第九十一話 学問の秋、スポーツの秋 その5
発表の合間に、文化祭を見て回った。
今年も2日目は荒れ模様。
酒が入るせいもあるかもしれないが……。ここは飲酒に年齢制限がなく、「乱れた」姿を見せることが非常に恥ずかしいとされる王国社会だ。学園の生徒達は、それなりに飲酒マナーを知っている。
酒が原因ではないとしたら……。
「なんでこんなに暴れるかねえ?」
と、思わず口を突いて出た一言を、拾われた。
「そりゃあ日頃暴れ足りないからじゃね?」
「ヴァレリアは日頃から暴れてるもんなあ。」
「やめとけフレドリク、殴られるぞ……って、遅かったか。執行部が暴力禁止のルールを破ってどうする、ヴァレリア!」
「ペドロの言うとおりだよ、ヴァレリア。……しかし、『暴れ足りない』ってのは当たってるかもな。
。競馬だカジノだって言ってた連中も、同根かもしれませんね。自分をアピールできる場が欲しいのでは?」
「寛容ですね、アルバートさん。メンツを潰されたようなものなのに。」
「煽るなよ。別途絞り上げておりますゆえ、ご安心いただけますか?サラ嬢。」
「その口であたしのことをとやかく言うのかよ、アルバート。暴力はダメで、陰険なイジメはいいって、おかしくね?」
「ヴァレリアさん、説法師が暴力を振るったら、大変なことになるじゃない。サラさんを見習いましょうよ。千早先輩やマグナム先輩だって、落ち着いてるわよ?」
「それだよ、クリスティーネ。異能者や霊能力者は、難しいことがあると、駆り立てられて使い潰される。事件でも起これば、関係なくても白い眼で見られる。だから、普段はおとなしくしてなくちゃいけない。酷いストレスだ。」
「シオネ……。異能が無い人からすれば、僕らは羨ましい存在でもある。それは知っているだろう?カルヴィン先輩が聖堂騎士の資格を得たり、ヒロ先輩が幽霊退治で職階を得たり。そういうのを見れば、『霊能があれば俺だって!』って思うさ。『人は霊能の有無によって差別されてはならない』。みんなそれぞれ、つらい思いしてるんだよ。」
「なるほど、ペドロさん。……そういうことかもしれません。学園の生徒として、対等に振舞ってはいても、家格の差は厳然と存在する。異能のように、努力では覆せないものもある。」
「だからって、ぶちまけていい訳は無いだろ、サラ?……何だよみんな、その目は。」
「普段からぶちまけてるヤツが言っても説得力無いぜ、ヴァレリア。」
「もっと言ってやってくださいよ、マグナム先輩!……イテエ!だから小突くなって、ヴァレリア!」
「普段ぶちまけられないから、お祭りの時ぐらい大目に見ろ、でござるか。ファンゾを思えば、分からなくはないが。」
「ファンゾを基準にするのは、勘弁だよ。本気で殴り飛ばす必要があるお祭りって、少なくとも『文化』祭とは言えないだろ。」
「まさに文化方面で、思い切り発散してくれれば良いのですが。歴史部の先輩は、皆さん文化祭で『やり切って』いましたよね?」
「兵器研究部とかもね。今年は投石器を作ったんだって?去年作った大弩の件で提供を受けた、鋼線を使って。」
「そうそう。部室じゃなくて演習場を使ったのはいいけど、大穴を開けるわ振動で厩舎の壁が崩れるわ。馬には悪いけど、最高だったよね!」
「良かったな、アンヌ。今年は文芸部に被害が出なくて。」
「マグナム殿は人が良いでござるなあ。その穴を埋め立てたのは、我ら説法師ではござらぬか。」
「文化部の連中はいいなあ、文化祭があって。そうだ、来年は執行部を引退するし、俺もステージで……。」
「ジャック君!それだ!いや、君のことではなくて。文化部には文化祭がある。ならば、運動部に体育祭があってもいいじゃないか!」
ジャックが歌の話を始めたら、即座に話題を転換するに限る。
イーサンの提案は急場しのぎに過ぎないけれど、案外問題の本質を突いたものだったのかもしれない。
普通の学校ならば。
スポーツが得意なヤツほど、いくらでもアピールの場がある。
部活なり、体育の授業なり、運動会なり。
しかしここ、「学園」では。
