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第九十話 とりあえず その1

 

 夏休みが、終わった。

 本来ならば、9月1日から学園に復帰するわけだが。

 俺とフィリアと千早、「いつもの3人」は、登校を差し止められていた。


 「とりあえず、軍事演習(ダグダ招安活動)の事後処理があるということにでも、しておいてくれ」と言われて。


 その理由だが。

 1年生に避難訓練をさせるためだ。

 例の、「学園にテロリスト」である。


 1年生でも、学園の生徒は優秀だ。

 最適解を、簡単に導き出してしまう。


 「フィリアが指揮して、千早が突撃。足りなきゃヒロが小細工を仕掛ける」だろうから、それを待ってりゃいいじゃん。いくらテロリストって言っても、大概はそれで事が済むだろ?とりあえず教室で待ってようぜ。

 

 正解ではあろうが、そういう行動を取られては、面白くない。


 「と、いうわけだ。休んでおれ!サラあたりに、2日は不在であると伝えることも忘れるな!」


 いつでもどこでも、何事にも全力で取り組むのが、学園長。

 茶番にも、手を抜かない。

 その学園長のおかげで、夏休みが少し延びた。

 


 延びた数日は、お勉強と……「夏休みの宿題」とに、振り分けられることとなった。


 「夏休みの宿題」。

 そんなもんがあるとは、思ってもみなかった。

 学園の生徒は、中学生年代だと言っても、ほぼ大人扱いされているから。

 お勉強については、必須科目や教養は別として、自分で課題を見つけて取り組むことが求められている。

 「宿題」という発想自体が、学園の教育方針には馴染まないのだ。


 現に、昨年は「夏休みの宿題」など、出ていなかった。

 それがなぜ、今年は出ているのか。

 宿題が出されるのは7月、夏休み前であるから……すなわち、昨年の夏休み前と、今年の夏休み前との間には、何か違いが存在するというわけで。


 その違いとは。 

 宝玉帝冠(ティアラ)極光大銀河系(ギャラクシー)である。

 あるいは、「情操教育強化」という学園の方針である。

 

 そう。「夏休みの宿題」と言っても。

 その実は、「絵を描いてきなさい」という、それだけのこと。


 

 「じゃあ、頼むわピンク。とりあえずミケでも描いといてよ。俺はその間に、ユルの様子を見てくるから。」


 ユルには、再来年の春から郎党になってもらうつもりでいたのだが。ウマイヤ将軍に啖呵を切った手前、即時採用せざるを得なくなったのだ。……「せざるを得ない」とは言っても、別に迷惑だとか、そういう気持ちはないけど。

 勤務地は、メル家ネイト館。勤務内容は、武術の鍛錬並びに、ピーターを先生とした基本的な計数のお勉強。と、まあ、そういう次第である。

 

 だが、こと今日に関する限り、「様子を見てくる」と言ったのは、鍛錬や勉強の方面ではなくて、怪我の様子。武術大会で、心配になるほどボコボコにされていたので。



 「はいはいっと。」


 シスターピンク、ユルを見に行く暇を俺に与えることもなく、さらさらと描き終えていた。

 丸くなった猫的な生き物(……生き物、で良いのだろうか?)を。

 上手に描くものだ。ただ似ているというだけではなくて、何か味がある。


 これに怒りを爆発させたのが、千早画伯。


 「ヒロ殿!ズルイでござる!」


 「ズルくはないだろ。学園は何事につけ、『異能アリ』がルールなんだから。」


 「言い訳無用!ヒロ殿、自ら描かれよ!」


 はいはい、分かりました。描けばいいんでしょ?

