第九十一話 学問の秋、スポーツの秋 幕間 爵位、位階、職階など
「軍隊内部の功績であれば、職階の昇任で報いるというやり方もある。そして職階には、メル家の胸先三寸で、どうとでもできるというメリットもある。」
長い廊下を歩みながら、デクスター子爵が言葉を続ける。
「だが、君は現時点で十騎長。卒業と同時に百騎長だ。少々早いが、君の実績と能力、そして何よりカレワラの家格を考えれば、破格とは言えない。『少々』早いという程度に留まる。しかし、いま百騎長になってしまうと、卒業時に千騎長だ。これは、いくらなんでも早すぎる。」
一番大事なのは、家格。
トワ系のデクスター子爵だからそう考えるのか、それともこれが王国の常識なのか。
「まあ、そうね。『少々早い』。申し分なく適切だと思うわよ、その表現が。」
それが、アリエルの言葉。
それが、カレワラの家格。
ともかく、俺の考えも、結論としてはデクスター子爵と同じであって。
「私も、千騎長は早すぎると思います。まだとても耐えられません。」
「百騎長なら務めてみせる、か。さもあらん。良い発表だったよ。……そういうことではないのだが、まあ良い。デメリットは、他にもある。『職階はあくまでも軍隊内部での評価に過ぎない』ということなのだよ。」
「王国からの評価ではない、と?」
「そうだ。有り体に言えば、『格落ち』の評価ということになる。だから位階か爵位で報いようと、我々はそう考えたというわけだ。浄水器にしても今回の発表にしても、単に軍に留まらず、国家に対する功績でもあることだし、ね。」
「その、子爵閣下は以前、『格ばかりが高くなってしまうと、いろいろと大変だ』と。」
「将軍閣下がおっしゃっていただろう?『適切な評価と地位を与えないでいることも、若い者の才を腐らせる原因となる』と。」
考え方が変わったのだろうか。
それにしても、違和感が拭えない。
「しかしその、なぜここまで教えていただけるのですか?」
「『いけず』なトワらしくもないと?いや、言い訳は良い。それよりも、考えてみたまえ。いけずな者が、親切を施す時とは、どのようなケースかね?」
「メリットがあるから。つまりその、何かさせようとする時。……でしょうか。」
「ふふふ。小気味良いな、君は。立花閣下が気に入るわけだ。メルのご夫妻が何を考えているか、遅まきながら私も気づいたというわけさ。そしてそれは、私の志向と、大きなところでは一致する。……まあ今は、教えまいよ。君は知らずに動く方が良い。それが王国の、陛下のためになる。イーサンともども、今後ともよろしくお付き合い願いたいものだ、カレワラ殿?」
「こちらこそ、ぜひともよろしく、ご指導をお願い申し上げます。デクスター閣下。」
そして通された別室には、先ほどの「お歴々」が待ち構えていた。
立花伯爵、セシル男爵、ヨシカツ・アサヒ氏、……それに、デュフォー男爵も。もちろん、アレックス様夫妻もだ。他にも初めて会う、貴顕の面々。
みな、征北大将軍府ではなく、極東道のほうの、幹部である。
「カレワラ君に来て貰いましたよ。伯爵閣下、お願いします。」
「では、さっそく。……ヒロ君。卒業後、王都に行く前の段階で、王太子殿下から君に、男爵位を授けることが内定した。ああ、そう固くならなくて良い。カレワラぐらいの家格があれば、男爵ぐらい、当然だ。何でもない。」
「爵位をいただけぬ私には、そうは思えませんがね、閣下。……しかし、不人気の裁判所を見学しようと言ってくれた君だ。文句をつけにくくて困ったよ。」
「アサヒ閣下、人徳家で聞こえる閣下がそのようなことを口にされても、真に受ける者などおりますまい。……私にも思うところがないではない。せめて昨年、カレワラの後継者だと言ってくれていれば、こちらにも物の言いようがあったのだが。今後はともに王国を支える貴族として、よろしくお付き合い願いたいものだ。」
冷や汗が出る。
「その節は、失礼いたしました、デュフォー閣下。今後はよろしくお願い申し上げます。」
堅苦しいのを好まぬ立花伯爵が、早速に話題を変えにかかる。
「『北賊の社会』もさることながら。しかし、あの浄水器は良いね。水割りが美味い。」
意を酌んだデュフォー男爵が、言葉を受ける。
「我がデュフォー家とカレワラ家は、どうもタイミングと言うか、めぐり合わせが悪いようですな。30年前に知ることができていれば、祖父が水当たりで亡くなることも無かった。……いや、感謝しているのだよ。突発的な事故など、可能な限り無くさなくては。」
苦い笑顔。マルセルを思い出したか。
一方で俺はふと、滝田長政と三好さくらの顔を思い浮かべていた。
水に恵まれぬ、ファンゾ内陸部。
……これだけは、聞いておかなくては。
「その件ですが。あの技術は、一般公開しても良いものでしょうか。」
言ってみて、少し後悔した。
「異世界の知識」を持ち込む際には、細心でありたいと思っていたのに。
後で、李老師に、相談だな。
「構わぬさ。『兵が水当たりに苦しむ姿など、見たくない』のであろう?民とても同じこと。どうせ広まる。敵にもな。技術とは、そういうものさ。」
「そうですな、将軍閣下。美味い水割りを庶民から奪うなど、あってはならぬことだ。暴動を起こされても文句を言えなくなってしまう。」
それではよろしいか?
