第九十一話 学問の秋、スポーツの秋 その4
千早も、文化祭で発表を行った。
お題は、「天真会の歴史」。
……もともと、天真会的な思想は、大陸の民には広く受け入れられていたらしい。
天真会的な思想とは、すなわち。
まずは、「八百万の神」を崇拝する、多神教である。
なにせ、こちらの世界には、多種多様な神様が「実在」している。
ゴーレムという移動式監視カメラを作っては、そこらをほっつき歩かせている。
人々が彼ら彼女達(?)を信仰するようになったのは、当然のことかもしれない。
もう一つは、「輪廻転生」的な思想。
人は死して霊になり、その霊は、輪廻の輪に還っていく。そしてまたいつか生まれてくる。
「本当のところどうなのかは分からないけれど、たぶんそうなんだろう」と思われている。
その理由は、「実際に転生者が存在したから」ではないだろうか。
……というのが、千早の仮説だ。
「天真会の会員は、地に足がついた考え方をいたす。悪く言えば、想像の翼を大きく広げることができないのでござる。にもかかわらず、本来ならば人間には認識のしようがない『輪廻転生』を、信じておる。……誰か目撃者がいたからではござらぬか?神様が実在するように、『転生者』も実在するのではあるまいか?」
『夜光杯』を立ち上げたジャスミンの真実を、千早は知らされていないはずなのだが。
直観で「正しい」結論に至るあたりが、いかにも天真会の会員だと思う。
……細かく言えば、「世界線を越えていない、この世界の中での転生者」が実在するのか、そこを詰めなくてはいけない、かもしれないけれど。
転生者の話はともかく、千早の発表に戻ると。
こうした思想・宗教観は広く行き渡っており。
それゆえに、「天真会」という団体など、存在してはいなかった。
状況に変化が訪れたのは、聖神教と王国の成立による。
両者は、ほぼ同時期に勃興した。
そして聖神教はまたたく間に「国教」となった。
「国教」となった聖神教だが、新興宗教ゆえその基盤はいまだ弱く、教えを民に強制することはできなかった。
代々の国王も、政策上の理由から、聖神教が権威を振り回すことを許さずにいた。
民衆の反発と、権力が奪われることとを、恐れたらしい。
それでも、聖神教は「推奨」された。
そのことに反発を、それ以上に違和感を、覚える者達がいた。
主に、当時の異能者達である。
明確な宗教が存在していなかった上古、霊にまつわるトラブルは、「野生の霊能力者」達が解決していた。
「十人に一人は霊能力者」と言われる、大陸。簡単なトラブルなら、ご近所で解決できる。
とはいえもちろん、村では手に負えない悪霊もいるわけで。
そうした事態に備え、心ある者は修行を重ね、情報を共有し、ノウハウを蓄積し、共同で「慰霊(退治)」に出かけ……ということを行っていたのだそうな。
そうしたネットワークと言うか、コミュニティと言うか。
その中心が、現在で言う王都の、はるか南の山の中にあった。
日本的に言うならば、密教僧か山伏か。そういう存在に近い人々。
それぞれに、異能の種類も違う。信じている(取り憑かれている)神様も違う。
だが、聖神教の登場によって、「あれは無い。このままでは困ったことになる。」と、その一点だけは価値観を共有するようになった。
話し合いでもあったのだろうか。
伝説によると、聖神教に疑問を持った人々が、迷いを解決すべく続々と山に入ってきた。
そして彼らが顔を見合わせた瞬間に、教義が決まったのだと言う。
その方が、天真会らしいとも思う。
ともかく、「多神教」と「輪廻転生」を信ずる人々の、「互助会」が成立した。
これが、天真会の原点である。
以来、天真会は、この2つを信ずる誰に対しても、門戸を開放している。
……一面では、誕生の時から、異能者集団としての性格を有していたとも言えるわけだ。
その後、王国は勢力を拡大し続け。
それに伴って、聖神教の権威と……権力も増してゆき。
天真会としては、「何やら息苦しいのう」という時期が訪れたのだが。
聖神教が、やらかした。
信者の一人が「救世主」を名乗って、王国に対する反乱を起こしたために、国教の地位を取り上げられたのだ。
おかげで、と言うべきか。
天真会は大弾圧を受けることはなく。
その故に、身を慎むようになった聖神教ともうまくやっていけるようになったと、そういうわけ。