 と、言うわけで、俺もとりあえず適当にミケを描いて終了。

 絵の宿題なんて、何時間もかけて描くのは馬鹿馬鹿しいし(反抗期の中学生並感)。

 

 白い紙の上に、ぶっさいくな猫。

 へたくそであることは認める。だが、このブサイクさ。ミケの、駄女神の内面を、あますところなく描写することができた、とは思う。

 おかげで少しスッキリした。うむ。情操教育って大切だ。

 

 ともかく。

 「そういう千早は、何を描いたんだよ。」


 「実は、まだ……。肖像画を描こうと思ったのでござるが、某の腕では、真面目に描いても非礼になってしまうゆえ。かと言って、森を描けば緑の塊、建物を描けば四角い何か。どうにもならぬのでござる。」


 「ピンク、頼む。千早の絵を添削する感じで。とりあえず何枚か描けば、それらしいのができるだろ。」


 「お願いいたすでござるよ。」



 珍しくしょげ返っている千早を残して、フィリアと見に行ったユルの様子であるが。

 これが、随分と元気になっていた。

 足は引きずっているものの、とりあえず歩けないというほどではない。

 

 「回復、早くないか?やっぱ体力があるのかなあ。」


 「回復術のおかげでしょう。会場でヴィスコンティ猊下に施術してもらっていましたし、ネイト館の医師にも、心得がありますから。」



 以前、「この世界には回復術というものがあるが、その効果は高くない」と書いたことがある。

 が、どうやらその認識は間違っていたようだ。


 この世界の回復術には、「即座に傷を治癒し、戦線復帰できるようにする」であるとか、そういう効果は無い。

 まあその意味では、「効果が高いとは言えない」という表現も、間違いというわけではないのだ。

 RPGで言うならば、HP1の状態からHP満タンにするとか、そういう効果は、ない。


 しかし、傷の治りを早くするであるとか、そちらの方面については、かなりの効果が見込める。

 

 例えば、木刀で武術を稽古している最中、肩に一撃が入り、鎖骨が折れたとする。

 回復術を用いれば、「その場で、とりあえず、くっつく」。

 もちろんしばらくの間は「要安静、運動などもってのほか」ではあるけれど。しかし骨折、特に鎖骨などの骨折は、本来ならば(と言うか、地球では)くっつくまでが大変らしいのだ。

 それを「その場でいきなり、ある程度回復した状態まで持っていく」ことができるのだから、これは相当に貴重な技術と言えよう。


 打撲や挫傷、筋断裂などについても、「とりあえず、くっつける」、「損傷部位の傷をふさぐ」。

 そういう効果をもたらすのが、この世界の回復術である。


 とは言え、例えば「袈裟懸けにより、何十センチにもわたる深い裂傷を受けた」ような場合には、助からない。

 回復術でカバーできる傷の広さ・深さは、そこまで大きくはないから。

 失われた血を、即座に補うこともできないから。


 

 「どういう理屈なの?」 


 「この世には、あまねく霊気が存在しています。生けるものも皆、霊気をその身の内に宿しています。回復術は、その、『身の内の霊気』に働きかけるのです。」

 

 どうやら、骨も筋肉も内臓も、霊気を持っているらしい。折れたり切れたりした時には、霊気の部分で、「とりあえず、つなぐ」。で、その後は、「地球の人体的な意味で、骨や筋肉が回復してくるのを待つ」。

 と、そういう仕組みになっているようだ。


 「読書感想文でも書いてろ!」な、文系大学生であった俺には、それぐらいまでしか理解が及ばない。

 でもまあ、とりあえず、それだけ分かっておけば十分か。

 ユルの怪我も、とりあえず心配無いようだし。



 戻ってみると、千早画伯が、随分と上等な絵を完成させていた。


 「何事!?」


 「ピンク殿のご指導の賜物でござる。」

 

 「トレースだよ。」


 「なあピンク、それって、反則じゃあ……。」


 「そうじゃなくて。3回トレースさせた上で、5回自分で描かせたわけ。千早ちゃん、運動神経が良いからねえ。腕や手先の使い方とか、構図のバランスとか、そういうのを体に叩き込めば、まあ『とりあえず』のところは、何とかできるってわけ。きちんとした構図の計算だの、技術だの、絵心だの、そういうのはもちろん、まだまだだけどね?」



 真正面から取り組んだり向かい合ったり、そういうのも大切だけど。

 「とりあえず」も、なかなかバカにできない。


 そういえば李老師も、「深く考えてもドツボにはまるだけ」って問題については、「とりあえずこれで納得しておけ」って答えを示すだけだもんなあ。


 

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