことらしい。
「さて。」
「そろそろ、でござるか。」
フィリアと千早が立ち上がる。
再び咆哮が響く。その声は、俺にしか聞こえない。(いや、ハンスとジロウにも聞こえているか。)
やはり、自然に浄化されはしないか。やけに人間くさいところもあったもんな、そう言えば。
千早がまわし蹴りを放ち、フィリアの浄化の光が飛ぶ。
「はぐれ」の霊は消えていった。
これにて一件落着……では、ない。
解体して運ばなければならない。余すところ無く利用しなければ。
好敵手への、敬意である。
とは言え、いったい、どれほどの重さがあるのか。日本にいるヒグマとは、明らかにサイズが違う。動物園で見たホッキョクグマよりも、はるかにでかい。
疲れた頭でぼんやりと考えていたら、テントの集落に残っていたメンバーのほとんどがやってきた。
女性も老人も、子供もいる。
口々に、大ジジ様から、「終わったから行って来い、との指示を受けた」と言う。
大ジジ様、幽体離脱して、見ていたのだ。
「大猪」が、その名の如く、ノシノシと近づいて来る。
満面の笑顔に、涙を浮かべながら。
「ヒロ、良くやってくれた!」
その手に、武骨な鉈を返す。
血しぶきと疲れのせいで、より一層重く感じられるようになった鉈を。
しかし、言われた。
「お前に持っておいて欲しい。」と。
「鉈は貴重品だろう?」
「予備ぐらい持っているさ。ほれ、今も。」自分の腰を指差した。
そんな会話をしている間にも、解体が進んでいた。
こればかりは、俺たちにはどうしようもない。
博識なフィリアにも、物慣れた千早にも、出番は無い。
あっという間に肉と骨と皮になってしまった。
みんなで手分けして持ち帰る。