第八十九話 牛の歩み その3
3回戦。
相手は、片手メイスに盾を装備した、正統派のナイトであった。
対するユルは、盾を装備せず、大振りな戦斧を手にしている。
ライネン先生、だいぶ困っている。
「どうなってるんだ!?いつものユルなら、こういう相手にこそ、2回戦のような装備で臨むのに。……いや何、ヒロ君。心配は無用だ。両手持ちの戦斧こそ、斧使いの、いわば基本にして王道だからな。」
「ええ、ユルは大丈夫でしょう。」
ユルは、すでに俺の郎党なのだ。信じて任せなくては。
なんて、カッコつけてみたけれども。
実を言えば、打撃武器同士の試合となると、体格が大きな意味を持ってくるわけで。
安心して見ていられることは、間違いない。
「なるほど。この試合は両者ともに正当派ですな。……お前達も見ておけ。勉強になるぞ。」
真壁先生の言葉は、メイスと斧を得物にするジャックとイーサン、ティナにサラあたりを念頭に置いたものだ。
いやむしろ、武術を得意としていないスヌーク、ノブレス、フリッツに言い聞かせていると評すべきかもしれない。
今年の武術大会、俺が座っている観客席の一角には、「これまでの仲間、ほぼ全員」が集まっていた。 みな口々に、思うところを述べあっている。
そのちょっとした喧騒の中で、試合は始まった。
やはりユルは、前へと出て行く。
相手選手も、メイスを右肩に担ぐようにして、盾を前に出しつつ、間を詰める。
「さあ、もう一歩間合いを詰めたところで、メイスと斧がぶつかり合うぞ!」
と、武術の心得がある者は、みなそう思っていた。
が、その予想は、裏切られた。
その一歩の「間」を詰める前に、ユルの木斧が、相手選手の盾を目掛けて振り下ろされたのだ。
会場騒然。
「無茶な!」
イーサンとジャックが、ティナにドメニコが、立ち上がる。
「説法師!?」
千早とサラも、声を上げる。
「いや、霊能者は出場資格がないはず……」
「馬鹿が!しかし、ふ、ははは、やっと!やっと壁を!ハハハハハ。」
ライネン先生が、笑いすぎて涙を流したその時には、試合は終わっていた。
力任せに、いや、違う。あれはかなり高度な技だ。
とにかく、斧に大きな力を伝えることで、相手の盾を地面に叩き落したユル。
そのまま、振り下ろした木斧を振り上げていた。
相手選手からすると、盾……というか、左腕全体、いや左半身全体を「落とされた」。
前につんのめるような態勢にならざるを得ない。
その顔面に、下から木斧の峰を叩き込まれた形となった。
ヒットした瞬間、相手選手の首は、後ろにのけぞっていた。
そのまま、膝からくずおれる。
まさに、ノックアウト。
ユルの木斧も、大破していた。
「ちょっと!大丈夫なの!?」
アンヌが悲鳴に近い叫びを上げる。
「フルプレートでなかったら……」
「ふむ。ドメニコ君だったかの。その通りよ。脳震盪は起こしておろうが、後遺症はあるまい。」
「これが、斧使いだ。メイスでもやれる。そうだな……ジャック。お前なら、もう少し体格が良くなれば、やれるぞ?イーサンは……こういうことを覚えても仕方ない。むしろ、ユルの盾技能を見るべきだな。」
真壁先生の言葉に、二人が武者震いした。
斧使いのサラは、涙を拭いたライネン先生に質問していた。
「ライネン先生。あの仕掛けは、理にかなったものと言えるのでしょうか?もう一歩前に出て、メイスと打ち合わせて弾き、それで相手のバランスを崩すのが筋かと思うのですが。」
「初心者であれば、サラの言うことが正しい。だが、やれるのであれば、ユルのやり方『でも』良い。一拍間合いを外す分だけ、決まれば効果は大きいからな。追い追い……そうだな、来年あたりには、教えるさ。」
「先生、あたしや道場の間抜けどもはともかく、サラは説法師。今から教えてやっても……何だよヒロ、中折れしたみたいなツラしやがって。」
「しけたツラ」でいいだろうがよ!
それはともかく。
「ティナ。今のサラだと、上半身の力任せになる。悪い癖がつくばかりだと思う。」
「なるほど。で、ヒロ。中折れって何だ?」
あえてスルーしていたのに突っ込むな、マグナム!
