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第九話 「はぐれ大足」 その3


 「ジロウ!」

 声をかけるまでもなく、意図は伝わっていた。死霊術師(ネクロマンサー)の面目躍如。

 

 ジロウが「はぐれ」の右前肢に飛びつき、噛み付く。

 痛みに一瞬硬直した「はぐれ」だが、構わずそのまま振り下ろそうとする。


 まずい!

 

 だが、攻撃が千早に届くことはなかった。

 右の肘に、深々と矢が突き立ったのだ。

 痛みに気を取られ、「はぐれ」は狙いを外した。

 

 「正!」

 「梟」の掛け声が、森の中から聞こえてきた。


 彼に連れられた猟犬たちも、「はぐれ」の足元で呼び交わしながら、牽制をかける。

 死角に入り込んでは、噛み付きまくる。


 千早が再び距離を取り、フィリアの光弾が「はぐれ」の左目を灼く。

 えげつない。


 「はぐれ」が仰け反った。

 背に槍を受けたのだ。

 スリッパのような形の投槍器を持った「黒猿」の姿が見えた。

 

 離れたルートにいた「鷹の翼」も、駆けつけてくる。

 暴れる「はぐれ」の攻撃範囲ギリギリのところを走り回り、短弓を速射する。

 

 「はぐれ」がやや勢いを増すと、「梟」の矢がどこからともなく飛んできて、関節に突き刺さる。

 苦しげな叫びが上がる。




 「はぐれ」は、混乱していた。


 (犬は、知っている。山の民の攻撃も、受けたことがある。)

 (しかし、くみしやすいと思っていた、この見慣れぬ連中は何だ?)

 

 (ちょこまかと動き回って、犬よりも「内臓に響く」打撃を当ててくる。)

 (どこからか分からないが、熱いものが「柔らかいところ」に飛んでくる。)

 

 (こいつらは、危険だ。)

 (背を向けたら、何をされるか分からない。)

 (やはり、こいつらを正面から吹き飛ばして突破するしかない。)



 「はぐれ」が、灼かれ、嗄れ果てた喉から、渾身の雄叫びを発した。

 両の後ろ肢を、何頭もの犬に噛み付かれながら、立ち上がる。

 戦闘開始直後に比べると、肢とボディーに千早の打撃を受けた影響で、体が前傾していた。

 それでも歩き出す。フィリアのほうに向かってくる。


 フィリアは、チャージ中であった。

 その前にあって、「はぐれ」の攻撃の矢面に立つポジションにあるハンスが、慌てている。

 ポジションにあるというだけで、決して攻撃の矢面に立つことはないのだが、慌てている。


 「落ち着け、お前は霊だ!『はぐれ』の攻撃は通らないぞ!」

 

 ハンスは安全だが、フィリアには危険が及びつつある。

 必死に考えたハンスの手が光る。光は「はぐれ」に飛んでゆき、右目に命中した。

 何度めであろうか、確実にダメージが通ったときの叫び声が聞こえてきた。


 「いいぞハンス!」


 「しまった、銅貨にすれば良かった!」

 

 どうやら、「ぜになげ」だったらしい。


 それでも、覚悟を決めた「はぐれ」の前進は止まらない。

 噛み付いている犬の数は増えているのだが、物ともしない。

 

 千早が駆けつけてくる。間に合うか!?


 ハンスの声がした。

 「ヒロ、『行商の友』だ!投げろ!」


 以前荷物を整理したときに出てきた、「行商の友」。ゴルフボール大の球である。

 「これは、行李に入れるんじゃなくて、身に着けておく物だぜ。」そう、ハンスが言っていた。


 小石でも何でも、投げないよりはマシである。

 「はぐれ」の鼻っ面を目がけて投げ込んだ。

 

 「グオオオオ!」

 「はぐれ」の、さけび声が上がる。


 「キャン!」「ヒン!」犬たちも声をあげ、「はぐれ」の後ろ肢から口が離れる。


 「行商の友」、香辛料が入ったボールであった。

 日本で言う、「防犯スプレー」であり、この場で言うなら「クマ除けスプレー」であったのだ。

 嗅覚に優れたわんこ達には悪いことをした。


 前に出ようとしているのに、肢を後ろから引っ張られていた「はぐれ」。

 犬が離れることで、急に重石がとれたわけで、つんのめるような姿勢になった。


 そのボディーに、チャージを終えたフィリアから、特大の光球が打ち込まれる。

 肢は後ろに残ったたまま、上半身は倒れこみ……、そのタイミングで、下から打ち上げる強烈な一撃。

 ガクン、と頭が下がった。

 

 そこへ、千早が駆けつける。

 「はぐれ」の斜め横へと走りこみ……。


 「煩悩を断ちませい!断悩脚!」

 いわゆる、かかと落としである。普通のかかと落としと違うのは、上空に飛び上がっての一撃であるため、より大きな位置エネルギーが加わっているところ。

 煩悩どころか、大脳まで断ち割ってしまいそうな一撃が、「はぐれ」の後頭部に叩き込まれた。


 「はぐれ」が崩れ落ちる。すでに意識は飛んでいるのだろう。

 それでも、前進は止まらない。これは惰性か、慣性か。

 いや、野生の生存本能であろうか。


 特大の一発をお見舞いしたフィリアが、逃げ遅れている。

 千早がフィリアのところに馳せ向かうが、技を出した直後だ。一瞬遅れている。



 間に合わない!



 反射的に、飛び出していた。

 フィリアを抱え上げた、千早の前へと。

 

 空が暗くなった。

 視界一杯に、「はぐれ」が落ちてくる。

 支えなくては!千早とフィリアを逃がさないと!


 「大猪」から託された、無骨な鉈。

 両手で握り締め、天に向けて突き出した。

 

 一瞬、たった一瞬だが、「はぐれ」の落下を支えることができた。

 フィリアを抱えた千早が、跳びのくには十分な時間だ。


 ちょうど、「はぐれ」の喉の位置だったようだ。

 鉈に切り裂かれたところから、熱いものが滝のように流れ落ちてくる。

 それもまた一瞬のこと。凄まじい重みが両手に加わり……。

 

 俺は、意識を失った。

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