スポーツ(武術)が得意なヤツほど、アピールの場が無いのだ。
異能者には、なかなか勝てないから。
そういう意味では、孝・方って、偉かったんだな。
そんなことを考えて俺がぼんやりしている間にも、話はどんどん進んで行く。
これが学園クオリティ。
「そうは言うがな、イーサン。異能者、特に説法師がいるんじゃ、体育祭をやっても同じだろ?結局見せ場がない。」
「いや、ジャック。悪くない話だと思う。俺も千早も、最近は能力をオフにしたり弱めたりできるようになったぞ。」
「あたしはまだできないぜ?それにだいたい、本当にオフにしてるかどうかなんて、どうやって調べるんだよ。マグナム先輩なんか、素で足が速そうだから、どこからが異能か分からないし。」
「異能者が審判や運営に回る、というのでは……学園の3割以上は異能者ですし、あまり現実的ではありませんか。」
「フィリア先輩、それでもやってみる価値はあると思います。とりあえず立ち上げる。そうすれば後は、どうにか回っていくと思いますよ。」
「口にしたのがトワともなれば、非常に頼もしうござるな、アルバート殿?」
「執行部に入ってすぐなのに、遠慮せずやってくれる。そうだね千早君、本当に頼もしい。1年生が言い出してくれたこととなれば、実現させたいね。よし、やろう。」
「会長命令入りましたー。」
「……で、種目をどうする?」
「下に丸投げするなよ、イーサン!」
「うーん。とりあえず運動会と言えば……棒倒し、騎馬戦、冬場なら雪合戦。後は重たい樽や俵を投げたり、奪い合ったり?綱引き・綱取りもあったか。個人種目なら、レスリングと陸上競技か?」
最初に出てくるのが棒倒し。
それが王国クオリティ。
いずれにせよ、パワー系ばかり。
まあ運動会って、そういうものかもしれんけど。
「パワーが役に立たないような種目は無いの?」
「なるほど。ヒロ先輩、それですよ。それなら説法師も何も、関係ない。」
「記憶喪失なんでしたっけ。そのぶん発想が自由なのかなあ。あ、すみません。不躾なことを……。」
ともかく、そうして決まった種目が。
団体競技として、球入れ。大縄跳び。ボウリング(団体戦仕様)。雪合戦ならぬ、粉付きお手玉合戦(粉が黒い服についたら、退場)。
個人競技として、障害物競走(力を入れて踏み込むと、平均台その他が壊れる)。ごみひろい競争。借り物競争・借り人競争。
と、この辺は異能があってもなくても関係無さそうなもの。
さいころ走(1が出たら一本目のポールで帰ってこれるが、6が出たら遠くにある六本目のポールを通ってくる)。
ロシアンパン食い競争(辛いのを完食しないと、ゴールが認められない)。
と、この辺は異能頼りではなくて運頼りのもの。
「だるまさんが転んだ」に、「ぐるぐるバット徒競走」。
そういうのでも良いらしい。
急遽決まった催しだったので、運営面は穴だらけ。でも、案外盛り上がった。
予想できなかったのは、ごみ拾い競争がバカ受けしたこと。
かごを背負ってごみを拾うという競技だが……。
ついうっかり、トングの準備を忘れていた。
そのせいで、「しゃがむ」、「拾う」、「立ち上がる」、「腕を背中に回して、かごにごみ(ボール)を入れる」という一連の動作をこなす必要が出てきたのだ。
連続スクワット。
この日初めて知ったのだが、王国民は、深くしゃがみこむのが不得意であった。
いや、それが得意なのは日本人ぐらいかもしれないけど。
深くしゃがみこまずに、上体を傾けて拾おうとすれば、ボールがかごから転がり落ちる。
深くしゃがみこむと、後ろにゴロンと転んでしまい、またボールが転がり落ちる。
せっかくひろったボールも、肩の関節が固かったりすると、かごにうまく入らない。
あちこちで転倒したり、肩の筋肉をつりそうになって悶絶したり。
会場は爆笑の渦に包まれていた。
ともすれば殺伐としがちな王国社会と、そのエリート養成機関である学園。
たまには、まったりした競争も良いものだと思う。
案外、これこそが、俺の学園に対する最高の貢献だったのかも知れない。
小学校ノリの運動会。来年も、参加できれば。