「諸君には関係ない。我らの問題よ。の、両先生?」
「「老師!私にも関係ありませんよ!?」」
「真壁先生、ライネン先生。老師のバカ話に、律儀に付き合う必要はござらぬ。」
「下品な話は置いといてさ。ちょっとやり過ぎじゃないの、あれは?一歩間違ったら大惨事でしょ?」
「安心なされよ、レイナ嬢。これまでの2試合では、あの技を使っておらぬ。相手の重装備を確認した上での、真っ向勝負よ。木製武器ゆえ、壊れて衝撃が逃げやすいということも承知しておろう。」
「へえ。抜けたような顔して、考えてるんじゃん。ヒロにはお似合いの郎党かもね。」
ベスト16が出揃った。
今年もやはり、重装備の者が多い。
「ねえ、考えてみたらさ、ずるくない?装備の良し悪しで勝ちが決まっちゃうってことでしょ?」
アンヌの疑問は、一理あるものだった。
「アンヌ、あたしたちはそれを言っちゃいけない。優遇されてる学園の生徒なんだから。」
「どういうこと、レイナ?」
「重装備は、お金がかかる。だから基本的に、『いい家』の子なのよ。そう言えばわかるでしょ?チャンスだけは平等だけど、実際には、ハンデがつけられてる。」
「ナイトは、戦場ではなかなか手柄を立てられないんです。この大会は、ナイト系の救済措置に見えて仕方ありません。去年はそうでもなかったみたいですが……。」
ドメニコが、気まずそうにつけ加えた。
「去年に限らぬよ。才があり、努力を重ねた者は、装備に関わらず勝ち残る。……アンヌ嬢、レイナ嬢が立花だから、注目を集めやすいからと言って、お主は『ずるい』と口にはしないであろ?」
「そうか。同じなんですね。武術家を……何だろう、蔑む?っていうのは違うか。武術家の気持ちを理解しない発言だったかも。」
「知らぬ世界のことは、仕方あるまいよ。気に病むことはない。」
場を取り持とうと、そういう気回しが一番下手なライネン先生が、声を励ました。
「そうですなあ。ここから先は、軽装備であっても才能ある者が出てくる。ユルも簡単にはいかないでしょう。」
「ユル君はノーダメージ。装備に関わらぬ実力を持っていますよ。」
真壁先生は、いかにも真壁先生らしい、正直な感想を口にしていた。
4回戦。
相手は、再び、「野生の腕自慢」であった。ユルと同じ、15歳。
装備は、両手持ちの棒のみ。
木刀ともメイスとも長物とも言えないような、まさにただの、棒っ切れ。
ここまで勝ち残っただけでも、立派だと思う。
いや、人格的には「立派」とはほど遠いヤツなんだろうけどさ。
立派ではあるが、満身創痍。
碌な装備もなく、喧嘩武術で3つの試合を勝ちあがったのだから、当然なのだけれど。
遠くから見ていても、ユルが、困惑したような顔をしているのが分かった。
だが、それでも。
ややあって、決然とした表情を見せて(決然としていても、あどけない顔だけれど)、試合会場に進み出た。
大盾と小さい斧を選択した上で。
開始の合図と同時に、一切の遠慮なく、前に出る。
2回戦同様、盾で吹き飛ばし、押し倒して、終了。
「今日は勝負にカラいな。ようやく、分かってくれたか。何せ呑気者で、気弱だったのだが。」
ライネン先生が、ほっとしたように頷いていた。
「ためらって手抜きしてしまう、そういう人も私は嫌いじゃないわ。」
「そうよね、マリア。殺伐としているばかりのヤツなんて、ゴメンよ。」
「しかし、レイナさん。先ほどのアンヌさんと老師の話ではありませんが。武術家どうし、何があっても全力で試合するのが礼儀かもしれませんよ?」
「さよう。フィリア殿の言われることにも一理ある。」
「そうだな、千早。私達は不器用者。気を使おうとした結果が、かえっておかしなことになることも多い。」
孝・方が、苦しげに声を絞り出す。
今はヴィンセントと名を変えた、ヴァンサンのことを思い出したか。
「心されよ、ヒロ殿。」
またとばっちりかよ。
でも今日は……。
「マグナムも気をつけろよ?盗賊を討ち果たさず生け捕りにした、『厳にして酷ならざる』マグナム君?」
「おいヒロ!……あれは、ね、いや、お前だって現場にいたじゃないか!だいたい盗賊と武術の試合では話が違うぜ。」
やっぱり頭が回るんだよなあ。
捏造とは言わずに、言い返してくるんだから。
「そうね、そういう人の方が、私は好きだな。」
……というマリアの声は、歓声にかき消された。
4回戦と準々決勝との間には、やや長めの休憩時間が取られている。
軽食を買いに行ったり、お手洗いに行ったり。そういう理由で観客が席を立つ。
そのうちの一部が、「マグナム少年」を発見してしまったのだ。
なにせ図体がでかく、スタイルも顔も良い。
新都への帰還に際しては、衆目にその姿を曝してもいたのだから、見つかるのは当然だ。
「あの、マグナム君ですか?」
以下、きゃーきゃーやいのやいの、大変な騒ぎに。
武術大会にあてられた客ゆえ、そもそも興奮気味なのだ。
目の肥えた客が、孝・方に気づいたり、また別の人がマリアやレイナに気づいたり。
人だかりができ始める。どう収拾をつければいいんだ。
フィリアや千早の威圧じゃあ、カドが立ちすぎるし。
「皆さん、ありがとう。でも、いまはプライベートなの。それに今日の主役は、選手の皆さんでしょう?私達が目立ってしまうのは、申し訳ないわ?」
マリアの宣言に、興奮気味の観客達が、一気に静かになった。
素直に納得して、引き下がる。
これがトップアイドルの威光……ではなくて、異能。
「共鳴」を使ったのだろう。
「見事なものよ。そこまで使いこなすか。たった一人で修行して。」
老師の言葉は、感嘆に満ちていた。
去年聞いた、マリアの言葉を思い出す。
「ここまで来るのに、けっこう苦労したんだよ。」
マリアも、もがきながら前へと歩んでいる。