立花伯爵が、周囲を見回して軽く声をかける。
「では、解散といたしましょう。……ヒロ君。玲奈からも聞いているが、君は爵位や位階について、もう少し勉強しておきたまえよ。飼い犬ではなく、オオカミであるならば、ね。」
立花伯爵の、最後のつぶやき。
「文の立花」から発せられたそのひと言はやはり、大きな意味を持つものであって。
言われたとおりに爵位や位階を勉強していて、それに気づいた。
まず、位階であるが。
これは基本的に、役職に対応する。
例えば、征北将軍は、正三位。だから、アレックス様の位階は、正三位。
極東道内閣学士は、正四位。だから、デクスター子爵の位階は、正四位。
対して爵位は、領地に対応している。
公爵は、「侯爵であって、かつ王家の親戚」という意味合いがあるが、それはまあさておき。
メル公爵は、「メル本領という、公爵格の領地を支配している」から、公爵閣下なのである。
メル家は、本領の他にも、各地の領邦や都市を支配している。
その領邦が子爵格の土地であったり、男爵格の都市であったりするので、メル家全体として、多数の爵位を保持しているということになる。
で、そのうちの侯爵格の領地について支配権を持っているから、ソフィア様は侯爵なのであり。
男爵格の都市だか村だかの支配権を与えられているから、フィリアは男爵なのである。
(実際には、公爵閣下―ソフィア様に直結するラインである、メル家の郎党が代官として統治を行っている。そこの税収を、フィリアの「お小遣い」にしているというわけだ。)
これが、法衣貴族となると、少し話が異なってくる。
全員が、上に示した「カッコ書き」なのだ。
つまり。
「デクスター子爵は、子爵格の都市を支配しているわけではなくて、子爵格の都市の税収を与えられているから、子爵閣下だ」ということになる。
都市の支配・統治は、王家の郎党が行っている。
まあその「王家の郎党」の多くがトワ系だったりもするし、事実上はデクスター家の息がかかった者が代官になっていたりするから、有名無実かも知れないが。
ともかく、建前としては、「支配者」ではないのである。
デクスター家であること、それ自体で与えられているのが、子爵格の都市の税収。
デクスター家の嫡男であること自体で与えられているのが、男爵格の都市の税収。
だからイーサンは、男爵閣下である。
実際には、その収入全てをデクスター家で管理し、イーサンにはお小遣いが与えられるという形になっているようではあるが。
トワ系の貴族は「出世すると、爵位が上がる」とされているが。
これはたとえば、「財務大臣(仮称)には、公爵格の都市の税収が与えられる」ということなのだ。
だから、「財務大臣になれば、デクスター公爵閣下になる」というわけで。
メル家のような領邦貴族と違って、「得たり失ったりがある」のが、王国の法衣貴族の爵位なのだ。
そして立花は、何事につけ例外であって。
「建国の英雄王と初代立花当主が、子供時代を過ごした街(村?)」を、領地として与えられている。
正確には「管理権」なのかもしれないが、実質は支配者である。
だから立花は法衣貴族と言うべきか、領邦貴族と言うべきか、よく分からないところがある。
「立花だから、仕方無い」。それで済ませておけば良いわけではある、が。
と、面倒な勉強をして、やっと立花伯爵の言葉の意味が分かった。
上の説明が、「飼い犬」つまりメルの郎党と、「オオカミ」つまり直臣との、違いになってくる。
「王太子殿下から、男爵位を受ける」のと、「メル公爵から、男爵位を受ける」のとでは、話が大きく違ってくるのだ。
「メル公爵から男爵位を受ける」とは、公爵から実際に男爵格の土地を与えられ、そこの支配者になるということである。
小なりといえども領邦貴族であり、お金持ち。ただしメル家の郎党、陪臣になるということだ。
王太子殿下は、国王陛下の権限を、一定程度代行することが認められている。
したがって、「王太子殿下から男爵位を受ける」とは、国王陛下から男爵位を受けるのとほぼ同じ意味である。
もらえるのは支配権ではなくて、お給料。ちょっと切ない収入ではあるが、法衣貴族(軍人だけど)であり、直臣になるというわけだ。
何はともあれ。
デクスター子爵は、「メルの夫妻が何かを考えている」と言っていた。
これで俺は卒業時、「正六位上、男爵、百騎長」になる。
男爵は、五位相当。直臣の男爵となれば、正五位相当であろうか。
位階換算だと、百騎長よりも3~4ランク高い。
さて、それがどう効いてくるのか。
「知らずに動く方が良い」と、デクスター子爵は言っていたけれど。
なお改めて、職階についても調べた。