その後聖神教は、教団の引き締めを図るようになったが。
天真会の方は、その「ゆるさ」で教団の規模を拡大していった。
どこかの支部に顔を出し、登録しさえすれば、それで会員となれる。
「出家と世俗の付き合いをしていくうちに、ご縁ができた者」が多いらしい。
それでも、会と浅くつきあうか深くつきあうかは、基本的にはその人しだい。
あるいは、自ら支部を作り、近所の支部に挨拶しても良い。
その時点でその人物は「出家」であり、支部が成立する。
支部ごとに、教義にも違いや幅が発生する。
そんなことで統制はどうするのだ、という話だが。
大抵は、それで良しとする。
「大抵」の範疇を超えた場合。
その支部は、壊滅する。
上古より、対応は変わらない。手に負えない悪霊と同じ扱い。
ネットワーク型のコミュニティ内で情報が伝わり、有志が出張るのだ。
ロータス姐さんの言う、「めっ!」である。可愛くもないし、笑えない。
だが、そんな支部は例外中の例外。
大抵は、まさに「大抵」の範疇に収まっている。
そういうわけで、全国津々浦々、天真会の支部は存在する。
今日もまた、どこかで会員が生まれていることであろう。
「何だかゴキブリみたいだな。」
ヴァガン……。
熱心に聞いていたと思ったら、それかよ。
聞きにきていた生徒達からも、失笑が漏れていた。
「あながち間違いではござらぬ。調べるうちに、某も似たようなことを思ったでござるよ。」
俺にも、ひとつ質問があった。フィリアも同じ事を考えていたらしい。
しかし。
「公開の場では控えてください。」
それが、事前に千早の発表を聞いたソフィア様の指示であった。
その質問とは。
「天真会は、北賊の社会の中にも、存在するのか。交流はあるのか。」ということ。
「某は、詳しくは知らされておりませぬ。『千早が知ることではないわね。出家では、ないのだから。』と、たしなめられたでござるよ。」
千早も、疑問に思ったのだ。
そして得た答えは、「その問題を担当しているのは、ロータス姐さんだ」ということ。
「そのような顔をされるでない、ヒロ殿。心配は無用。メル家が知らぬはずは、ござるまい。」
「ああ、心配は無用だ。天真会は、『政権と付き合わずに済ませる方法』をよく知っているよ。この問題への対応は、あくまでもどこまでも、『適切』だ。」
「そうですね、アレックス。聖神教が、『政権と上手に付き合う方法』をよく知っているのとは、対照的。……この問題、3人は、知らないほうが良いでしょう。少なくとも、今は。」
昨年5月、初陣の後に聞かされたのと、同じ話であった。
メル家は、諜報の問題からは、フィリアを引き離しておきたいと考えている。少なくとも、今しばらくは。
そして天真会も、この問題からは、千早を引き離しておきたいと考えている。
3人と言うからには、俺もそこに含まれているのではあろう、が。
お二人の目が、こちらを見ている。
……俺が窓口、防波堤、か。
頷きを返さざるを得ない。
ミケのしっぽが、ぱたりと音を立てた。
「ヒロ君、ぼーっとしてないで!自分の発表が終わって気が抜けてるのは分かるけど!」
どやされて、我に返る。
今日は文化祭。物思いにふける暇など、ないのだ。
「済みません、イブさん。次は……そうか、ダニエルさんか!」
「ごめんねー?ダニエルってば、無駄に展示物が多いから。」
今年のダニエルは、特に目新しいことをしたわけでは、なかった。
昨年の発表である「~期の王都における服飾文化について(イラスト)」を、今年は「かたち(実際の被服)」にしていたのだ。
メル家を中心に、あちこちから仕事を受けるようになり、資金に余裕が生まれたおかげである。
その生まれた余裕を、また製作に回しているので、結局余裕はないわけだけど。
「気持ち、分かるなあ。……今のあたしには、スポンサーがいるけど。」
同人誌を売っては、その売り上げを次の創作に……回すほどの稼ぎはなかったらしい、シスターピンクが頷いている。
「ヒロ君が仕事に応じて報酬をくれるし、女神様が買い取ってくれるからね。友達がいて、その人を通じて広がってるんだって!結構売れてるってよ?」
好奇心の女神の「友達」?
誰だよ。
人類であるならば、衷心から怒鳴り上げる必要がある。
「友達は厳選しろ!」と。いや、逆か。「選び方はゆるゆるでもいいけど、そいつだけはやめておけ!」と。