十人隊長。
貴族ならば、わりと容易に取ることができる。いわば、戦争映画に出てくる、大卒直後の准尉殿である。
庶民の場合は、戦争映画に出てくる鬼軍曹のポジションだと思っていただきたい。そう簡単になれるものでは、ない。
百人隊長。
十人隊長を持っている貴族が、「手柄を挙げたが、家格がやや低い」場合や、「手柄が少し小さい」場合に昇任するポジションである。ここから少し頑張れば、十騎長になれる。
庶民の場合は、歴戦の勇士であり、統率にも優れる、頼れるリーダーである。平和になって街や村に帰れば、名士だ。村長に仰がれることも珍しくない。
十騎長。
若手軍人貴族にとっては、憧れのポジション。ここから上がれないまま、三十代・四十代となり、代替わりを迎えることも、ままある。
十騎長になるのも、十騎長から上に行くのも、ちょっとした壁なのだ。
百人隊長・十騎長あたりは、地球の軍隊で言う「尉官」であろうと思われる。
千人隊長。
貴族の場合、十人隊長から百人隊長への昇任と、事情はほぼ同じ。
功績か家格のどちらかが、直接に百騎長に昇任させるには、「足りない」場合に就くポジション。
庶民の(学園卒などの、特殊な事情がない)場合、「平民元帥」、「兵隊元帥」、「立志伝中の人」、「英雄譚の主人公」である。
上官である千騎長や将軍ですら、千人隊長の意見を疎かにすることはない。彼らの見る目は、誰よりも確かだから。
この千人隊長は、地球の軍隊で言う「少佐」である。
百騎長。
十騎長のうち、個人的武勇のみならず、統率能力や兵隊の管理能力までを備えると評価された人物が就くポジションである。
地球の軍隊で言えば、「中佐~大佐」と言ったところであろうか。
千騎長。
百騎長から千騎長へは、軍功だけで昇任することはできない。
政治・外交・領地の管理。そう言った、文官仕事の経験があることが求められる。
冒頭でデクスター子爵が、「そういうことではないのだが(学園卒業をもって千騎長にするわけにはいかない)」と言っていたのは、そのような理由による。
なお、「軍人としては千騎長相当の能力を持っているが、文官未経験のために百騎長に留まっている者」を、俗に「準千騎長」と言ったりもする。
とは言え、千騎長になれるような者の多くは、中流貴族以上であり。
大抵、そうなる前に何らかの文官仕事を経験しているので、あまり問題になることはない。
また、千騎長は、「将軍の予備軍」であり、「将軍の予備役」でもある。
彼らの中から将軍が選ばれ、そして将軍位を返上した者が、(軍制上は)千騎長となる。
地球の軍隊で言えば、「大佐~准将」である。
ついでなので、呼称について。
呼称は、爵位・位階・職階などのうち、一番高いもので呼ぶのが、「失礼が無い」表現となる。
たとえば、卒業時の俺。
「正六位下、男爵、百騎長」であれば、「百騎長殿」よりは「男爵閣下」の方が、「間違いが無い」。
軍隊内部で呼びかけるときは、「百騎長殿」でも良いけれど。
現時点でのイーサンに呼びかけるならば。
「従五位上、男爵、十人隊長」ゆえ、「五位殿」か、「男爵閣下」であろう。直臣であるということを考えると、「男爵閣下」の方が良いだろうか。
初対面にも関わらず、過つことなく「男爵閣下」と呼びかけたダミアン・グリム十騎長は、いかにも策謀家らしい隙の無さを見せていたというわけだ。
その意味で言うと。
立花伯爵閣下であるが。
あの人は、「正二位、伯爵、千騎長」なので、一番高い位階によって、「二位御前(にいのごぜん/にいのおんまえ)」と呼ぶのが正しいのかと思いきや……。
そういうことにうるさいトワ系貴族も、みな「伯爵閣下」と呼んでいる。
どうやら、立花は「二位でありながら、伯爵」であることがアイデンティティだというのが、王国貴族の共通認識らしい。
なお、文弱……もとい、文雅な立花伯爵閣下が千騎長位を保持しているのにも、名流だからという以外の、立花家ならではの事情があるのだが。それはまた後日。
法衣貴族の爵位については、中国・漢代の「関内侯」みたいなものという設定にしました。
関内侯とは異なり、その中でも上下があるという違いはありますが、支配権ではなくて税収だけを得られるという「つくり」であるという、その意味合いにおきまして。
これも問題が出てきたら、後で設定をいじるかもしれませんが……。
なお、第328部分あたりまで、これまでご指摘をいただいて参りました「台詞回し」を、ある程度改善いたしました(つもりであります)。
まだ問題があるかもしれませんが、とりあえず、「どうしようもない」という状況は改善できたかな……と思っております。




